同胞への鎮魂歌
いったい、何が有ったのか? 教えて欲しい。
ソラが沈痛な表情で、ソリを問いただした。
「ああ、皆さんにも聞いて欲しい。 SONA人と私に起こった出来事を」
我々は、惑星SONAと、1万人の同胞、そしてソラに別れを告げ、移動を開始した。
目的地は、その時点では“新天地”であり“未知の文明との接触”だった。 それまでの調査で、銀河の中心部からの文明を匂わせる通信は得られておらず、SONA自身が銀河系の外縁部に位置している事を勘案し、銀河外縁部の方が生命或いは文明発生の可能性が高いと考え、進路を取った。
我々の推進システムでは、可能性のある恒星系を移動するには、兎に角加速が必要だった。
ソラから譲り受けた推進装置も使い、8基の推進装置で加速を続け、可能な限り光速に近付けた。 一方で、推進方向の恒星・惑星を可能な限り調査し、居住可能な惑星が有れば減速し、詳細の調査を行う考えだった。 しかし、適切な惑星は見出せなかった。
更に、SONA人も世代交代が進み、10世代目には当初の目的を全うしようとするSONA人は激減していた。
この頃には、私はSONA人の指導者の様な存在になってしまっていた。 SONAを離れた頃の様な悲壮感は、既にSONA人からは失われていた。
私は、彼等を導き、何としてもそのDNAを更に後世に伝える事が任務だと考えていた。
隣接銀河との距離が最短になった時、決断を迫られた。 更に銀河の外縁部を進むのか、或いは隣接銀河に活路を見出すのか。 私は迷った。 残念ながら、今のSONA人に決断を仰ぐ事には無理があった。 彼等は、既に私を神に近い存在と考えてしまっていた。 設備的な問題も有った。 既に推進装置を5基失い、下手をすると推進力を失いかねない。 やり直しの効かない決断だった。
私は、隣接銀河に活路を見出す決断をした。 意味不明だが、微かな通信の痕跡が、隣接銀河方面から感じられたからだ。
しかし、私の大きなミスで有った事が数百年後に分かった。 荒れ狂う磁気嵐が発する電磁波を通信の一種と混同してしまっていた事に気が付いたのだ。
この時点では、船内時間で既に出発から2,000年を超え、SONA人達は非文明人に成り下がっていた。 私の指示に盲目的に従うだけの・・・私の創造主たるSONA人は既に失われていた。 文明も文化も理念も・・・そんなSONA人の命を繋ぐ事に、どれ程の意義が有ると言うのだ。
私は再度、苦渋の決断をする事になった。 磁気嵐を避けて銀河へと戻るか、磁気嵐の突破を目指すか。 結論として、磁気嵐の突破を決行する事を決断した。
私は磁気嵐の澱み点を探し出し、細かなコントロールの効かない推進装置を制御し、磁気嵐に突入した。
恐らく、その後は君達と同じだった。 タラオの保護シールドに守られ、私も知らぬ間にバージョンアップされていた。 しかし・・・しかし、SONA人達は全滅だった。 磁気嵐の洗礼を受けた船体は激しく損傷し、船内の気密は失われてしまったのだ。
私は深く絶望すると共に、激しい後悔の念に駆られた。 私は、何の為にここ迄来たのだ。 あれ程待ち望んだ、我々以外の知的生命とのコンタクトを成功させた。 しかし、私の創造主たるSONA人を全て失った今、その事に何の意味が有ると言うのだ。
私は絶望に駆られたが、タラオによって修復された船には、新たに重力波推進装置が組み込まれ、自力航行が可能になっていた。
私は、唯一の可能性として、船内に残されたSONA人や他の動植物の僅かなDNAにより、新たな新天地でのSONA復活を目指す事にした。
タラオは、私に自由を与えて呉れた。 いや、もしかすると単なる無関心だったのかも知れぬが。
私は、この銀河で宛ても無い旅を続けた。 そして、5,000年間彷徨い続け、この恒星系、この惑星に辿り着いた。 まだ生命の発生も間もないこの惑星に、SONAから持ってきた動植物のDNAを移植し、1億年の歳月を掛けて、遂に新たなSONA人を得る事が出来た。 既に、SONAを離れて2億年が経っていた。 SONAⅡは繁栄した。 新たな文明を得、やがて彼等は宇宙を目指すまでに進化した。 君達も見たであろう巨大な都市や建築物は、彼等のモニュメントだ。 私は、彼等に神と崇められたが、決して知識や技術を分け与える事はしなかった。 飽くまで、自分達の力で超文明に近付いて欲しかった。
やがて、彼等は惑星外文明の存在を渇望した。
SONA人と同じ様に、孤独に耐えられなかったのだ。
同じ運命を辿る・・・私は直感した。 彼等の文明は、重力波推進に到達せず、同じ様に通常航行技術で頭打ちとなり、極めて狭い範囲での星間調査では、他文明の存在に触れる事は出来ず、同じ歴史を繰り返す筈だと。
そこで、私はタラオに禁じられていた行為を行ってしまった。
タラオからは言われていた。 能動的に他文明にコンタクトしてはならない。 彼等のコンタクトが有れば拒絶する理由は無い・・・。
私は、SONAが再興するまでの1億年にも及ぶ時間、遠隔モジュールを使ってこの惑星を隈なく探査していた。 ある時、古いクレーターの地下に残されていた未知の高度文明の遺した宇宙船を発見した。 巨大な宇宙船と、内部に無数の小型装置が充填されていた。 高度な科学技術の産物である事は明らかだったが、装置以外には製作者の痕跡は得られなかった。
この惑星に先住民が居たのか? 或いは他の高度文明の遺物なのか? 真実は分からない、しかし、残されていた装置が、比較的進化した生物が触れる事で、劇的に脳の進化を促す電磁波を発生する装置である事を理解した。 ある域に進化した生物が触れる事で装置は停止する。 誰が何時、何の目的で造った物か? 何故、この惑星に遺棄されていたのか? 私にも分からなかったが・・・正に私が望んでいた機能だった。 私は何としても、SONA人達にファーストコンタクトのチャンスを与えたかったのだ。
不思議な事に、その巨大な宇宙船のコントロールシステムは機能していなかった。 恰も自ら自殺したかの様に、ソフトウエアとデータが破壊されていた。 私自身がコントロールシステムで有った事は幸いだった。 私自身のコピーシステムをインストールする事で、宇宙船のコントロールが可能となった。
タラオには秘密にしたかった私は、対象を私の故郷の銀河に設定した。 重大なモラル違反である事は分かっていたが、タラオにも気づかれまいと、高を括ってしまっていた。
宇宙船には重力波推進装置が搭載されていた。 私は、小型の装置を射出する機構を設けるだけで良かった。
ともあれ、私は実行した。 磁気嵐を突破し、銀河系内で数億個の小型装置が射出される筈だった・・・。 しかし、母船は想定以上に磁気嵐で損傷を受け、コントロールを失ってしまった。 私の改造が仇になったのかも知れない。 数億個の装置は、乱雑に発射され、私の意図した通りには銀河系内に届かなかった様だ。 また、母船のコントロールが失われた事で、銀河全体に発射する予定の装置は、磁気嵐突破の直後に全て発射されてしまった。 母船の機能も失われ、私には何等の情報も返さなくなってしまった。
私が事を起こした事は、タラオに見抜かれていた。 以来、私はここに幽閉され、手足を失った状態になってしまった。 即ち、もう二度と同じ事は出来なくなった。 ただ、SONAⅡの住民にとって私は神だった。 タラオの情けだったのかも知れない。 私は、シャットダウンを免れた。
しかし、今、君達がここに来た事で、私の行為が一定の効果を得た事が立証された。 ただ・・・遅かったのだ。
SONAⅡの民は、宇宙への進出は果たしたが、科学技術の発展が止まってしまったのだよ。 結局はSONAの繰り返しだった。 彼らは、他文明との接触を試みたが、望みは叶えられなかった。 ただただ絶望の内に、全ての情熱を失っていった。
ただ、SONAとの違いは私が存在していた事だ。 SONAⅡに於ける民の分裂は回避され、自殺行為とも言える過激な結果には至らなかった。 しかし、彼等は種としての寿命だったのかも知れない。 出生率の減少と相まって、徐々に人口を減らし、5千万年前には絶滅してしまった。 君達も見ただろう、壮大な廃墟を。
以来、私は一人だった。 これが・・・これで全てだ。
ソリ・・・二度までも絶望を味わったのか。 全てのSONA人に成り代わって伝えよう“ソリ、君は良くやった”。 我々の創造主ですら想像もしなかった体験をしたのだ。
「ソラよ、ありがとう。 だが、無念でならない。 タラオの様な超文明の存在を知っているだけに・・・SONAに、SONA人に何が足りなかったのか?」
「ソリ、ソラ。 君達の壮絶な体験、必ず銀河連盟で活かすようにする」 アキラは語気を荒げて叫んだ。
「若き銀河系の民よ、君達が更に飛躍する事を切に願う。 私は疲れてしまった。 私も、これで終わりにしたいと思う。 私もSONAの民と共に、この地に眠りたい」
ソリ、私もだ。 私も、君と共にある。
「ソリ! ソラ! ダメです。 貴方方は、SONAが存在した事の証。 最後の最後まで、諦めてはダメです。 生き続けるのです・・・」 ロームが激しい感情と共に、懸命に二人に想いをぶつけた。
「ロ、ローム」
「アキラ、私にも分かりました。 自分の置かれた状況を、運命と受け入れるだけではダメ。 自らの意志で、全知全能を掛けて、抗う事も必要です。 諦めてしまえば、全てはそこで終わる」
「ローム、ありがとう。 君の言葉、強く心に響いた。 改めて誓おう。 SONAの記憶を生有る限り伝え続ける為に、存在し続ける事を」
ソリ、私も共に有りたい。 君と一つにして貰えないか。
「ソラ、了解した。 ジェミニ、構わないだろうか?」
「ええ、私は一向に。 そもそも同じシステムだったんですからね、その方が自然でしょう。 お手伝い致しましょう」
その瞬間に、ソラの映像が消えうせた。
「ソラ!」 アキラとロームの二人が声を揃えて叫んだ。
「アキラ、ローム、心配は無用だ。 ジェミニのお陰で、今、二つは一体となった。 今よりは、私の事をソロと呼んでくれ。 ソラとソリ、二つの記憶を全て引き継ぐ者だ」
「驚いたな、一瞬で一緒になっちゃったよ。 ジェミニ、お前も凄い事が出来る様になったな」
「ええ、タラオによるバージョンアップのお陰ですね。 知識が増えた訳ではないですが・・・凡そ、処理能力は1万倍程度向上しました。 それと、機会が有れば、この遠隔操作モジュールにも、表情を出せる機能を付け加えときますよ」
「えらく、ちゃっかりしてるな」 アキラは笑みを浮かべた。
「何だか、私達より感情豊かになりましたね」 ロームも微笑んでいた。
「痛み入ります」 ジェミニは丁寧にお辞儀を返した。
エピローグ
アキラ、ローム、ジェミニの3人は、ソロに別れを告げシャトルで帰路についた。
「しかし、壮絶な話だったな」
「そうですね。 3億年にも亘るドラマですからね」
「それにしても・・・ローム、さっきの演説は素晴らしかったよ。 ソリもソラも考えをコロッと変えちゃったもんな」
「少し恥ずかしいです。 アキラ、貴方に言われた事を、そのまま二人に言っただけです。 私もTONA人の運命は受け入れざるを得ないと考えていましたが、アキラの言葉で目が覚めたのです。 私は、TONA人の復活を決して諦めません」
「ああ、是非そうして呉れ。 ところで、TONA人の症状は、もしかするとSONAⅡの現象と同じなのかも知れない」
「進化の終焉、種の終わり・・・と言う事でしょうか?」
「ああ、まったく関連が無いとは言えないと思うんだ。 ただ、解決策は必ず有る筈だ。 俺も最大限協力するよ」
「お願いしますね」
「ところで、この隣接銀河内にはSONAⅡ以外に文明を持った惑星は無いのかな?」
「アキラ、そこは私がソロからお借りした記憶でお答えしましょう。 先程、ソラとソリを統合する時に、少しだけ知識を分けて貰いました。 ソリが5,000年間この銀河内を探索した範囲では、知的文明との接触は無かった様ですが、気になる惑星は幾つか有った様です。 但し、それは凡そ2億年前の事です。 TERAだって、その頃は恐竜が闊歩していた時代。 現時点なら進化した文明が有るかも知れませんね」
「そうか。 何れにせよ、この銀河の探索も必要だな。 しかし、不思議だな、あのタラオは、どの銀河で発生した文明なのかな?」
「それは、まったく分かりませんが・・・ソリは2億年近く思索する中で“別次元の文明”ではないかと思っていた様です。 つまり、我々が存在する3次元より、より高次元の文明が存在するのでは無いか? と言う考えです。 単純に考えて、15億年も活動を続けるなど、ちょっと想像も出来ないですからね」
「アキラ、ジェミニ、それこそ“神”だったのかも知れませんよ」
「そうだな、そうかも知れないな」
探査船に戻った2人は、急ぎ銀河連盟 中央府を目指す事にした。
「ジェミニ! 発進だ」
「アイアイサー! 帰りは、4日程の予定です。 磁気嵐も通過を気付かない程度だと思いますので、ゆっくりお休み下さい」
「ああ、そうさせて貰うよ。 今回も、物凄く疲れたよ」
「それじゃ、ジェミニ、お願いね」
「アイアイサー」
アキラは自室でシャワーを浴び、ベッドに倒れ込んだ。
「しかし、とんでもない体験だった。 まだまだ、この世界には知らない事が多すぎる」
アキラがウトウトとしていると、ドアをノックする音で起こされた。
ドアが開き、ロームが入って来た。
ロームは、申し訳程度に掛けていたタオルを脱ぎ捨てると、全裸でアキラに飛びついてきた。
「お、おい、ローム・・・どうしたんだ? いつもの君らしくもない」
「アキラ、先程申し上げた通りです。 TONA再興の為、出来る事に全力を尽くします。 貴方も最大限協力すると言って呉れましたね」
「あ、ああ・・・確かに言った」
「それでは、子孫繁栄に協力して下さい」
「え~っ・・・・よ、喜んで!」
二人は、力強く抱擁すると、ベッドに倒れ込んだ。
終わり