急展開
「ローム、惑星と二つの衛星を表示して呉れ」
コントロールルームのテーブル上に、3D画像が表示された。
「まずは、大きい方を見てみよう」
「ええ、大きさはTERAの月の半分程度、大気は無く、表面は隕石などの衝突によるクレーターに覆われています」
「小さい方は?」
「はい、大きさは長径20km程度、短径10km程度の楕円球形状です。 大きい方の衛星に比べると遥かに小型です」
「あの人工衛星の時代には無く、今は目の前に存在する。 考えられるのは、この3億年の間に外から来た衛星が惑星の重力に捕まったって事か」
「そうですね。 表面のスキャン情報は、大きな方と大差無く、クレーターに・・・」
「どうした? ローム」
「ちょっと違和感の有る幾何学模様の様なものが・・・ご覧下さい」
「確かに・・・ローム、この衛星の質量を計算して呉れ」
「分かりました」
ロームがコントロール装置を操り、軌道や惑星との公転周期から素早く計算を行った。
「やはり・・・異常です。 軽すぎますね。 まるで中空かポーラスな物体の様です。 先程の幾何学模様と重ね合わせれば・・・答えは、巨大な人工衛星です」
「驚いたな。 こんな巨大な構造物は、幾つかの公共ステーションが有るだけで、惑星を廻る人工衛星では銀河連盟でも例が無いな」
「ええ、過去に惑星BASAの住民が移民用の計画で建造した船が、結局は人工衛星として使われた例が有ります。 それでも、本体の長さで2km程度だったと聞いた事はありますが・・・これ程大きな人工衛星は聞いた事がありません」
「ローム、探査機を準備して呉れ。 乗り込もう」
「了解です」
2人は探査機に飛び乗った。
「衛星表面から、約200mで相対速度ゼロです。 やはり重力が殆ど無いですね」
「OK。 スキャンデータと現物を見比べながら、表面を走査しよう」
「分かりました。 ここから前方3kmの距離に、大きな凹部が見られますので、まずはそこに行きましょう」
アキラが探査機を操作し、ゆっくりと目的地に向かう。
「アキラ、あれです。 大きく、へこんでいます。 恐らく、隕石との衝突によるものでしょう」
「多分そうだな。 思った通りだ、内部に隔壁が見える。 よし、降りて詳細な全球スキャンデータを撮ろう」
探査機を降ろし、アンカーで止め、スキャン装置の設置に掛かる。
「参ったな・・・ほぼ、無重力だな。 作業が難しい」
「兎に角、センサーの設置が終わったら、一旦探査船に戻って、スキャンデータを良く見てみましょう」
「そうだな、腹も減ったし・・・そもそも、作業開始から8時間は経ってるな。 今日の仕事は、ここまでにしようか」
「分かりました。 では、データの収集だけ進めます」
探査船に戻り、コントロールルームでショートミーティングを始めた。
「しかし、やっぱり現地調査は必要だな」
「そうですね。 今回も、意外な事実が次々に明らかになりましたね」
「ああ、この惑星SONAにその昔知的文明が存在し、少なくとも惑星外に出られるまでの科学技術には達した。 そして、この恒星系を超えた世界に向けてのメッセージを発射した。 その目的は、3億年の後に達成されたが、当人達とコンタクトするには・・・現時点では至っていない」
「それに、あの巨大な建造物。 もし、同じSONAの文明のものだとすれば、明らかに年代が異なります。 更に技術的に進歩している。 何の為に建造したのか? それが気になりますね」
「ああ、BASAの例に有る様に、移民用だったと考えるのが妥当かな。 実際は、使われる事が無かった・・・と言う感じかな」
「ええ、いずれにせよ、全球スキャンデータが揃えば、もう少し見えて来るかも知れません。 アキラ、今日は疲れました。 食事にして、お休みを取りましょう」
「そうだな。 今回の食事は、俺が用意するよ」
「そうですか。 ありがとうございます」
「ローム! 悪いが、俺は肉を食うぜ」
「結構ですよ。 種族毎に食生活が異なるのは当然です」
「酒が飲みたいな」
「アキラ、それはダメです。 特に、今は調査も佳境です。 不測の事態が生じたら大変ですよ」
「ああ・・・」 やっぱり、お袋に怒られている様で・・・勘弁して欲しいよ。
「TERA人が肉食を維持しているのは意外ですね。 ほとんどの加盟惑星の人々は加盟と同時にベジタリアンになっていますが」
「そうみたいだな。 でも、やっぱり、体はタンパク質で出来ているんだし、直接タンパク質を摂った方が効率的だろ」
「タンパク質なら、豆類や穀類からも摂れますし、脂質が体に与える悪い影響を考えれば・・・肉食が得策とは思えないのですが」
「そうかもな。 でも、やっぱりTERA人には必要なのさ。 特に、俺はね。 偶には肉を食わないと、力が出ない」
「しかし・・・他の高等生物を食するのは・・・気が引けますね」
「何を言ってんだい。 知性を持った植物だっているじゃないか」
「それは・・・その通りですね。 やはり、進化の過程でその様な体を得たのですから、そう簡単には食生活を変えるのは難しいですね」
「ああ・・・」 折角の肉だったが、何だか味気ない感じがしてきた。 ロームが嫌がる様な事を進んでやりたくは無いが・・・
「ご馳走様。 それじゃ、明日に備えてゆっくり休もう」
「そうですね。 明日の朝にはスキャンデータが出揃っている筈です」
「OK。 じゃあ、お休み」
アキラは、部屋に戻ると、シャワーも浴びずにベッドに寝転んだ。
ロームは優秀で最良の相棒だ、とアキラは思う。 だが、ロームが完全な女性になった事で、少しギクシャクして来たかなとも感じていた。 偶々、自分の母親にそっくりで(血の繋がりが有る事が確認され、偶然では無かった事は分かっているが)、その一言一言が母親の言葉の様に聞こえて来る・・・なんだか、監視されている様な感覚。 一方で、魅力的な女性としての面が顕著になり、自分の心を搔き乱す存在になっていた。
「ふぅ~」 アキラは、大きく溜息をついた。
薄明りの部屋で、明日の仕事をイメージしながら、うとうととしていたアキラにドアをノックする音が聞こえた。
空耳かと思ったが、再びノックの音がした。
ベッドから立ち上がり、スライドドアを開けると・・・目の前に、ロームが立っていた。
透ける様な白い素肌に直接、これも透ける様なシースルーのガウンを羽織っていた。
「ロ、ローム」 アキラは言葉が出なかった。
はにかむ様なロームの顔が、アキラの心臓に強烈な槍を打ち込んだ。
「は、入っても良いでしょうか?」 ロームが呟いた。
個人の居室にソファーの様な贅沢なリクライニング設備は無い。 アキラは、汗と匂いが浸み込んだベッドのシーツとブランケットを引っぺがし、ロームに座る様に促した。
「あ、ああ、良いよ・・・ベッドに座って呉れ」 アキラは、やっとの事で声を絞り出した。
ロームは、ベッドに向かいながら、アキラの手を取り、同じくベッドに一緒に座る様に誘った。
ロームは、アキラの頬から顎に掛けて右手を滑らせ、アキラの目を見つめ続けた。
「ロ、ローム・・・一体・・・」
ロームの人差し指が、アキラの唇を押さえ、言葉を遮った。
潜入 巨大人工衛星
アラームの音で、アキラは目を覚ました。
ベッドには既にロームは居なくなっていた。
アキラには、昨夜の出来事が“夢だったのか?”と疑いたくなる程、記憶が曖昧だった。
ただ、ロームの柔らかで透き通るような皮膚の感触、蕩ける様に甘美な唇の感触がまざまざと蘇り、自身の男の部分が熱くなっていた。
慌ててシャワーを浴び、スーツに着替えてコントロールルームへと向かった。
ロームは既にコントロールルームで作業を行っていた。 本当に、いつ眠っているのか? 謎だった。
「お早う・・・ローム」
ロームは、アキラの入室に気付き、笑みを浮かべながら。 「お早うございます」 と挨拶を返して来た。 アキラには、昨夜の事を話題にする勇気が無かった。
「アキラ、朝食の用意も出来ています。 召し上がりながらで結構ですので、作戦会議を行いましょう」
「わ、分かった」 ロームの仕事には、いつもながらそつがない。
テーブル上には、巨大人工衛星の3Dスキャン画像が描かれていた。
「全表面を確認しましたが、開口部は昨日確認したクレーター部分、即ち破損部分だけですね」
「開口部の大きさは?」
「直径20m程度です。 内部は幾つもの隔壁で隔てられた空間に分けられています」
「隕石による破損が中心付近まで続いているな。 俺達が侵入するには好都合だが」
「ええ、確かにその通りです」
「衛星内に大気が残っているとは思えないな。 船外活動スーツだと、ちょっと動きにくいが、仕方がない」
「ええ。 これ程巨大な構造物ですので、全ての調査は不可能です。 詳細には、調査局の応援を受けて実施するとして・・・今回は、この部屋の探索を推奨します」
ロームが構造物の内部の一点を指示した。
「確かに、構造が全体にシンメトリックに設計されている中で、中央部で且つ長径方向の前方(後方かも)に位置している大きな部屋だな。 操舵室、もしくは会議室的な雰囲気があるな」
「その通りです。 見たところ、この構造物そのものには推進装置と思われるものが見当たりません。 別の推進設備で曳航するタイプか、もしくは移動する事を想定していなかった可能性があります。 そう推定すると、操舵室と言うよりは中央会議室的な目的で作られた部屋と考えるのが妥当でしょう。 いずれにせよ、中枢に当たる部分と思われます」
いつも通り、ロームの頭は論理的だ。 昨夜は、感情的・・・いや、情熱的だったが。
「ローム、それじゃ今回は小型シャトルを使おう。 これなら、充分に開口部から侵入可能だ。 それと、ジェミニ! 今回はついて来て呉れ」
「ドノ モジュール ニ イタシマショウ?」
「オールマイティなヒューマノイド型にして呉れ」
「リョウカイ デス」
小型シャトルは定員4名だが、探査機と違って長時間使用を想定していない作りなので、極めてコンパクトだ。 ロボットアームも付いており、少し危険を伴う船外活動にはピッタリだ。
窮屈な船外活動スーツを身に纏い、ロームと共に小型シャトルに乗り込むと、既にジェミニが座っていた。
「宜しくお願いします」 流暢に喋る。
探査船のコントロールAIであるジェミニと中身は同じなのだが、会話機能がコミニュケーション優先に設定されているのだ。 今回の様に、現地調査に同行させる場合の端末として、幾つかのモジュールが有るが、今回のヒューマノイド型は、何をするにも向いている。 余りに良く出来ていて、ちょっと見ただけでは、人間と区別出来ない位だ。 因みに、当然だが、彼に船外活動スーツは不要だ。
シャトルを発進させ、昨日のクレーターにやってきた。
「それじゃ、入るぞ」
クレーターの底に、人工衛星の開口部が出来ている。 派手にやられたものだ。
「照明を付ける」 シャトルの全周囲が発光し、周りを照らすと、隕石衝突の凄まじさが実感できる。
「派手にやられているな。 まずは、隕石の進路に沿って下降する」
「垣間見える隔壁内の居住スペースと思われる部屋の様子は、あの人工衛星で見た造形と類似点が見られますね」
「ああ、確かに。 椅子らしいものの形状を見ても、部屋の作りや大きさを見ても、同一種族の構造物と見るのが妥当だな」
ジェミニは大人しく周囲の状況観察を行っていた。 人間では不可能な遠視や、赤外線・紫外線での情報収集を行っているのだ。
「止めて下さい」 唐突にジェミニが言葉を発した。
竪穴の最下点までは、まだ1,000m程度ある。
「アキラ、ローム、あれをご覧下さい」
ジェミニが指し示す方向に、写真の様なものが見える。 恐らく、この部屋を使用していた者の私物だったのだろう。 複数の人物が写っている様に見える。 家族か仲間との集合写真と言った感じだった。
「やはり、想像通りの体型ですね。 ただ、体長に関しては、情報が足りないですね」
「ああ、だが、この写真を見る限り、彼等も我々同様に家族や仲間を大事にする種族だった事が分かるな。 いったい、何が有ったのか?」
「後程ご説明しようと思っていましたが」 ジェミニが喋り出した。 「惑星上の環境測定の結果、相当量の放射性物質を検出しました。 現時点では、人体に害の有るレベルでは無いですが、生命が存在していた惑星としては異常値でした。 半減期から逆算すると、恐らく3億年程前には大規模な核爆発が起きています」
「もしかして・・・核戦争か」
「だとして、どうしてこの衛星が無傷なのでしょうか? しかも、現在のところ、生命体の痕跡が見つかっていない。 まだ、調査は開始したばかりですが、気になりますね」
「そうだよな。 この宇宙空間なら、真空パックで保存されていた様なもんだから、何か痕跡が有っても可笑しくないよな」
「アキラ、ローム、シャトルを先に進めましょう。 後、500m程降下すると、正面に横穴が見えます。 恐らく、この衛星内の輸送ルートだったと考えられますが、この衛星の前後を貫く様に移動できます」
「OK、降りるぞ」
「あ、見えました」 下に2か所の大きな穴が見えている。
「正面が目的地方向です。 約6km程進んで下さい」
「了解だ!」
横穴の断面構造は、横長の長方形をしていた。
「恐らく、左右を逆方向に動くボックス状の輸送システムが行き来していたんだろう」
「ご名答です。 アキラ、2km先の左側にそのボックスが有りますので、右側から抜けて下さい。 更に2km先の右側にもボックスが有ります」
「まるで、TERAの地下鉄みたいだな」
「地下鉄? ですか」
「そうだ、その昔、TERAの大都市は人が密集して生活していたので、地下トンネルを通る人員の輸送システムを建設したんだ」
「信じられませんね、何故、地下トンネルだったのですか?」 ロームの不思議そうな顔が、またとても可愛かった。
「それは・・・地上を使い切ってしまったのさ。 と言うか、TERAの大都市は人が多すぎて、更に地上は各個人の権利が保護されていたんで、地下を使う位しか手が無かったんだよ。 銀河連盟への加盟で、人口の大半が宇宙に飛び出し、優れた科学技術を享受したお陰で、今ではTERAの地下鉄は廃止されているけどね」
「そうですか、地下鉄とはこの様な感じなのですね」
「俺も実際に乗った事は無いよ。 情報として知っているってだけさ。 きっと、こんな感じだったと思うよ」
「アキラ、あと1km先の右手に空間が有ります。 そのスペースで、一旦シャトルを降りましょう。 確認したい事があります」
「分かった」
巨大な人工衛星に侵入したアキラとローム。 この先に何が待っているのか。 後編に続く