突入

 磁気嵐の調査結果が出揃った。 3D画像を前に、3人で議論が行われていた。

「私達の探査船を中心に、半径4,000光年の範囲の磁気嵐の詳細です。 この4か所にソラが予言した、澱み点が見られます。 澱み点の大きさは、それぞれ半径約2万km。 この船の通過には十分な大きさですが・・・問題が有ります」
「どんな問題だ?」
「それでは、この澱み点に注目して、リアルタイムの動きを見てみましょう」

 3D画像が動き出した。 激しい流れが大きくうねり、澱み点が上下左右に目まぐるしく動き回った。
「そうか・・・動きが早いな」

 この様な早い動きだと、SONA船の推進能力では臨機応変な進路変更は不可能だ。 考えられる方法は唯一つ、動きを予測して、全速で突っ切るのだ。

「リスキーだな」 アキラは、無意識にロームの目を見ていた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず・・・ですね」 ロームの言葉に、アキラの腹が決まった。
「ジェミニ、話は聞いていたな。 突っ込むぞ。 上手くリードして呉れ、後は・・・俺の腕で何とかする」

 澱み点の10万km手前までやってきた。

 既に、磁気嵐の影響を受け、探査船のコントロールが難しくなってきた。
「やはり、すごいな。 これは、嵐に飲み込まれると船体が持たないかも知れないな」
「ええ、念の為、船外活動スーツを着ておきましょう」
「そうだな、気休めかも知れないが・・・ローム、気が変わったのなら言って呉れよ」
「いいえ、アキラ。 私も、この先が見てみたいです。 TERA人の血が騒いでいます」
「良し、ローム、ジェミニ、ソラ、行くぞ!」

 アキラの操舵で探査船を前に進めた。 目視でも見える澱み点は、目まぐるしく位置を変えていた。 ジェミニの予測に従い、小まめに進路を変えるアキラ。

「30秒後に突入する! シールド全開!」
 探査船の窓には、荒れ狂う磁気嵐が眼前に迫って来た。
「ローム! シートベルトで体を固定しろ!」

 激しく船体が揺れ始めた。 磁気嵐に突入したのだ。
 必死で操舵するアキラの眼前が眩く光り、2人共意識を失ってしまった。

・・・・・・・

 アキラは、ソラの声で目を覚ました。

 アキラ、大丈夫か? アキラ!

「あ、ああ・・・頭が割れそうだ。 磁気嵐ってのは、人体にも影響するんだな。 あ、ローム! ローム!」
 アキラの隣のシートで、ロームが気を失ったまま昏睡していた。
 アキラは席を立ち、素早くロームに寄り添った。 ロームの頬に手を当て、覚醒を促した。
「ローム! ローム!」

 ロームの目が僅かに開いた。
「アキラ・・・嵐を抜けたのですね?」
「あ、ああ。 恐らく。 俺も、今目が覚めたところだ。 直ぐに状況確認しよう」

 アキラ、ローム、無事で良かった。
 君達は2時間ほど意識を失っていた。 正確には、私が再起動してからだが。

「ソラ、貴方も停止していたのか? 磁気嵐は?」

 ああ、抜けた様だ。 アキラの操縦のお陰で、澱み点から逸脱する事無く、嵐を突き抜けた。 澱み点ですら、あの影響だ。 もし、嵐のど真ん中にでも入ったら、一瞬で探査船は破壊されていただろう。

 窓から外を眺め、アキラは驚いていた。 淡い光に包まれ、宇宙空間に居るとは思えない光景だった。
「何なんだ? 一体、どうしたんだ!」
「アキラ、これは何ですか? ソラ、ジェミニ、これは?」

 アキラ、ローム、私が答えよう。
 嵐を突破したと思われた瞬間、ジェミニと同様に私の機能も停止した。 何故か私が先に再起動した。 ジェミニのシステム上で稼働している筈の、私だけが再起動したのだ。 再起動した時点では、探査船はこの様な光に包まれていた。 全てのセンサーは何も捉えていない様だった。 即ち、探査船の周囲には、何も無いのと同じ状況なのだ。 我々の銀河の位置も不明だし、目的の隣接銀河も分からない。

「それじゃ、2時間前から、この状態なのか?」

 そうだ。 状況はまったく変化が無い。 2時間と言う時間も、私のタイマーがそうだ、と言う事であって、実際そうなのかは不明だ。 それに、ジェミニもシャットダウンしてしまっている。

 その時、何者かからの通信が入った。 アキラとロームに緊張が走った。
「アキラ、どうしましょう」
「チャンネルを開け!」
 澄み切った、良く通る声が船内に響き渡った。 どちらかと言えば女性の声に聞こえる。

「来訪者よ、貴方達の言葉でお話しします。 言葉は、貴方達がジェミニと呼ぶ者の記憶から学びました」
「初めまして。 俺は・・・私はアキラ、彼女はローム。 この映像はソラです。 貴方は?」
「初めまして。 アキラ、ローム、それにソラ。 私はタラオ、貴方方の銀河の観察を行っているものです」

「タラオ、ロームが質問させて頂きます。 貴方は、私達の銀河の事を観察していると仰いましたね。 私達の銀河の事をご存知なのですか?」
「貴方方の銀河内で、どの様な事象が発生しているか、凡そは把握しています。 私は能動的に貴方方に関与する積りは無いのですが・・・気まぐれに、3,800年程前に磁気嵐に近付いた船とコンタクトした事も有ります。 貴方方の様な行動を取った者は、3例目です。 貴方方の時間尺度で言えば、約3億年前に一度。 3,000万年前にも何度か嵐を抜けようとした者が有りました。 貴方方は、それ以来と言う事になります」
「3億年って・・・3億年前は、SONAの船ですね? それと、貴方は3億年前から観察を続けているのですか?」
「その通りです。 3億年前、貴方方の様にSONAの船がこちら側にやってきました。 私が観察を始めて、初めての出来事でした。 貴方方の様に強い船では無かった。 まるで筏船の様に、嵐に翻弄された状態でしたが。 それと・・・私は、貴方方の尺度で言えば、12億年前から観察を続けています」
「12億年! とんでも無いスケールだな。 タラオ、ここは何処なのです? この光は何なのです!」

 その時、ソラが口を挟んだ。

 タラオ、SONAの船はどうなったのか? 教えて欲しい。 磁気嵐に飲み込まれ、乗員は皆、無事だったのだろうか?

「ソラ、貴方の記憶とアルゴリズムは、既に精査させて貰いました。 3億年前の船にも、貴方と同じ方が居ましたね・・・確か、ソリ。 今も、ソリは存在します。 それと、アキラ、この光は私の保護シールドですので、安心して下さい。 ここは、貴方方が通過した磁気嵐から150光年離れた空間です。 貴方方が磁気嵐を抜けた直後に保護しました」
「そうですか。 改めてお礼を申し上げます。 だが、これからこの船は・・・俺達はどうなるのだろうか?」
「それは、貴方方の自由です。 貴方方は、自らの力で磁気嵐を越えた。 貴方方の銀河連盟同様、私もコンタクトを成した者を拒絶する考えはありません。 但し、能動的に関与する積りも有りません」

「アキラ、何て事でしょう。 やりましたね!」
「あ、ああ。 正に脅威だな。 これ程の超文明が存在していたなど。 銀河系が大洋の小島に過ぎなかった事を実感するよ」

 アキラ、ローム、ありがとう。 やはり、SONAの同胞も磁気嵐を越えたのだ。 これ程嬉しい事はない。 タラオ、SONAの子孫達に合わせては貰えないだろうか。

「構いません。 座標は既にジェミニに伝えました。 それと・・・貴方方の船には少し手を加えさせて貰いました。 最早、磁気嵐は脅威では有りません。 これも、既にジェミニにお伝えしています。 それでは、保護シールドを解除しますので、自由に行動して下さい。 今後、もし私とのコンタクトを希望するならば、拒否する考えは有りません」
「分かりました。 本当にありがとう。 必ず、またコンタクトさせて貰います」

「タラオ、一つだけ教えて下さい。 SONAの人々は何故、銀河系に戻らなかったのでしょう?」
「ローム、それは貴方自身で確認されるのが良いでしょう」
「そ、そうですか・・・分かりました」

 タラオのシールドが解除され、コントロールルームの外には宇宙の星々が煌めいていた。

「正に、脅威だったな。 まだ、少し半信半疑だよ」
「本当ですね。 でも、私達、銀河の誰もが成し得なかった事を、成し遂げたのですね」
「ローム、正確にはSONA以来・・・ですよ」 ジェミニの声だった。 「先程再起動しました。 タラオにバージョンアップして貰った様だが・・・何だか別人になった気分です」
「へえ、話し方まで変わったな。 疑うわけじゃ無いが、これまでと同じジェミニだと思って良いのか?」
「アキラ、正確には以前の私とは異なるのだろうが・・・以前通り、君達の忠実な僕だと思って貰って構わない」
「分かった。 まあ、信じる以外に無いな。 ところで、探査船には損傷は無いのか?」
「ええ、アキラ。 磁気嵐を抜けた時点では、幾つかの損傷が存在した筈ですが、全てタラオが直して呉れました。 それに、先程タラオが言った様に、新たに磁気シールドも付けて呉れたので、探査機も大幅にグレードアップしましたよ。 因みに、通常航法でも、今までの2倍のスピードは出ます」
「それは楽しみだな。 じゃあ、ソラもイライラしている様だ。 ジェミニ、SONAⅡに向かって全速前進!」
「アイアイサー!」

同胞との再会

 SONAⅡへは、2日程の道程だった。
 その間、ジェミニを通じて様々な新情報を得る事が出来た。

「磁気嵐を抜けた直後でした。 アキラとロームが気を失い、私自身も損傷した探査船の姿勢制御に必死だった。 その時、タラオが私のシステムに侵入してきたのです」

「突然? ですか」 ロームも驚いていた。 ジェミニは銀河連盟の最高システムであり、セキュリティーも最高の筈だった。
「そうです。 直ぐに全システムを乗っ取られ・・・いや、保護されました。 あの不思議なシールドに包まれた瞬間に、磁気嵐の障害も一瞬で静まってしまった。 そして、探査船の修理、改造そして私自身のバージョンアップも瞬く間に行われた。 いや、正確にはどれ程の時間が掛かったのかは分からないのですが・・・私の認識では、瞬く間だった」
「とんでもない科学技術だな。 仮に逆らっても勝てそうもないな」
「まあ、言葉は悪いですが、大人と子供以上の差かと・・・」

「いずれにせよ、SONAⅡの調査が終わったら、急いで連盟議会に報告しないとな」
「ああ、その事ですが、私から既に報告書を送っておきました。 今頃は、上を下への大騒ぎだと思います。 あ、念の為、報告者はアキラとロームの連名にしておきました。 信頼して頂けているとは思いますが、心配なら報告書の中身を確認しますか?」

 アキラとロームの二人は顔を見合わせ、両手を広げて肩を窄めた。

「タラオから得た僅かな情報では、彼等は15億年以上前から存在する文明の様です。 何故か正確な時期はタラオにも分からないらしい。 システムなのに不思議な事です。 それに、タラオには、創造主に関する記憶が無いらしい」
「例の物体の件は?」
「ええ、どうやら何かを知っている様でした。 しかし、教えては呉れませんでした。 自分達で調べろと言う事だと思います」
「そうか・・・いや、むしろその方が調査員としての魂に火が付くよ」
「そうですね。 何もかも教えて貰うのでしたら、調査局の仕事が無くなってしまいます」
 ロームが、白い歯を見せた。

「そういや、ソラは?」
「ああ、彼は、SONA人の末裔に会うので緊張しているのでは無いですか? 彼の感覚で2万年、実際には3億年も恋焦がれた同胞ですからね」
「そうだな・・・」
「間もなく到着です」 ジェミニがSONAⅡへの到着を告げた。
 SONAⅡの軌道上に探査機を止め、少しデータ取集を図った。

 驚いた!
 ソラが感嘆の声を上げた。
 惑星の公転周期、自転周期どころか恒星のエネルギー量、衛星質量・大きさ、どれを取ってもSONAとほぼ同じだ! 大陸の形状を除けば・・・SONAそのものだ。

「成る程な。 ここに根を下ろした訳だ」
「交信を開始します」 ジェミニが回線をオープンにした。

「初めまして。 私はソリ。 ソラと同様にSONAのコントロールシステムだった者だ。 タラオから連絡を受け、待っていた。 私自身は、航行船を破棄し、この大地にシステムを移動させた。 ここを動く事は出来ないのだ」

 ソリ! 私だ、ソラだ! 無事で・・・無事でなによりだった。

「ありがとう、ソラ。 君こそ、良くここまで来てくれた。 さあ、地上の神殿迄来て欲しい。 話したい事が山ほど有る」
「そちらに伺うのに、探査機を使って良いですか? ソラは、システム上の存在ですが、3D投影装置があれば姿を映すことが可能です」
「ああ、構わない。 既にジェミニに位置情報を転送済みだ。 待っている」

 アキラとローム、ジェミニの遠隔モジュール、そしてソラの投影装置を探査機に積み込み、全員で指定ポイントを目指した。

 飛行の途中、巨大なビル群や大きな農場の様な光景が見えたが、人々の様子を捉える事は出来なかった。
「妙だな、人々の姿が見えない」 アキラが訝った。
「それに、ビル群は劣化が激しい様に見えます。 まるで、廃墟ですね」 ロームも不思議がっていた。

 神殿に到着した。 巨大で荘厳な建築物だった。 SONA人の体型に合わせた高い天井の長い廊下を抜けると、広場に到着した。 そこに、ソリと思われる人物が立っていた。 身長も見た目も、ソラに瓜二つだった。

「皆さん、お待ちしていました。 当然だが、私のこの姿も映像だ。 そこのジェミニの様な遠隔モジュールを持つ事を禁じられているのでね」
「そうですか、分かりました。 今、セッティングが終われば、直ぐにソラが現れます」

 ジェミニが装置をセットし、投影装置を起動した。 子供サイズのソラが現れた。
「ジェミニ、原寸表示に戻して呉れ」
 瞬時に、身長2.5mのソラに戻った。

 おお、ソリ。 同胞よ、会いたかった。 無事で、なによりだった。

「ソラ、君こそ、SONAに残してしまい申し訳なかった。 3億年の時が過ぎ、よもや再会できるとは思っていなかった。 銀河連盟の皆さんの好意に感謝する」
「ソリ、ところで、君以外のSONA人の姿を見掛けないが・・・どうしてなのだ?」

 ソリは、少し俯きながら小声で答えた。
「SONAの民は絶滅した」

銀河間の磁気嵐を抜けた筈のSONA人が絶滅していた! ソリが語るSONAⅡの歴史とは。
                            第8話 後編に続く

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