急ぎTERAへ

 アキラは、TERAを目指す探査船の展望デッキの窓から外を眺めていた。
 頭痛に苛まれながら、ボーっと考えていた。
「今回は危なかった・・・」
 TERAを出る時からロームの体調異常は分かっていたのに・・・。

 NEDAの探査に夢中になりすぎた・・・アキラは深く反省していた。 これで、ロームが取り返しの付かない事態になったら・・・俺も調査局を辞めよう、そう考えていた。

 あれから今日で3日、後2時間程度でTERAのメディカルに転送可能な距離に着く。
 アキラも頭痛が続いていた。 明らかに、あの物体を触った時の衝撃のせいだ。 寝ようとしても、あの時に脳裏に飛び込んできた様々な情報がフラッシュバックの様に脳内を駆け巡る。 まったく熟睡する事が出来なかった。

 しかし、何故、触れた瞬間に物体の輝きが失われたのか? あの時、脳内に注ぎ込まれたイメージは何だったのか? NEDAの住民は、この先どうなるのか? ロームが採取したデータの解析も、ロームが昏睡のままで手付かずのままだった。

 船内にアラームが響き渡った。 TERAへの転送圏内に到着したのだ。

 アキラは、痛む頭を抱えながら、転送ルームへと向かった。
 既に、救急ベッドで昏睡のまま眠り続けるロームと、ノブオが待機していた。
「アキラ、大丈夫か?」
「ああ、兎に角、早くメディカルに行こう。 ジェミニ、転送開始」

 瞬時に眼前にドクターのチームが現れた。 マリアも来てくれていた。
「後は引き継ぎます」 いかにも生真面目そうなドクターが、看護師と共にロームを乗せた救急ベッドを移動させた。

「アキラ!」 マリアだけでなく、ユリカも来てくれていた。
「お婆さん・・・母さんも」 二人の顔を見た瞬間に、視界が暗転した。 アキラは、気を失って倒れてしまった。
「アキラ!」 ノブオがアキラを抱え。 「ドクター! ドクター! 頼む」

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 アキラが目を覚ますと、メディカルのベッドに寝かされていた。
 朦朧とする意識の中でも、ロームの事が気掛かりだった。
「ローム!」 思わず、声に出してロームを呼んでいた。

 ベッドから上半身を起こし、周りを見渡すと、部屋のソファーにユリカが座っていた。
「アキラ、大丈夫?」
「ああ、なんとかね。 それより、ロームは?」
「アキラ、ロームは大丈夫よ。 完全に回復しているわ。 それより、貴方の方が心配」
「俺は・・・俺は大丈夫だよ。 それより、ロームはどうしてる?」
「安心して。 もう仕事に復帰して、貴方の回復を待っているわ」
「えっ・・・俺の回復? ど、どう言う事だよ?」
「アキラ、貴方は・・・1か月ほど眠り続けたのよ」

「マジか! 1か月も・・・ロームをメディカルに連れて来て・・・母さん達の顔を見た事は覚えているが・・・あれからずっと寝ていたって言うのかい?」
「そうよ。 原因は不明・・・担当のドクターも貴方の覚醒を待っていたわ。 ノブオも呼ぶから、一緒にお話を伺いましょう」

 ノブオが到着し、ドクターと共に4人が会議室に集まった。 落ち着いた乳白色の照明に包まれた無機質な部屋だった。
 如何にも神経質そうな女性のドクターが口を開いた。
「アキラ、貴方の担当ドクターのナオミです。 専門は脳神経外科です」
「脳神経・・・何か、頭に異常が有ったんですか?」 アキラは、例の物体を触った際の衝撃を思い出し、覚えの有る不安を口に出した。
「ええ、でも生命に危険の有るレベルでは無いので、安心して下さい」
「命には関わらない程度には、異常が有るって事か」 アキラは自虐的に笑った。
「笑い事ではありません。 今後、どの様な事態になるか予測できませんので」
「ええっ、それって、回復してないって事?」
「正確には、何も分からない・・・と言うのが結論です」

 ドクターが卓上の装置を操作すると、テーブルに2つの脳の3D画像が表示された。

「こちらが、昨年の健康診断時に撮った画像です。 そして、こちらが現在」
「特に・・・変化がある様に思えないな」
「そうですね、但しこの二つの画像を重ね合わせると・・・ほら、大脳皮質のサイズが現在の方が3%増加しています。 成長を終えた人間の脳が大きくなる・・・いわゆる腫れとは異なります。 細胞そのものが増えている」
「どう言う事ですか」
「文字通りです。 貴方の脳が大きくなった。 貴方の頭痛の原因は、大きさの変わらない頭蓋骨の中で、脳の容積が大きくなった事によるものです。 病気で、脳が腫れるケースも有りますが、貴方の場合はまったく違う。 この様なケースは初めてです」
「問題は、それだけですか? 何故、今は頭痛が治まっているのです?」
「まず、問題=異常は、それだけでは有りません。 そして、頭痛が治まったのは、馴染んだだけです。 同じ痛みには、人間は熟れて来るものです」
「そりゃどうも。 それで、他の問題は?」

 ドクターが3D映像を操作すると、画像に赤い光点が光り出した。 1年前のものに比べ、現在の方が光点が遥かに多い。
「これは、活性なシナプスをハイライトした画像です。 見てお分かりの様に、現在の方が遥かに多い。 これは、新たな記憶が形成された事を意味します」
「新たな記憶・・・そりゃ、生きてりゃどんどん記憶が増えるだろ?」
「いいえ、この画像は、通常の生活で得られる情報でなく、強く記憶に残った事が記録されたと考えられている量を示しています。 つまり、貴方が思い出せるか否かを別にして、大量の永久記憶が新たに形成された事を示唆しています。 しかも、この数の増大は異常です」

 アキラ、ノブオ、ユリカは一様に呆然としていた。
「アキラ、思い当たる事が有るのか?」
「ああ、親父・・・有るよ。 実は、例の物体に触ったんだ。 その時、脳内に凄まじい衝撃と共に様々なイメージが掛けめくった。 正直言って、内容は思い出せない・・・でも、宇宙・恒星・惑星・生物に関わる、様々な映像の様に感じられた。 俺が、物体から手を離すと、物体が発していた青い光が失われていたんだ」
「その物体が、何等かのデータバンクで、アキラに情報を伝達した上で機能を停止したって事か?」
「分からない。 でも、親父の推測は的外れじゃないと思う。 もしかすると、惑星NEDAの2種族が急速に進化して文明を発展させた事の理由がこれだったのかも知れない」

 余りに突拍子もない推測だったが、この場の全員が“間違いない”と確信していた。

調査局への復帰

 アキラは体調も回復し、調査局に来ていた。

 今日は、ボスのワダへの報告の為にやってきた。 一足早く復帰しているロームとも再会出来る筈だ。
 いつもの会議室に到着した。 ノックをするとワダの声が応えた。
「入れ」

 ドアがスライドし、中を覗くとワダともう一人・・・
「ロ、ローム?・・・いや、失礼しました」
 美しい、女性のスタッフがにこやかな笑顔で迎えて呉れた。
 ロームより少し髪は長いが、ショートヘアーの魅力的な女性だ。 母の若いころの写真にそっくりだった。 アキラは、女性スタッフに軽く頭を下げ、ぎこちなく会釈した。

「アキラ。 私です・・・ロームです」
「ええっ! やっぱり!?」
「ロームです。 意識が戻らないと聞いて・・・本当に心配していました」
「ああ・・・」
 アキラは呆気にとられ、その容姿に目を奪われていた。

「あの時は・・・NEDAでは助けて頂いて、ありがとうございました。 例の物体の有る部屋の扉を入り、分析装置をセットして起動したところで意識を失ってしまいました。 回復した後、アキラが昏睡と聞いて心配していました。 今日お会いできて、安心しました」
「ローム・・・いや、ロームと呼んで良いのかな? 女性に・・・なったんだな」
「ええ、ロームで結構です。 ご覧の通り、性分化し女性になりました。 あの時は、自分でも性分化による体調の変化とは思わず、ご迷惑をお掛けしてしまいました。 当然ですが、私自身も初めての経験でしたし、知識としては持っていたのですが、あのような体調変化が切っ掛けとは気付いていなかったのです」
「ああ、良かったよ。 尋常じゃない発熱だったし・・・どこかの惑星で悪い風土病にでも罹ったのかと、本当に心配だった。 もし、君に何か有ったら・・・俺も調査局を辞めようとまで考えていた」

「兎に角、二人とも回復して何よりだ」 ワダが口を挟んできた。
「ノブオから概略は聞いているが、結構な大立ち回りだった様だな。 それに“手ぶら”って事もなかったと聞いている。 ローム、分析結果の報告を頼む」
「分かりました。 私は気を失っておりましたが、分析装置はしっかり仕事をして呉れていました。 この2週間で解析も完了しています」

 ロームがコントロール装置を操ると、テーブル上に3D映像が浮かび上がった。
 例の物体の映像が描き出されている。
「この映像は実物大です」
 アキラは、自身が触った物体の感触と衝撃を思い出していた。

「物体を拡大すると、この部分に文字の様なものが見えます。 銀河連盟に所属する文明の文字ではありません。 大別して二種類の文字が確認出来ますが、現時点では意味は不明です。 しかし、人工物で有る事の明確な証拠です。 製作年代は凡そ1~10億年前と推定されます・・・幅が有る理由は不明です」

「10億年! 信じられない。 いや、惑星EDENには5,800万年前にも文明が存在した事が確認されたが、EDENの古代文明は今の我々程には高度文明には至らなかった・・・更に過去に、しかも超文明が! しかし、製作年代に幅が有るって言うのは、どうしてなんだ?」
「分かりません。 いずれにせよ、銀河系内では考え難いですね。 少なくとも、現在の我々の知識では。 それと、ノブオが採取した例の巨大物体の記録映像に残された文字データと比較しましたが、類似形でした。 大きさは圧倒的に異なりますが、同じ製作者によって製作されたものと推定されます。 因みに、惑星EDENでディプロから託された物体とも・・・まったく同じ材質とサイズである事が確認出来ました。 刻まれた文字に僅かな違いが有りましたが、製造番号の類では無いかと推定されます。 製作年代に関しては、ディプロから託された物体でも少なくとも1億年以上前の物と測定されていましたが・・・今回の分析結果が出る迄は測定ミスと疑っていました」

「しかし、EDENの物は黒色で無発光だったが、今回は青く発光していた」
「そうですね。 大きな違いです。 今回の物体からは、電磁波が放射されていました。 恐らく、それが大気と反応して青く光っている様に見えたものと思われます」

「実は・・・実は、俺はこの物体に触ったんだ。 言い訳にはならないが・・・ほんの指先だ。 指を離すと青い発光が止まったんだ」
「それで合点が行きますね。 実は、アキラが分析装置を回収した際、装置はまだ測定を続けていました」
「慌てていたからな」
「お陰で、電磁波が停止した記録も取れました。 詰まり・・・機能が停止したものと思われます」
「機能が停止・・・」
「ええ、電磁波以外、重力波も熱放射も観測されていませんでした。 唯一の稼働根拠である電磁波の停止は、機能の停止と推測されます。 恐らく、アキラが接触した事で機能がオフになったのでしょう」

「何故だ! いや・・・唯・・・あの物体に触った時、膨大な情報が脳内に流れ込んだ様な気がしたんだ。 宇宙や惑星、生物進化の神羅万象について。 その後、俺は昏睡に陥ったが・・・先日、ドクターの解説を聞いたよ。 脳が3%肥大し、活性なシナプスが数倍になったらしい。 まあ、今の俺は至って以前の俺と変わらない積りだが、何かが起こったのは事実の様だ」
「生物進化に対する影響?」 ロームが呟いた。
「そうだと思う。 惑星NEDAの2種族の、異常な文明進化があの物体によって引き起こされたと考えるのは至極妥当だよ。 EDENの知性植物も然りだ」
「だとすると・・・何故、機能停止したのだ?」 ワダが口を挟んだ。
「俺が触ったから・・・一定レベルに進化した生物が接触した事で、これ以上の関与が不要と判断したんじゃないのか?」
「考えられますね。 EDENの物体も、植物知性体が十分に進化した事で機能停止していたのではないでしょうか?」
「恐らく・・・NEDAの2種族の文明発達はこれから停滞するだろう。 継続的な観察が必要だな。 逆に、それが確認出来れば、この仮説の証明にもなる」
「ああ、時間は掛かるが、それしか確認の方法は無さそうだな」

「しかし、だとすると、最初に発見された巨大な物体は何なんだ」
「母船? いや、中継基地? くそ! あの惑星の地殻変動さえ無ければ、もっとデータが得られるのに」
「致し方無いですね。 無理なものは、無理です。 しかし、あの時間遅れの現象が不思議です。 少なくとも、小さな方では、その様な反応が見られなかった」
「もしかすると、何等かの動力源なのかも知れない。 重力波ドライブの強力版ならば、ブラックホール的な挙動が有っても可笑しくはない。 小さな方は、稼働期間が有限だが・・・母船は、より長い期間の稼働が必要だと設計されていたのかも」
「あの惑星のクレーターの生成年代から推定すれば、凡そ数千万年と言う時間ですが? それ程の稼働期間を想定して設計されたとでも?」
「あの巨大な物体は、本来、宇宙空間で機能する為のものかも知れない。 運悪く、惑星の重力に捕らわれただけ・・・余りにも巨大な衝撃を惑星に与えてしまい、生態系を破壊してしまったが為に、偶々、あの惑星では生物進化を促進出来なかった。 それに、接触が必要だとすれば、あの惑星では、まだ陸生生物が発生していなかったので、そもそも接触が出来なかったとか・・・」 アキラは、息を継ぎながら続けた。 「しかし・・・親父は・・・親父は意図せずあの物体に触れていたな」
「そうですか?・・・いえ、恐らく触れてはいないでしょう。 あの物体には、近付けば近付くほど時間遅れが生じます。 詰まり、恐らくは、触りたかったが触れなかった、だったと思います。 ノブオには確認が必要ですね」

「しかし、誰が・・・何の為に」
「分かりません。 だからこそ、今後も調査が必要です」
 3人を永い沈黙が包み込んだ。

エピローグ

「アキラ、ローム。 君達の報告を聞かせて貰った。 結論には至らないが、大胆な仮説を述べるなら」 ワダは何か思い当たる節があるかの様に話を続けた。 「太古の昔、凡そ1億年前に超文明とも言える何者かの手によって、ある物体が作られた。 その機能については、詳細には分からない。 だが、少なくとも小さな方の物体の機能として、生物に情報を与える機能を持っていた。 これが、原棲生物の進化を加速し、知的文明までの進化を後押しした可能性がある。 その生物の進化が、一定水準に到達すると、その物体の機能は停止する」

ワダは“ふ~っ”と息を継ぎ、話を続けた。

「もう一方の大きな物体の機能も未知だが、少なくとも時間の進行を遅らせる・・・或いは遅れる機能が有った。 また、物体内部での時間軸は不明だが、定期的なエネルギー放出を行い、何等かの影響を周囲に与えていた可能性がある」

「我々の時間軸で5千年間隔のエネルギー放射。 或いは、小型の物体に対する指令とか通信の意味合いが有ったのかも知れない。 以前に立てた仮説を裏付ける、一つの証拠になったかも知れない」
「アキラ。 増々調査の仕事が楽しくなりますね」 ロームが笑顔で声を掛けた。
「ああ、恐らく、銀河系内にはもっと痕跡がある筈だ。 これからも頑張るよ」
「アキラ。 私は、女性に性分化しましたが、能力は以前と変わりません。 これからもパートナーとしてご一緒して良いですね」
「う~ん」 アキラは困惑していた。
「どうしたのですか? もう二度と性分化は起こりません。 詰まり、ご迷惑を掛ける様な事にはならないと思います」
「いや~」
「アキラ! はっきり言って下さい。 私は継続して調査業務への従事を望みます」
「ローム、済まん。 俺は女が苦手で・・・それに、お前と居ると、いつもお袋に監視されている様で落ち着かない」
「はあっ?」 ロームが呆気に取られていた。

「アキラ! 命令だ! ロームとのコンビ解消は許さん!」 ワダの大きな声が響き渡った。
「は、はい」 アキラは思わずワダに最敬礼した。
 ロームはニコニコと笑みを浮かべていた。

 後日、アキラとロームは、ワダに呼び出されていた。
「アキラ、ロームと仲良くやっているか?」
「ですから・・・お袋に監視されている様で、落ち着かないですよ」
「ボス、大丈夫です。 仲良くやっています」 ロームは相変わらず無表情に答えた。

「おお、まあ良かった。 それで・・・来てもらったのは他でもない。 調査して欲しい惑星がある。 私が、駆け出しの頃、現場実習で訪れた事がある惑星だ」
「ええっ、それじゃあ調査済みって事じゃ無いですか?」
「ああ、そうだが、先日の仮説・・・あれから色々考えていて思い出したんだ。 あの惑星の違和感を。 これは、命令だ。 二人での調査を命じる。 データは、いつも通り探査船のデータベースに送ってある」
「へい」
「了解しました。 アキラ、出発しましょう」
 二人の後ろ姿を見送るワダの顔は、子供の成長を喜ぶ父親の様な表情だった。

終わり

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