巨石遺構

 水中探査機を近づけると、意外に大きい。
「大きいですね。 しかも、意図的に岩を重ね合わせた様に見えます」
「ああ、しかもこの岩、切り出したようにエッジが鋭角だな。 TERAにも巨石文明と言われる遺跡が存在するが・・・見た目はこんな感じだ。 もしかしたら、アダムもこれを見たのかも知れないな」
「ええ、この目の前の岩が自然の造形なのか、生物による人工の造形なのか、現時点では分かりませんが、アダムも同じ物を見た可能性には同意します。 人は、目に入って来る情報を、自分の希望や想像も織り交ぜて、それぞれの解釈で見てしまいます・・・私にも、この大きな石が自然に折り重なったとは見えません」

「ローム、ドローンを出して、この周辺をスキャンして呉れないか。 同じ様なものが複数あれば、可能性が更に高まる」
「分かりました。 4基を射出します。 データ取得には30分程度が必要ですので、一旦海底に降りて休憩にしましょう」
「OK。 着底する」

 水中探査機を海底に降ろし、ドローンのデータ収集を待つ。
「綺麗だな。 恒星の光が水中に差し込んで・・・とても異星の海だとは思えない」
「あっ、アキラ。 ほら」
 水中探査機の窓越しに、小さな魚が覗き込んできた。
「確かに、ヒレが多いな。 しかし、それぞれのヒレを器用に動かして、まるでホバリングしているみたいだな」
「この魚は、草食の様ですね。 歯が有りません」
「本当だな。 結構、愛嬌ある顔しているな。 あっ!」

 2人の目の前で、その小魚を捕食するものが、凄いスピードで咥え込み、あっと言う間に去って行った。
「驚いたな、水中なのに凄いスピードだったな」
「ええ・・・でも、何とかスキャン出来ました」
「えっ! マジかよ。 良く撮れたな!?」

 目の前に3D画像が現れた。
「これが、先程の捕食者です。 サイズは原寸です。 体長15cm程度ですね」
「おい、こいつは鱗が無いな。 頭の上に、噴気孔が有る。 こいつは、陸生生物だったものが海中生活に適応したんだ。 クジラやイルカの様に」
「この歯を見て下さい。 齧歯類の様です。 つまり、TERAのネズミの様な生物が、イルカの様に海中生活に適応したと言う事になりますね」
「驚いたな。 TERAには、こんな小さな種は居ない。 他の魚類と同じ様な生態領域で、良く生き残ってきたな」
「恐らく、雑食なのではないでしょうか? 或いは、繁殖力が強いか・・・」
「そうかも知れない。 それにしても・・・ローム、この手を見て呉れ。 いや、手では無いのかも知れないが、少なくとも泳ぎに効果が有るとは思えないが、胸ビレの前に手の様な触手がある。 捕食には役立つのかも知れないな」
「ええ、先程も観察した様に、この惑星の魚類は多くのヒレを持っています。 陸生生物も4本以上の手足を持つ可能性を先程提示しましたが、早速、生体で確認出来ましたね」

 丁度、スキャン完了のアラームが鳴った。
「おっ、終わったな。 見てみよう」
 2人の目の前に、半径10km程度の海底画像が現れた。
「先程の巨石遺跡らしいものが、これですね」
「ああ、残念ながら、この半径10km圏内には同じ様なものは無いな。 やはり、自然が作り上げた偶然だったのかな」
「地震か何かで、この山の一部が崩落して、偶然に出来たものだったかも知れませんね」

「あれっ、これは?」
 アキラが画像の一部を拡大すると、海底に横たわる棒状の物体が見える。
「ローム、ちょっと俺が気にし過ぎているだけかも知れないが、これを確認に行こう」
「構いませんよ。 TERA人の・・・アキラのその様な気質が、新たな発見に結び付くのだと思います。 疑問にも思わなければ、それは無かったのと同じことです」
「良い事言って呉れるね。 さあ、300m程移動しよう」

 水中探査機は海底を離れ、300m移動した。 先程より水深は浅く、海面に近付いていた。
「ローム、この辺だな。 海藻が多くて、良く海底が見えないな」
「アームを使いましょう」
 水中探査機の先端から、2本のアームが伸び、大きな昆布の様な海藻をかき分けて周辺を探索した。
「あっ、アキラ。 あれでは?」
「ああ、これだ。 間違いない。 これは木と石を使った斧だ。 恐らく、造られた時は、紐の様なもので石が木に縛り付けられていた筈だ。 紐は当の昔に分解してしまったんだろう。 木の柄の部分も、恐らく触ればボロボロになるだろう。 ローム、残念だが写真で我慢しよう。 撮って呉れ」
「了解です。 しかし、これでこの惑星には、過去に石器文化レベルの陸生生物が居た可能性が飛躍的に高まりました。 しかし不思議です。 アダムとて、仮にこれを発見していたとしても、これをもって“知的文明の可能性”とは言わなかったと思います。 数千万年前には居たかも知れないが、今は絶滅している・・・普通はこう見ると思うのですが」
「確かにな。 俺達が何か見落としているか、彼が別の物を見たか・・・そう言えば“個体を見た”と言う報告だったよな」
「ええ、確かそうでした。 一個体を見て、知的文明の可能性を感じたが、N数が足りない・・・と言ったレポートでした」
「って事は、彼が見た個体ってのを探さないと始まらないな。 しかし、この広い惑星で一個体って言ってもなぁ」
「困ったな」
「困りましたね」

「手詰まりだな」
「いいえ、調査ポイントはもう一つ有りますよ」
「そう言やあ、そうだったな。 しかし、生物の生活環境としては明らかにこちらの方が良い。 あっちは可能性が低い」
「確かにそうですが・・・アダムは5日間調査したのです。 私達はまだ2日目ですよ!」
「ハハハッ。 ローム、珍しく興奮しているな。 分かった、もう少し頑張ろう」
「失礼しました。 僅かに興奮しすぎてしまいました」 ロームの顔が少し赤みを帯びている様に見えた。

 その時、水中探査機の頭上を大きな魚影が通り過ぎていった。
「デカいな! さっきのクジラみたいな奴か?」
「先程のより一回り大きい様です。 体長は12m程度です。 この大陸跡から外洋に出る方向に移動していますね」
「もしかしたら、プランクトンの捕食行動が見られるかも知れない。 追ってみよう」
「了解です」

 大陸の端、水深が急に大きくなってきた。
「大洋に出ましたね」
「ああ、しかし、あの種は単独行動する生態なのかな? TERAのクジラは、基本的に集団行動で捕食する筈だけどな」

「もしかして・・・」 ロームが呟いた瞬間、ソナーが反応した。 「アキラ、後方から近づく者があります。 結構速く移動しています。 距離は2,000m」
「おっと、うっかりしていた。 ステルスモードにしておく。 これで、通常の視覚と超音波では見えない筈だ」
「アキラ、距離1,500m。 物凄く早い。 それに大きい!」
「ええっ、本当だな。 マジかよ。 こりゃ、水中探査機並みのスピードだ。 しかも、で、でかい」
「アキラ! 回避しましょう。 水深300mを泳いでいます。 500mまで潜りましょう」
「分かった!」

 真っ暗な海に沈んでいく。
「距離500m! 水深は維持。 距離200m。 距離100m!」
「ローム! 揺れに備えろ!」
 水中探査機の頭上を巨大生物が通り過ぎ、水中探査機は大きく揺さぶられた。
「ローム、見ろ! あの大きな魚が」
 巨大生物は、全長12mの魚を一口で飲み込むと、そのまま通り過ぎて行った。
「何て大きさだ! しかも、あの巨大な魚を一飲みだった!」
「あいたた。 肩を打ってしまいました」
「大丈夫か?」
「ええ、大した事は有りません。 しかし、下手をしたら、こちらも飲み込まれていたかも知れませんね」
「ああ、ステルスモードで気付かれなかっただけかも知れないな」
「ラッキーだったかも知れませんね。 ああ、一応、スキャンしておきましたが、ご覧になりますか?」
「流石・・・あの状況で、恐れ入りました。 見せて貰うよ」

 巨大生物の3D画像が表示された。
「骨格は、あの巨大魚と比べるとシンプルですね」
「ローム、こりゃ、陸生生物が海棲に適応したって事じゃ無いのか?」
「あの巨大生物は、クジラの様なものと言う事ですか?」
「ああ、だけど食生活を見た限りじゃ、シャチって感じだったな。 シャチは肉食なんだ。 ただ、クジラよりは小さい。 こっちのシャチは、クジラよりデカい!」
「全長は約30m。 流線型の体型は、早く泳ぐ為に進化したのでしょうね。 ヒレは・・・胸ビレが1対に尾ヒレと背ビレ、TERAのクジラと同じ様に見えますね。 収斂進化と言う事でしょうか?」
「う~む。 専門家じゃ無いし、良く分からないが・・・ローム、これを見てみろ。 ほら、口の近く」
「あっ、ヒレ・・・と言うよりは腕の様に見えますね」
「ああ、恐らくは捕食する時に補助的に機能する様な、触手の様な使い方をするのだとは思うけどね。 ちゃんと、魚時代からの遺産を活用していた様だな。 骨格を見る限り、TERAのシャチやイルカの様だし、ここ、頭に噴気孔もある。 陸上生物だったものが、海洋生物に進化しただろう事は、間違いなさそうだな。 さっきのネズミと言い・・・驚きだよ」
「そうですね、これで仮説が立証されましたね」
「ああ、君の仮説通り、過去に存在した大陸の陸上生物が海洋進出したのは、ほぼ間違いない。 だが、あの巨大生物に知性が存在する様には見えなかったがな」
「確かに。 アキラ、大陸跡に戻りましょう。 また、先程の様な巨大生物に襲われたくは有りませんので、ソナーの範囲を拡大しておきます」
「そうしよう。 それじゃ、進むぜ」

発見

「アキラ、旧大陸の外縁部2,000mの位置です」
「さっきの大陸が、まるで山の様に見えるな。 ほら、山肌に沿って白い砂浜状の地形が見える。 かなり下まで続いてる。 徐々に海岸線が上がったって事だろうな」
「恐らくそうでしょう。 詳しく調べれば、サンゴの様な生物が海面に向かって伸びている様なものも見られるかも知れません」
「環礁だな。 TERAでも見られるが・・・この惑星にサンゴが有ればな」

「ローム、あれを見ろ! 水深150m程度の所に洞窟が見える」
「ええ、入り口は大きいですね。 この水中探査機でも入れそうですね。 念の為、ドローンで先に内部を確認します。 巨大生物の巣だったらいやですから」

 探査船の後尾から、2基のドローンが発射され、洞窟内に侵入した。
 スキャン結果が、リアルタイムに3D表示される。
「中は、思ったより広いな。 巨大生物ってのも居なさそうだ。 おい、これは、階段みたいに見えるな」
「本当ですね。 この洞窟が地上に有った頃、仮に陸上に知的生物が居れば、住居などに利用された可能性は高いです。 入ってみましょう」
「OK、慎重に、ゆっくりと行こう」

 洞窟に入り、探査船の全面の照明を点灯した。
「広いな。 まるで教会の様だ。 ほら、あそこ。 見るからに階段だ」
 洞窟奥、中段位まで登る階段が見える。
「もし、これが人工的に造られた階段なら、彼等は俺達より少し体が大きかった様だな。 驚いたな、階段の一番上、目の前は祭壇みたいに見える。 偶然とは思えないな」

「アキラ、何か金属反応が見られます。 まさかとは思いますが、金属器でしょうか? そこの階段の1段目の右横です」
 水中探査機をゆっくり動かし、金属反応の物体にロボットアームを伸ばした。
「これは、アンテナじゃないか!? この水中探査機の通信用アンテナの先端とそっくりだ!」
「アキラ、間違い無いですね。 と言う事は、アダムもこの洞窟に入ったと言う事になりますね」
「この周辺には、これ以外の金属反応は有りません。 仮に文明が有ったとしても、金属器を使うまでには至っていなかった様ですね」

 アキラは、キョロキョロと洞窟内を注視していたが、突然驚いた様に壁面に視線を止めた。
「ローム・・・見ろ!」 水中探査船を近づけた。
「ええ、間違い無いですね」
 洞窟の壁面に、原始的な絵画が描かれていた。 恐らくは狩猟や酪農を模写したものだろう。 躍動感の有る、素朴な絵が描かれている。 手形と思われるものも有った。
「間違い無く、この惑星に知的生命は存在した。 アダムもこれを見た訳だ!」
「そうでしょうね。 しかし、彼のレポートには“知的生命と思われる個体”とありました。 この絵を描いた人々の子孫が存在すると言う事なのでしょうか?」
「その可能性は高いが・・・陸上から海中へと生活圏を追われ、知性を維持出来ているとは思えないがな・・・ローム、どうした?」

 ロームが先程の祭壇みたいな場所を注視している。
「あそこ」 ロームが祭壇付近を指差した。
「あっ、何か居る」
「ええ、祭壇の後ろに身を屈めて、こちらを伺っています」
「良し、もう一度近付いてみよう」

 探査船の向きを変えたその刹那、祭壇の後ろに隠れていた者が素早く飛び出した。
「あつ! 逃げた! 早い!」 アキラが探査船の向きを洞窟の入り口方向に変えようとした時には、逃げた者は入り口付近に到達していた。
「逃げられる!」 アキラが探査船を加速し始めた時、ロームが素早くコントロール装置を操作した。 探査船の船尾から何かが飛び出し、逃げた者を追い始めた。
「アキラ、もう大丈夫です。 追跡装置を発射しました。 これは、アダムの時代には無かった機能です。 TERA人は発明家ですよね、この装置は100年程前にTERA人のアイデアで開発された調査装置です。 恐らく、この装置の追跡からは逃れられません」
「流石、ローム。 いつもながら手際が良いな。 しかし、彼奴は俺達がこの洞窟に入る前からここに居たはずだ。 俺達が入って約20分。 もし、肺呼吸だったら、限界だったんじゃないか?」
「恐らくそうでしょう。 仕方なく、飛び出したと見るべきでしょう。 溺れたくはなかったでしょうからね」
「しかし、ちらっとしか見えなかったが、イルカみたいな奴だったな。 泳ぎも無茶苦茶素早かった」
「そうですね。 この世界で捕食から逃れるためには、大きくなるか、素早くなるか、が基本でしょうから」
「それにしても、俺達の事を観察している様だった。 こっちはステルスモードだったって言うのに、水中探査船の存在に気付いていた。 もしかしたら、アダムが遭遇したのは、彼奴の祖先だったかも知れないな」
「可能性は大いに有ります。 因みに、スキャンデータも撮りましたが、ご覧になりますか?」
「ローム、恐れ入ったよ。 君は抜け目ないよ」

 先程の生物の3D画像が描かれた。
「見た目は、ほとんどイルカだ。 この骨格から見ると、やはり脳容積は大きそうだ! しかも、おい、例の手の様な触手が、正に手になっている。 しかも、槍みたいなものを握っているぞ!」
「驚きですね。 これ迄の種は、捕食の補助機能程度の触手に見えましたが、この種は明らかに手の様に使っていますね」
「そう言えば・・・」

 水中探査機を移動させ、先程の壁画を改めて確認する。
「ほら、見ろ。 この壁画、良く見ると手が4本描かれている様に見える。 恐らく、数千万年前、陸上は彼等が支配していたんだろう。 狩猟生活だったんだろうな。 しかも、この神殿の様に、何等かの宗教も持っていたんだろう」
「その彼等も、海面水位の上昇で生活圏を追われ、仕方なく水中生活に適応せざるを得なかった。 しかし、既に獲得していた第2の手とも言える触手を今でも活用出来る体にした上で水中生活に適応した」
「アダムが目撃した個体は、恐らく間違い無く彼等の祖先だ。 彼を見れば、アダムで無くとも、知的文明の可能性を感じる」
「そうですね。 それでは、そろそろ追跡を開始しましょう。 追跡装置の軌跡に沿って移動してみましょう」
「了解!」

遂に海棲知的生命体と思われる個体を発見した2人。 追跡を開始する。
                              第3章へ続く

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