惑星NEDAへ

「後1時間でNEDAに到着です。 どうやらゲームの開始時間の12時間程前には着けますね」
 ロームは、いつも通り淡々と状況を報告しているが、僅かに頬が紅潮している様に見える。
「ローム、発熱は大丈夫か?」 アキラは、ロームの発熱が気掛かりだった。
「大丈夫です。 マリアが処方して下さった薬が効いている様です」
「まあ、大事にならなくて良かったが・・・さて、まずは、NEDAの大陸の方を見てみるか、時間も有るし」
「了解。 これからは、手動航行に切り替える」 アキラがコントロール装置を操り、NEDAの軌道上に探査船を誘導した。

 美しい惑星の姿が船窓からも肉眼で確認出来る距離に到達した。 大陸側の半球は、夜だった。
「親父・・・親父の情報は、何百年前の情報だったんだ?」
「何、アキラ、えらく嫌味な言葉使いだな? 何があった」
「これを見て呉れ・・・モニターも」 アキラが大陸の海岸沿いを指さした。
「何てこった! これは・・・船。 しかも、かなり大きいな。 これなら、島から大陸への長距離航行が可能だろう」
「それに・・・照明も見える。 既に、電気を使えるレベルに達しているんじゃないのか?」
「まさか! 本当に20年前は、せいぜい銅を使った金属器がやっと加工出来るレベルだった。 船だって、丸太を削った様なものだった」
「一応、訂正しますが、約40年前です。 しかし、異常・・・ですね」 ロームが顎に手を当て、首を傾げた。 ロームが長考に入る時の癖だった。

「この急速な文明の進化は、外部からの干渉でも無い限り不可能だ。 もし、独自に進化しているとすれば、例の物体の影響じゃないのか」
「ええ、現時点で得ている情報では、それ以外にこの事象を説明するのは無理なようです。 しかし、だとして、あの物体にどの様な影響を受けると言うのか?」

「これを見て下さい」 ロームがテーブル上にグラフを示した。
「過去の調査記録と年代推定から、この文明進化の推移を可視化してみました。 ここが石器時代、金属器・・・わずか40年前です。 そして、電気の活用。 この文明の立ち上がりが、もし、このまま進むと仮定すれば・・・数年後には宇宙に飛び出す可能性があります」
「ああ、確かにグラフのカーブがこの通りなら、100年後には我々に追いつく事になる。 数千年の進化を100年程度で達成・・・恐らく、インフラの構築にはそれなりに時間を要するだろうから、知的レベルの発達が先んじて、実用技術が後から追いつく様な形になるんだろうが。 惑星EDENで得た情報で、あの物体が知性の発達に影響を与えるのは想像していたけど・・・これ程とは、想定外だな」

「こりゃ、何がなんでも現物を拝まなければならないな」
「そうですね、アキラ。 少し、こちらで時間を使い過ぎてしまいました。 早速、島の神殿の方に参りましょう」
「そうだな」

 アキラの操作で、探査船を神殿直上の静止軌道に停泊させ、島内を観察した。
「やはり、島内に電線が張り巡らされ、2か所の発電所と思われる施設も見える。 恐らく、それぞれの種族が、ほぼ同じスピードで進化しているんだろう。 スタジアムは照明で照らされ、既にゲームの準備が始まっている様だ」
「概算だが、人口も少し増えている様だ。 恐らくは、各種族3万人で、計6万人程度の様だ。 スタジアムの収容人数としては限界だな。 それと、恐らく、島の面積から見ても、生産性の限界に近付いているだろう。 新天地を求めて、大陸に進出したのは必然だな」

「ノブオ」 ロームは心配そうにノブオに声を掛けた。 「ノブオの作戦・・・ゲーム開始と共に神殿から地下に潜入・・・が、今の状況でも可能でしょうか?」
「確かにな。 親父の作戦は、素朴な原始人を相手にする前提だった。 しかし、今目の当たりにしている文明レベルが相手だと、もしかすると銃の様な殺傷装置や電子ロックやトラップが施されているかも知れない」
「アキラ、ローム、確かにそうかも知れん。 しかし、次回のゲーム開催まで2年以上待つか? この惑星の1年は822日だぞ。 その時には、もっと進化している筈だ」
「確かに、そうだな。 まあ、いつも通り、当たって砕けろで行くか!」
「致し方ないですね。 ノブオのご意見の通り、時間が経つほど難易度が上がるでしょう」
 3人は顔を見合わせ、頷きあった。

「改めて確認しますが、今回のミッションは飽くまで“物体の調査”です。 少なくとも盗むと言う事ではありませんので、お間違いの無い様に。 また、既にご承知でしょうが、他文明への積極的な接触は連盟憲章で厳しく制限されています。 即ち、彼等に見られてはいけません」
「ローム、分かっているよ!」 アキラは、ロームに説教されているかの様に神妙に話を聞いていた。 「よ~し、実行に移そう。 現地アタックは、俺とローム。 親父は探査船から俺達に指示を呉れ」
「何を言う、アキラ。 私も行くぞ」
「親父、現場仕事は、若いやつの仕事だ」
「何を言っているんだ、私だって、実質的にはお前と10歳程度しか年上じゃないぞ」
「ノブオ、貴方は調査局のレジェンド。 もっとも優秀な方が指示する立場になるのが当然です。 探査船からの指示をお願いします」 ロームが上手くノブオを煽て始めた。
「そ、そうか? よし、アキラ、ローム。 私が探査船で状況を把握し、お前達に指示を出す。 しっかり頼むぞ」
「OK!」 アキラが右手の親指を立てた。
「了解です」 ロームも、慌ててアキラに倣った。

特攻 神殿探索

「アキラ、ローム、準備は良いか?」
 探査船の転送ルームに、携帯用の調査機材と光学迷彩スーツに身を固めた二人が待機していた。
「OK、親父。 いつでも送って呉れ」
「いいか、着陸ポイントは神殿の地下トンネル入り口から50mの位置だ。 目立たない様に行動しろよ」
「分かっているよ。 さあ、やってくれ」
「転送開始!」 ノブオがコントロール装置を操作すると、瞬時に二人が地上に転送された。

 アキラとロームの眼前に神殿が現れた。
「思ったよりも立派だな!」 アキラの声が響いた。
「アキラ、スピーカーは使わずに、通信のみを使いましょう。 彼等に聞かれていたら厄介です」
 アキラは、口元のスピーカーボタンをOFFにした。 「そうだったな。 良し行こう!」

 神殿に向かって、小走りに移動を始めた。
「確かに、人っ子一人居ないな」
「ノブオの情報が正しかった・・・と言う事ですね。 スタジアムから大きな歓声が聞こえますので、既にゲームが始まっているのでしょう」
「その通りだ」 ノブオの声が届いた。 「ゲームは先程始まった。 前回の経験では、ゲームは精々2時間だ。 急げよ」
「了解」 アキラが駆け出すと、付いて来ている筈のロームが遅れていた。

「ローム! ローム!」
「は、はい。 直ぐに参ります」 ロームの反応が鈍い。 しかも、二三歩進んだところで、座る様に膝を付いて止まってしまった。 駆け寄るアキラ。

「ローム! 大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。 また、体が発熱している様です。 しかし、大丈夫です」
「ああ、ここまで来たら引き返せない。 行くぞ」

 神殿の地下への入り口に到着した。 照明設備が設置されている様だが、今は照明が落とされていた。 アキラは、小型のドローンを起動し、先導させた。
 ドローンの照明で前方と足元を確かめつつ、先へと進む。
「アキラ、お前達の位置はこちらでも把握している。 次の突き当りを右に曲がれ。 20m程進めば、更に地下に降りるスロープが有る」
「了解。 今のところ、作戦通り、彼等との接触は避けられている。 しかし、彼等が重要と考えている物体に、何の監視も置かないとは・・・ちょっと信じられないが」

 スロープを降り切ったところで、やはり障害が確認できた。 大きな扉で塞がれていた。
「アキラ、物は目の前だ」
「親父! 大きな扉に鍵が掛けられている。 金属製だから、一部を焼き切るのは簡単だが、流石にまずいよな」
「そりゃそうだ! ローム、鍵を開けられないか」
「ええ、既に作業中です。 比較的簡単な構造ですが、少し時間が掛かります」
「よし、急げ! うん・・・アキラ、まずい。 2人程、そちらに向かって移動している様だ。 近くに隠れるスペースは無いか?」
「え、ああ、残念ながら隠れるところは無いな。 光学迷彩スーツの機能に託すしかないな。 ローム、作業中止だ」
「は・・・はい」 アキラが扉の隅の暗がりに移動すると、ロームもよろよろと移動してきた。
 しかし、アキラの目の前で、突然崩れる様に倒れ込んでしまった。
「ローム!」 アキラがロームを抱きかかえると、丁度、監視と思われる2名がスロープを降りて来た。

 ヒューマノイド系と爬虫類系、正に原始人と直立するワニに見える。
「驚いたな、ゲームで争っているとは言っても、二つの種族の関係は良好なんだな」
「ああ、そうだ」 ノブオの声だ。 「彼等は、基本的に温厚で平和的。 だからこそ、争いもルールの有るゲームで行われている。 それより、ロームの様子はどうだ?」
「反応が無い。 バイタルメーターは、体温と鼓動の上昇を示している。 気を失ったのかも知れない」

 その時、ロームの腕が垂れ下がり、地面に触れた為に、微かな音が発生してしまった。
 爬虫類系の方が反応した。
「まずいな・・・TERAの爬虫類と同じ様な能力なら、目には見えなくても温度変化を感じるかも知れない」
 更に近付いてくる。 一緒のヒューマノイド系も近付いて来た。 TERAに昔生存していた原始人って感じに見える。 力づくなら、とても勝てる気がしない。
「親父・・・パラライザーの使用を準備する」 アキラは、護身用のパラライザーを構えた。

「待て! アキラ」
 その時、神殿の外で大きな音がした。
 監視の二人は、外の音に気付き、ゆっくりした足取りで外に向かった。
 スロープを登り、姿が見えなくなった。

「た・・・助かった」
「アキラ、大丈夫か? ロームは!」
「ああ、そうだ! ローム! ローム!」
「ああ・・・アキラ。 申し訳ありません。 気を失ってしまいました」
「ローム、計画は中止だ。 船に戻ろう」
「いいえ、これが最後のチャンスかも知れません。 大丈夫です、作業に戻ります。 先程の監視は、何故、居なくなったのですか?」
「ああ、何故か外で大きな音がした。 恐らく、それを確認に行って呉れたよ」
「アキラ・・・何故かじゃ無いぞ!」
「親父」
「探査船から音声爆弾を転送してやった。 証拠は何も残らないさ。 アキラ、急がないと奴らが戻って来るぞ。 それにゲームは、もう中盤だ」

 ロームが扉の開錠に成功した。
 大きな扉を押し開くと、鈍くブルーに輝く物体が台座の上に置かれているのが見えた。
 扉をゆっくりと閉め、二人は物体に近付いた。
「小さいな。 スキャンデータの感じだと、数メートルは有るのかと思ったが・・・こりゃ、掌にスッポリ収まる程度の大きさだ。 惑星EDENの物とそっくりだ!」
「そうですね・・・ですが、見学している時間はありません。 可能な限りのデータを取りましょう」
「アキラ! どうやら、お前達の音声通信が正常に伝わっていると言う事は、その物体には時間遅れの機能は無いのかも知れないな。 しかし、ならば、何故スキャンデータがぼやけたのだ?」
「ああ、流石に俺にも分からないが・・・物体の表面に文字の様なものが見える。 明らかに人工物だ。 台座は・・・恐らく、この物体の発見後に地面を加工したものだろう。 物体に接触している部分の表面は溶けてから凝固した様な状態だ。 詰まり、この物体は、恐らく隕石として落下し、ここで静止し、この場所から動かしていない様だ」
「恐らく、アキラの推測通りだろう。 動かしていないのではなく、恐らく動かせなかったのではないだろうか」
「こんな小さなものが?」

「ローム・・・少し触っても良いか?」
 ロームの返事が無い。
「ローム? ローム!」 台座の反対側でデータを取っていた筈のロームが倒れている。
「親父、大変だ! また、ロームが意識を失っている」
「アキラ! 時間切れだ。 また、先程の二人が地下に向かっている。 装置を回収して、ロームと共に、直ぐに外に出ろ」
「了解! ローム! ローム!」
 刺激を与えても、ロームの意識が戻らない。

 アキラは、仕方なく機材を回収し、身に着け始めた。
 その時、再び青く光る物体が目に入った。 謎の物体は、今も鈍く青い光を放っている。

 吸い込まれるような、青い光にアキラは魅入られていた。
 アキラは誘惑に勝てなかった。 思わず、物体に指を近づけた。 指が物体に触れた瞬間。
 アキラの脳に様々なイメージが流れ込んだ。 原始、生物の発生、進化、恒星の爆発・消滅、ブラックホールに吸い込まれる星々、生物同士の争い、巨大な爆発、孤独、天変地異と逃げ惑う生物たち、ロケットの発進、宇宙ステーション・・・凄まじい勢いで、脳裏でイメージが飛び交った。

 体感的には数時間も物体に触れていた様に感じたが、指は条件反射的に物体から離れていた。 アキラの呼吸は大きく乱れていた。
 何故か、物体の青い輝きが失われていた。

「ラ・・・キラ・・・アキラ!」 ノブオの声が響いた。
「あ、ああ、親父」
「アキラ急げ! ボウっとするな! 彼等が来るぞ」 既に扉の外に居る様だった。
 アキラは、急いでロームを担ぎ上げると、扉の横に身を潜めた。

 アキラは、まだ先程の衝撃で、頭がクラクラしていたが、何とか我を取り戻していた。
 扉が開き、二人が入って来た。
 扉の鍵が開いている事を不審に思っている様だった。 慎重に周りを伺っていた。
 物体の前まで来た二人は跪き、物体に敬意を表している様に見えたが、物体の輝きが失われている事に狼狽えている様だった。

 アキラは、彼等が物体に注意が向いている隙に、何とか扉の外に出る事に成功した。
 急いでスロープを登り、神殿の外に出た。
 先程の上陸地点を目指す。
 その時、スタジアムから大きな歓声が聞こえて来た。 ゲームが終わったのだ。
 どちらが勝利したのかは分からない。 しかし、神殿の最上部に設置された巨大な鐘が鳴り響いていた。 どちらかの勝利を祝うのか? 神殿の管理者が決まった事の告知か? アキラは、自分達に向けて鐘が鳴らされているかの様な錯覚を起こしていた。
「誰が為に鐘は鳴る・・・」 アキラは不意に我に返り。 「親父! 転送して呉れ!」

 アキラとロームは、探査船の転送室に戻っていた。
 ノブオがロームのスーツを脱がしながら、ロームの頬を叩き、意識の回復を促していた。
「ローム! ローム!」
「親父・・・」 アキラも意識が朦朧としていた。 先程の物体からの衝撃で、未だに脳内でフラッシュが繰り返されている様に感じていた。
「親父・・・急いで・・・急いでTONAに戻れないか?」
「TONAへ? 1週間は掛かるぞ。 ロームの発熱は尋常じゃないし、意識も戻らない。 今は、TERAを目指そう。 3日で着くし、メディカル設備もTONAとは変わらない。 マリアにお願いして、TONA人のドクターとコンタクトを取って貰う」
「わ、分かった・・・兎に角、兎に角急いで呉れ」
「勿論だ。 私に任せて、お前も少し休め。 顔が真っ青だぞ」

辛くも惑星NEDAの神殿を脱出したアキラとローム。 しかし、ロームの意識は戻らない。 急げ! TERAへ。
                              第6話 最終章へ続く

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