内部へ
「ジェミニ、ここかな」
「そうですね。 そこのスペースに停めましょう」
「了解」
「当然ですが、外は真空です。 それと、余り周りの物には触らない方が良いと思います・・・念の為・・・ですが」
「分かりました。 慎重に行動します。 しかし、動力源も停止していますので、勝手に動く事も無いのではないですか?」
「ええ、その通りですが。 まず、その動力源を確認して、我々が動きやすい様にしたいと思います」
そう言うとジェミニがシャトルのハッチから外に出て行った。
「それじゃ、俺達も行ってみよう」
「はい」
特に装飾も無く、無機質なスペースだった。 部屋には、大きな扉と、小さな(と言っても銀河連盟の基準で言えば、充分に大きいが)扉がある。 小さな扉には窓も付いており、人が出入りする為の扉である事が容易に想像出来る。
扉にはノブが付いていないので、スライドで開く構造だと推測出来る。 ジェミニは、強引に扉の僅かな凹凸に指を当て、扉を開けようとしていた。 思いの外、容易に扉は開いた様だ。
「動力源が回復出来たのか? 結構、簡単に開いたな」
「ええ、しかし、2t程度の力が必要でしたので・・・アキラやロームでは開ける事は出来なかったでしょう。 残念ながら、動力源の回復は出来ませんでした」 ジェミニは表情も変えずに言ってのけた。 いや、そもそもジェミニの遠隔モジュールは表情を表現する機能は付いていない。
廊下と思われるスペースに出た。 やはり、天井が高い。
「アキラ、ここからは、流石にシャトルでの移動は難しいでしょうから、徒歩で移動しましょう」 アキラもロームも、無重力に難儀していた。
「アキラ、この人工衛星の構造から見て、長軸を軸に回転させる事で遠心力を利用した模擬的な重力を発生させる仕組みの様です。 恐らく、中腹の居住区で適切な遠心力を得る様に設計するでしょうから、どちらにせよ、この軸に近い区画では無重力に近かったと思われます」
「成る程な、僅かに床面と天井面の寸法が異なるのは、軸から放射状に区画が設けられている為なんだな」
「その通りです。 流石に、この衛星の機能を完全に回復させる動力を得るのは難しいですね。 一応、念の為にポータブルのバッテリーを携帯しておきます」
「頼む、ジェミニ。 それじゃ、目的地に誘導して呉れ」
「こちらです」 ジェミニを先頭に、アキラとロームは無重力の通路を進み始めた。
何度かのコーナーと扉を抜け、何とか目的の大きな部屋にたどり着いた。
「大きいな。 椅子やテーブルが幾つも並んでいる・・・まるで学校の講堂の様に見えるな」
「確かにそうですね。 一方で、正面にモニターの様なものが幾つも並んでいますし、中央のは一際大きいモニターも。 やはり、何がしかのコントロールルームの様です」
ジェミニは、部屋の内部を隅々まで見て、外せそうなパネルや扉を全て開けていた。
部屋の中央には、ステージ状の円形のスペースが設けられている。 投影機らしい物が周囲を囲んでおり、3D投影機の一種の様に見えた。
「アキラ!」 ジェミニがアキラに声を掛けた。
ジェミニは部屋の一角の比較的大きな扉を開け、内部を覗いていた。
「どうした、ジェミニ」
「この部屋は、コンピュータールームの様に見えます」
確かに、相当広いスペースに延々と矩形の箱が並んでいる。
「確かに、まるで前世紀のコンピューターそのものだな。 動くだろうか?」
「もし、起動して我々の期待と異なる不測の事態になる事も・・・当然、予想出来ますが。やはり動かしたいですね」 何と、ジェミニがアキラにウインクを返した。
「このバッテリーパックを繋げて見ましょう。 電気を使っているのは、ほぼ間違い有りませんので、適切な周波数と電流・電圧を徐々に試してみます」
「ああ、頼む。 俺とロームは、もう少し周辺を探索して見るよ」
大きな部屋と隣接する部屋へと二人で入った。
他の無機質な調度とは明らかに異なる、重厚なインテリアの部屋だった。
大きな机と、重厚な椅子。 机の前には10名程が座れる大きな会議机と椅子が並んでいた。
「この様子だと・・・船長か、いずれにせよ幹部の執務室の様ですね」
「ああ、我々の常識だと、明らかにそう見えるな」
「机に引き出しの様なものも有りますね。 それに、椅子の後ろは、明らかに書棚ですね」
「ああ、ちょっと調べてみよう」
引き出しには、高分子系の素材と思われる書類が何枚か入っていた。 複雑な文字も書き並べられている。
「俺達と同じ様な生活様式だった様だな。 文字も存在する。 何だか見た事が有る様な気もするが・・・探せば、ポータブルの情報デバイスや通信装置も有るだろう」
「アキラ、“本”がありました」
3億年の真空パックと言えど、劣化が進んでいる様だった。 荒っぽく扱うと、原形を留めずに崩壊しそうだった。
ゆっくりとページを捲ると、写真も載っていた。
「正に、数世紀前の俺達と同じだな。 でも、だとすれば、これ程の構造物を宇宙空間に建設したのは、改めて脅威だよ」
「そうですね。 それに、これ程の巨大建造物です。 惑星の資源を粗方使ってしまっているのでは無いかと思います」
「確かにな。 まあ、金属材料なんかは、他の衛星や惑星から調達したかも知れないが、それにしても・・・これが3億年前の仕事と考えると、今はとんでもない超文明になっているんじゃないのか?」
「もしかすると、例の物体の創造主でしょうか? 年代的には完全に一致とは言えませんが・・・」
「それは分からないが・・・可能性を否定も出来ないな」
「アキラ、ローム、来てください」 ジェミニから通信が入った。
「行こう! ローム」
蘇りし者
「ジェミニ! どうした」 ジェミニの後頭部から伸びたコードが、彼等のコンピューターと思われる設備と繋がっていた。
「アキラ、復活しましたよ。 この衛星の中心部に設置されていたのは運が良かった。 部品が全て健全とは言えないでしょうが、少なくとも今は復活しました。 バッテリーの容量も十分あります。 数日は稼働するでしょう」
「もう、立ち上がっているのか?」
「ええ、今は・・・彼に我々の言葉を教えた所です。 それと・・・時間に関する情報を。 彼は、3億年近く眠っていましたので、今が何時なのか知りませんでした。 アキラ、中央のステージに行って下さい」
「分かった。 ローム、行こう!」
大きな部屋の中央にある円形のステージが、ボンヤリと輝いていた。 徐々に焦点が合う様に、画像が鮮明になり、SONA人のホログラム映像が現れた。
初めまして、私はこの船のデータバンクにしてコントローラー、創造主からは“ソラ”と呼ばれていた。
「ソラ! 俺はアキラ、こちらはロームだ」
初めまして、アキラ、ローム。 創造主とは、かなり人体の構造が異なっている様だ。 創造主は、本当に君達に会いたがっていた。 3億年程も・・・私は眠っていたのだな。 信じられない事だが、ジェミニによってこの世に呼び戻された。
「ソラ、貴方方の事を教えて欲しい」
分かった・・・是非、聞いて欲しい。 それが、創造主の望みだったのだから。
私のこの姿は、創造主の平均的な姿を模したものだ。
我々は、君達の呼称で言えば、惑星SONAで進化を遂げた。 単細胞生物から多細胞生物へ、進化の爆発の中から脊椎動物が発生し、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類と進化を遂げ、哺乳類の中から我々が誕生した。 ジェミニに教えて貰ったが、一般的な知的生命発生のプロセスだった様だな。
その後の文明の発達も、どうやら他の銀河連盟の文明と大差無かった様だ。 唯、3億年早かった事を除いては。
我々は、惑星を飛び出し、宇宙へと進出した。 我々が望んだのは、唯一、他文明との接触だった。 自分達が宇宙で唯一の存在では無いと思いたかった。 数々の英雄が、自身の命も顧みず、宇宙の各地に飛び出し、他の知的生物の存在を調査した。 巨大な通信設備を建設し、人工的な通信の受信や、SONAからの情報発信をし続けた。
残念ながら、我々の科学技術では重力波のコントロールまでは到達せず、いわんやワープ航法等は理論すら及ばなかった。
我々の科学文明のピークですら、亜光速航行まで・・・即ち、仮に片道切符だとしても、数十光年先に行くのが精一杯だったのだ。
我々は、宇宙の孤児である事を自覚した。 宇宙に散った先人に想いを馳せ、自分達がこの惑星SONAで、いずれは進化の終焉、即ち種としての寿命に到達するのを待つのみだと悟ってしまったのだ。
そんな頃、我々は大きく二つの勢力に分かれてしまった。
一つは、惑星SONAに留まり天命を全うしようとするもの、もう一つは、世代間航行船による新天地への脱出と他文明との接触を模索しようとする者達だった。
実は、その時点で惑星の粗方の資源を採掘しつくしていた。 その中で、この巨大構造物を造るのは、惑星に留まろうとする者からすれば自殺行為だった。
それでも、表面上は、二派は冷静に会話での解決を求め、協議を続けた。 しかし、破滅を迎える時が来た。
我々、宇宙に飛び出す決断をした一派が、相手側を裏切ったのだ。
実は、この船は2隻造られた。 我々は相手側を裏切り、秘密裏に同調する者達を惑星から脱出させ、この船に乗船させた上で、この惑星を捨てる決断をしたのだ。
惑星から一斉に同調者のロケットが惑星を出発した。 それを知った惑星残留組の怒りが爆発した。 有ろう事か、核爆弾を発射したのだ。 惑星を脱出しようとした船は、半分以上が撃ち落された。 当然だが、核爆弾の使用は、惑星側にも相応の被害をもたらした。 正に大量虐殺だった。 地上は燃え盛り、放射能の嵐が吹き荒れた。 何も知らない一般の人々が逃げ惑い、避難しても、放射能汚染からは逃れられなかった。 惑星SONAは絶滅した。 人工衛星に辿り着いた100万人足らずを除いて。
彼等は、改めて議論した。 SONAを捨てるか、ここに留まるか。
一隻の船にほとんどの人達は乗船し、新天地を求める旅に参加した。 この船を曳航する推進船は8隻造られたが、全てそちらの船に使われた。
残ったこの船には、惑星を離れない事を望んだ1万人程度が残る事になった。
この船に残った人々は、旅立った同胞からの通信を受け、惑星SONAの状況をモニターしながら過ごしていた。
約1万人の人々は、世代を経る毎に人数が減っていった。 多くは、未来の無い自分達の境遇を想い、新たな命を育む事を躊躇ったのだ。 それでも、細々と世代を繋いでいった。
旅立った同胞からの通信は、徐々に間延びしたものになっていったが、一向に朗報は伝わらなかった。 惑星SONAの状況は悪化する一方であり、最早、生命の痕跡も見られる事は無かった。
そして、時は来た。 船に留まった者達の、最後の一人が無くなった。 32世代目で千年を超える時が経っていた。 最後の一人は、本当に可愛そうだった。 両親が亡くなり、話し相手を失い、最後は私との会話すらしなくなった。 最後の一人は、病死でも老衰でも無かった。 自ら、脱出ポッドに乗り込み、惑星へと落下していったのだ。 彼が最後に何を考えていたのかは分からない。 しかし、“絶望”と言う言葉が最も適切だったと思う。
「何とも・・・悲劇的な話だな」
「そうですね。 ソラ、一つ教えて欲しい。 私達は謎の物体に関して調査している。 ジェミニから情報は伝わっていると思いますが。 何か知りませんか?」
話を続けよう。
最後のSONA人が居なくなっても、尚、私は同胞が発信し続ける通信を受け取っていた。
1万年経った時、通信が途絶えた。 正確には、何等かの信号は受信し続けたが、解読不能の信号になってしまった。 結局、朗報は伝わらなかった。 彼等が新天地を得たのか? 他の文明と出会えたのか? トラブルに遭遇したのか? 彼等の航行ルートは分かっている。 是非、君達に探して貰いたい。 滅び去ったSONA人の最後の望みだと考えて欲しい。
それと、質問の有った件は、関連すると思われる事象が有った様だ。
2万年程経過した時点で、この私も自らをどうするか考えた。 エネルギーは有限であり、私を稼働し続ければ、後2万年程度でエネルギーが枯渇する。 そこで、最小のエネルギーで稼働させる為に、一部のセンサーを残し、全ての機能を停止させた・・・私自身も。 センサーは見事に仕事を続けて呉れていた様だ。 先程、ジェミニに再起動して貰った時に、直ぐにセンサーの履歴も精査したよ。 6千万年程前、この恒星系を光速の1%程度の速度で移動する小型の物体が検知されていた。 この衛星から200万kmの距離を通過した様だ。 確かに電磁波を発していたが・・・残念ながら、私からはコンタクト出来なかった、眠っていたのでね。 その後も、数回、3千万年程前に何かが・・・5千年程前の記録は、恐らく君達銀河連盟による探査活動によるものだろう。 その後も、頻繁に何等かの通信の記録が残っているな。 銀河が賑やかになったと言う事だね。 当然だが、君達の探査活動も記録されていたよ。
まさか3億年も眠り続け、再起動して貰う事になるとは思わなかった。 異文明とのファーストコンタクトと言う、この感動を創造主達と共有したかったよ。 我々は・・・孤独ではなくなったと。
「6千万年前・・・例の巨大物体が辺境惑星に衝突したのが約7千万年前。 タイミング的には関連が有っても可笑しく無いですね」
「ああ、光速の1%だとして、1,000万年で10万光年。 十分に銀河を横断出来る感じだな」
「これまでの情報を整理すると、ある時期、7千万年以上前にどこかの超文明が、あの物体を創造したと推定されます。 この惑星SONAの反対側の銀河周辺部で大型の物体から小型の物体が銀河の各方面に向けて発射された。 少なくとも、その内の一つは惑星SONAをすり抜け、飛び去った。 ある一つは、惑星EDENに落下し、植物知性体に影響を与えた。 また、ある一つは惑星NEDAに落下し、原住民の急激な文明進化を促した」
「今回、ソラから得た情報を加味すれば、銀河連盟が認識する文明発祥の遥か以前、既に惑星SONAに高度な文明が発生していた。 惑星SONAは不幸な出来事から絶滅してしまったが、一部の住民は新天地を求めて旅立った。 彼等が・・・もしかしたら、彼等が何等かの事情を知っている可能性がある。 ソラの希望でもあるし、調査に行こう」
「そうですね。 是非、お供させて下さい。 それと・・・例の物体の表面に文字が刻まれていました。 このSONAの文字に似ている様に感じます」
「確かに・・・ソラ! この文字が読めるか?」
これは、SONAの文字に似ている部分と、異なる部分がある。
もし、似ている部分の文字の意味を言えとの事ならば・・・“希望”或いは“期待”と読むことが出来る。 それと、番号が記載されている。
「“希望・期待”、意味深だが・・・まったくの的外れって訳でもないな」
「いえ、むしろソラの読んだ通りかも知れません。 SONA人は孤独でした。 自分達以外の誰かに会いたがっていた・・・」
「確かに、そうかも知れないな。 現時点では、知性体を人工的に創ろうとした様にしか考えられないが、彼等が、まだ見ぬ友人を探す手段だったのかも知れないな。 その意味では・・・もしかしたら、銀河系の知的生命にとっては、彼等が“神”だったのかも知れないな」
「少し飛躍し過ぎですが・・・何等か関連している可能性は有りますね」
その後、幾つかの確認を行った上で、一旦この場を去る事とした。
「ソラ、我々は引き上げさせて貰うよ」
アキラ、ローム、ジェミニ、今日は物凄くエキサイティングだった。
未だに3億年も寝ていたのかと・・・正に夢見心地だよ。 是非、また来て欲しい。 我々の同胞の調査結果を教えて欲しい。
「ああ、君から貰った情報を頼りに、兎に角調べてみるよ」
「ソラ、また会いましょう。 ジェミニの遠隔モジュールはここに置いておきます。 ローカルでもソラの役に立つでしょう。 後日、探査局の本格調査団が来ますが、協力をお願いしますね」
ローム、分かった。 是非とも協力させて貰う。 君達の帰りを待っている。 どんな些細な事でも良い、情報を得て欲しい。
「分かりました。 貴方に報告出来る様に頑張ります」
巨大人工衛星の来た道を戻り、小型シャトルで外に出た。
「しかし・・・とんでもない話だったな。 3億年だもんな。 TERAでは、まだ爬虫類が出現したかどうかって言う時代だよ。 その頃に、既に宇宙に飛び出した人達が居たって言うのが驚きだよ」
「彼等は・・・彼等は孤独だったのですね。 TONAは、直ぐに隣人に会えたのが良かった。 もし、会えていなければ・・・SONAと同じ運命を辿っていたのかも知れないですね」
「ああ、TERAだって一緒だよ。 自分達は“宇宙の孤児”だって思い込んでいたんだから。 ローム、取り敢えず現時点までの報告書をボスに送って呉れ。 それと、探査の延長も申請して呉れ」
「アキラ、報告書は提出済みです。 探査の延長申請も承認されました」
「ええっ! いつの間にやったんだ」
「貴方がシャトルで衛星内を移動している間にやっておきました。 まあ、報告書の大半は、ジェミニが用意して呉れていましたので、私は添削しただけですが」
「恐れいったよ。 ローム、君は優秀だ」
「アキラ、これで後は自由時間ですね。 折角二人っきりなんですから、少しデートしましょうよ」
「ええっ!」
小型シャトルは予想外の揺れを起こしながら、惑星SONAを周回した。
シャトルの窓からは、アキラの腕に絡みつくロームの姿が垣間見えた。
終わり