プロローグ
アキラとロームは、ロームの生まれ故郷である惑星TONAへと向かっていた。
「アキラ、あと6時間で到着です」
「何だか緊張するな」
「緊張の必要など有りません。 私の父に会うだけです」
「だっ、だから緊張しているんだよ!」
アキラとロームは、隣接銀河での大発見を銀河連盟 中央府の連盟議会に報告を終え、休暇中だった。 この休暇を利用し、TONAを訪問する事になったのだ。
「連盟議会は、どんな判断をするでしょうか?」
「まあ、当然だが、タラオとの連盟としてのコンタクトを決断するだろう」
「でも、余りにも科学技術がかけ離れていますから・・・私達も未開人になった気分になりますね」
「ああ・・・でも、TERA人だって、銀河連盟に参加した直後は未開人扱いされていたけど、今じゃ銀河連盟の中枢を担っていると言っても過言じゃない。 銀河連盟だって、超文明に追い付くポテンシャルは有る筈さ」
「アキラは・・・いつもポジティブですね。 私は、そんなアキラが大好きです」
ロームは、アキラの腕にしがみ付きながら、上目遣いでアキラの顔を見詰めている。 初めてアキラと会った頃との変貌振りには驚くばかりだ。
「ところでローム、君のお父さんは、今は何をしているんだい?」
「父はTONAの連邦職員を退職し、今は隠居の身です。 TONA人としてはまだまだ若いのですが、思うところが有った様です。 父は82歳ですが、実は私の次に若いTONA人です」
「えっ、え~! マジかよ!」
「ええ、TONA人の平均寿命は212歳ですが、現時点の平均年齢は164歳です。 既に・・・ほぼ絶滅が避け難い状況です」
「絶滅危惧種族だとは聞いていたけど、まさかそこ迄とは思っていなかったよ」
「銀河連盟としては、連盟の創始種族として丁重に扱って下さっています。 しかし、TONA人自身が、自然の摂理に逆らわない事を望んでしまっているのです」
・・・・・・
話は1週間前に遡る。 銀河連盟 調査局のいつもの会議室にアキラとローム、そしてワダが集まっていた。
「アキラ、ローム、お疲れだったな」 ワダが二人の機嫌を取る様に声を掛けた。
「ボス、俺も流石に緊張しましたよ。 あんなお偉い人達を前に2時間も報告するなんて、もう二度と御免です」
「アキラ、中々堂に入った発表でした。 銀河系の常識を覆す事実の数々! 新たな超文明とのファーストコンタクト! 銀河連盟の新たな夜明けですからね」 ロームもひどく興奮気味だ。
「その通りだ、アキラ。 その何れの出来事も、私が切っ掛けを造ったと言っても過言は無いがな」 ワダも少し、鼻高々だった。
「その通りです。 ボスの“違和感”が事の発端なんですから。 ボス無くしては、今回の調査も出来なかったのです」
「ああ、ローム。 ありがとう。 そう言って貰えると、私も嬉しいよ」
ロームは、いつからこんな“ヨイショ”が出来る様になったんだ? と、アキラは不審な眼差しでロームを見詰めていた。
「話は変わるが・・・」 ワダが真剣な表情に変わった。
「本人を目の前に言うのも何なんだが・・・ロームが今回の冒険活劇に参加していた事に関して、TONA連邦政府からクレームを受けている」
「そうなのですか?」 ロームの顔が曇った。
「ああ、TONAに於ける君の立場は極めて貴重な存在だ。 私の制止を振り切って・・・などと私も責任逃れをする積りは無い。 調査局長を通じて、TONA連邦政府との協議を申し入れたが・・・拒否されたよ」
「そ、そうですか」 ロームは、完全に意気消沈していた。
「ボス! 俺達に探査船を使わせて下さい。 俺がTONAに行って、話を付けて来ます」
「アキラ!」
「ローム、君が如何に大事な身体かは十分に分かっている積りだ。 いや、それ以上に、俺にとって最も大事な人だ!」 アキラは思わず自分の気持ちを大声で叫んでしまい、急に顔を赤くしてしまった。
「ご、ごほん。 いや、調査局員として極めて優秀なスタッフで有り、この俺と言う優秀なボディーガードが居るので、安心である事をお伝えしたい」
ワダとロームは、突然のアキラの発言にきょとんとしていた。
そして、ワダが大きな声で笑い出した。
「ワハハハハッ。 アキラ、珍しく素直だったな。 いや、傑作だ」
「ボス、茶化さないで下さい」
「おお、済まん。 しかし、事はTONAの連邦政府が相手だからな。 お前の意気込みだけでは、前には進まん。 困った・・・」
「ボス、探査船を使わせて下さい。 アキラ、TONAに行きましょう」
「ローム、今のボスの話を聞いただろ。 相手はTONA連邦政府だぜ」
「父に仲介をお願いします。 父は、既に退職してはいますが、現役の時は連邦政府の業務に従事していました。 適切なアドバイスが貰えると確信します」
「本当か? そりゃ、有難い話だけど・・・君のお父さん自身が、君の身を一番案じているんじゃないのか」
「それは・・・当たって砕けろです!」 ロームが右の拳を握りしめ、頭上に突き上げた。
「おいおい・・・マジかよ」
TONAへ
惑星TONAには、その昔、二つの衛星が回っていたが、今は一つになっていた。
TONAの科学力が、重力波のコントロールを可能とした。 何と衛星の軌道を変え、惑星の軌道から外す事に成功していたのだ。 衛星が一つになって以降、TONAの自転が少し速くなったものの、それ以上に潮汐作用や気象への影響が緩和され、住み易い環境の構築に成功していた。
TONAの残された衛星に建設されている入国審査ステーション指定の駐機ポートに探査機を停め、アキラとロームの二人は入国審査を行っていた。
「ローム、君から聞いていた割には、TONAは若い人が多いじゃないか」
「アキラ、ほとんどはアンドロイドです。 TONAの人口は激減していますので・・・」
ロームは少し寂しそうだった。
「さあ、手続きも終わりました。 転送ルームから地上に降りましょう」
「ああ・・・アンドロイドか・・・」
アキラはキョロキョロとアンドロイド達を眺めながら、転送室へと入っていった。
転送室の扉が開くと、全面ガラス張りのエリアに出た。
前面に広がる緑の大地、遠くに都市が見えているが、TERAの日本州TOKIOの様な超高層ビルは見られない。
「TONA人は、ほぼこの惑星TONAに戻っています。 ほんの一握りの人々が、銀河連盟の職務に参加したり、他の惑星に永住したりしている程度です。 TONA人の人口は凡そ150万人。 この広大な惑星TONAに・・・僅か150万人なのです」
「驚いたな。 確かに、絶滅危惧種族だな」
「ええ、人口に関しては、最も多い時は52億人だったそうです。 もう、1万年程前の話ですが」
「TERA人は約200億人だと聞いている。 まあ、TERAには30億人位が住んでいるそうだから、全銀河系に170億人が散らばっていると言う計算になるな」
「TERA人は、まだまだ種族として若いと言う事ですね。 羨ましい限りです」
「ああ・・・但し、さっきの200億人はTERAの連邦政府に登録されている人だから、君の様にハイブリッドで他の連邦政府に登録されている人も居るからな。 TERAのDNAを持っている人が何人居るのか・・・正直言って分からない位さ」
「アキラ、父の家、私の実家までは飛行機で移動です。 私自身も、実家に帰るのは9年振りです。 調査局の勤務になってから・・・初めて帰るのです」
「ええっ! 一度も会っていなかったのか? お父さんと喧嘩でもしていたのか?」
「いいえ・・・ええ、実は調査局勤務は父から反対されていました。 父の意向を無視して、母が勤務した調査局での勤務を希望したのです」
「そうだったのか。 だったら、今回の帰郷は?」
「実は、父には何も伝えていません」
「ええ~っ! それで・・・それで、大丈夫なのか?」
「アキラ、虎穴に入らずんば虎子を得ずです!」
ロームの父
アキラとロームは、飛行機に乗り、窓から眼下を見下ろしていた。
「本当に綺麗なところだな」
「ええ、その昔、衛星が二つだった頃は、荒天の多い気象だったそうですが、今は穏やかで住み易い惑星になっています。 太古の環境変化で、大型の肉食生物が絶滅したお陰で、私達TONA人も含め、ほぼ全ての陸上生物は極めて穏やかな生活を得ました」
「そんな生態系の中で、TONA人の様な高度文明が発達したのが不思議でならないよ」
「ええ、確かに、TERAとの比較ではそうでしょうが・・・銀河連盟に所属する他の惑星も、TERA人程には好戦的では無いですよ」
「ちょっと心外だな。 まあ、否定はしないけど」
「お気を悪くなさらずに。 私も半分はTERA人です」
「もう直ぐ到着ですね」
「そこからはどうするんだ?」
「そこが私の実家です。 駐機ポートは、私の実家の私設の物です」
「へ~、驚いたな。 飛行場を持っているってのかい?」
「TONAの家庭はほとんどそうですよ。 何せ、この惑星に僅か150万人ですから」
「確かにな、さも有りなん・・・だな」
飛行機が着陸し、後ろのハッチが開いた。
「さあ、アキラ。 降りましょう」
二人が飛行機を降りると、大きな家が目に飛び込んできた。
「デカいな! それに・・・デザインも、こう、何て言うか・・・奇抜だな。 大きさも、俺ん家の10倍位は有りそうだ」
「ええ、でも、この家に父が一人で住んでいます」
家の玄関に着き、チャイムを鳴らした。
自動でドアが開き、二人を誘い入れた。
「さあ、アキラ。 お上がり下さい」
家に踏み入ると、目の前に壮年の男性が立っていた。 アキラには、自分より10歳程年上の様に見えた。 意外にも、男性には余り驚いた様子は見えなかった。 アキラは、TONA人は感情を表に出さない事を美徳としているからなのかな、と思った。
「お父様。 只今、戻りました」
「ローム。 久し振りだな、良く帰って来た。 入国管理局からの連絡が有ったのでね、来る事は分かっていた。 君がアキラだね。 悪いが、連邦政府を通じて、少し調べさせて貰った」
「初めまして、アキラです」
「私は、オームだ」
「初めまして、オーム。 本日は、突然お伺いして恐縮です」
「構わない。 ロームから聞いていると思うが、私は既にリタイアして、今は余生を過ごしている。 流石に一人は寂しくてね。 歓迎するよ」
「ありがとうございます」
恐らくリビングなのだろう、大広間の窓の近くに応接セットが設置されている。 しかし、TERA人とはかけ離れたデザインであり、アキラにとって居心地の良い雰囲気ではなかった。
「アキラ、掛けて呉れ。 ロームも」
オームは、お茶を用意して呉れている様だった。
「これは、TONAに古くから伝わるお茶だ。 口に合えば良いが」
「頂戴します」 アキラは少し緊張していた。
「妻は」 オームが語り出した。 「妻はTERA人だった。 既に君も知っていると思うが、名はタラと言った。 情熱的な女性だった。 私は、彼女と初めて会った時45歳で、まだ幼体だった。 TONAの連邦政府に勤務し、彼女の世話係の様な役割だったが・・・私は直ぐに男に性分化した。 彼女と出会った事が運命だと思ったよ」
「全くの偶然ですが、タラさんは私の母と従妹の関係でした。 詰まり、祖母同士が姉妹だったのです。 その事を知って、私も驚いたのですが、ロームと私は血の繋がりが有る事を知りました」
アキラの話を聞き、オームは驚いた様だった。
「そうだったのか。 この広い宇宙で・・・奇跡とは、この事だな」
「ええ、私も驚きました。 ロームは・・・私の母に雰囲気が良く似ています。 今は慣れましたが・・・いつも母に監視されている様な感じがしていました」
アキラは照れ笑いをした積りだったが、オームには余り良く理解して貰えなかった様だった。 アキラはバツが悪そうだった。
「ところで・・・性分化が45歳とは、少し遅かったのですね」
「そうだな。 TONA人の平均的には40歳頃までには性分化を終える。 稀に幼体のまま一生を終える者も居るがな」
「やはり、タラと言う“環境”が、そうさせたのですね?」
「ああ、その通りだ。 君も知っての通り、TONA人は感情を表に出す事を嫌う。 しかし私は、タラを前に感情を抑える事が出来なかった。 愛したよ。 精神的にも肉体的にも」
「そしてロームが生まれた」
「その通りだ。 知っての通り、TONA人の人口は激減している。 タラは直ぐに原因を突き止めたよ。 いや、我々自身も薄々知ってはいたが、生化学的にまで原因追及しようとは考えていなかった。 それが、TONAの倫理観だったのだよ」
「貴方は、それに逆らった・・・と言う事でしょうか?」
「ああ、実質的に・・・な。 私は、何の努力もせずに、自ら滅亡を享受するなど耐えられなかった。 TONA人としては異常なのかも知れない。 何としてもTONA人のDNAを後世に残すべきだと考えた。 タラの事を愛していた・・・例えハイブリッドと言う形でもDNAを残す事を考えていたのは事実だが、まさかタラの命を奪う事になるとまでは考えていなかったのだよ」
「医師からは予見されていたのでは無いですか?」
「ああ、そうだ。 タラの妊娠が確認された時、私はタラを説得した。 彼女を愛していたからね。 しかし、彼女はいつもの情熱的な眼差しで私にこう答えたよ“命を懸けるに値する事もある”とね」
ロームは下を向いたまま、涙を堪えられずにいた。
「ああ、済まない。 着いた早々に、こんな話をしてしまい。 久し振りにロームに会い、女性に性分化した事を知った。 君が同行している様を見れば、おのずと答えは分かる。 私も・・・つい過去を思い出してしまい・・・君達に話さずには居られなかったのだ。 申し訳なかった」
「い、いえ・・・そんな」 アキラは言葉が上手く出てこなかった。
「お父様、ご推察の通り、私はアキラと出会った事で女性になりました。 これからも、この身体と魂はアキラと共にあります」
「ああ、分かっているよ。 お前が調査局に入る事を、私は許さなかった。 こうなるであろう事は、当然の様に予見出来たからね。 お前はTONA人にとって唯一の希望だった。 繁殖力を持つ、女性への性分化の可能性の有る、唯一の幼体だったからな。 ただ、こうなるとTONAのDNAは更に希釈されてしまう。 もう、TONAの絶滅は避けられない」
「オーム! それは違う! 確かに俺はTERA人だ。 ロームとの間に子供が出来ても、TONA人としてはクオーターになるだろう。 しかし、TONA人の精神は受け継がれる。 薄まって行くとしても・・・DNAだって」
「お父様。 今日、こうやってお伺いしたのには理由があります。 TONA連邦政府から、私の調査局勤務継続を拒否する内容の申し入れが有りました。 私は、先程も申し上げた様に、これからもアキラと共に調査局の仕事を継続したい。 お力添えを頂きたくて参りました」
「アキラ、TONA連邦政府の意向には、実質的に“長老”と呼ばれる者達の意思が色濃く反映されている。 彼等は、当初、私がタラとの子であるロームを授かった事を良しとは見なしていなかった。 当時最も若かった私には、TONA人の女性との繁殖が期待されていたからだ。 TONA人は、誓い合った者同士以外の繁殖行為は、重大な倫理違反だからね。 しかし、結局はロームが生まれて以降は、ロームに期待が集まる事になった」
「長老達って言うのも、都合が良いですね」
「そうだな。 ロームには申し訳なかったが・・・私も含め、ロームがTONA絶滅回避の、皆の希望の星になってしまっていた。 初めから、連邦政府はロームの調査局勤務を認めていなかった。 しかし、ロームはタラ譲りの情熱で、自らの力で調査局勤務を勝ち取ったのだ。 ロームが君と結ばれている事を、長老達はまだ知らないだろう」
「オーム。 私達で直接長老達へお話がしたい。 何とかとりなして頂けないでしょうか!」
アキラは真剣に、オームに懇願した。
「分かった」 オームは静かに呟いた。 「正直なところ、私自身の望むところでは無かったが、ロームの、そしてタラの意志を尊重しよう」
「ありがとうございます」 アキラとロームに、希望の光が見えて来た。
ロームの父オームは、TONA長老達との仲介を引き受けて呉れた。 活路を開く事は出来るのか! 第9話 中編に続く