追跡

 水中探査機で、追跡装置の軌跡を追う。
「やはり肺呼吸ですね。 20~30分に一度浮上しながら、かなり高速で移動しています」
「しかし、さっきの巨大な肉食クジラが居る海域だ、彼にとっては移動も命懸けだな」
「そうですね。 ところで、先程の洞窟では、水中探査機はステルスモードでした。 何故、彼には我々が見えていたのでしょうか?」
「まあ、照明を使っていたからな。 モヤモヤした光る物体に見えただろう。 俺には彼が“俺達を見ていた”様に見えたが、もしかしたら感じていたのかも知れない。 光以外にも、水の動きとか・・・匂いとか」
「確かにそうですね。 だとすると、彼にとっては、見えないけど光る異様な物体として感じていたのかも知れませんね」

「これは推定だが、アダムの水中探査船が彼等に遭遇した時、もしかしたら彼等と接触してしまったのかも知れないな。 存在は感じられても、全体は見えてはいなかった。 だから偶然接触し、アンテナの一部が折れ、俺達にとってアダムが来た事の決定的な証拠になった。 こんな感じだったんじゃないか?」
「アキラは、まるでその場に居た様に想像する事が出来るのですね。 私は、それこそがTERA人の最大の特長だと思います。 想像し、思いを巡らす・・・まだ見ぬ未知や、過ぎ去った過去も」
「そう言われると・・・そうかも知れない。 ローム、君はどうなんだ? 想像したり、夢を見たりするだろう」

 ロームは一瞬目を伏せ、遠くを見つめる様な目で呟いた。
「子供の頃から・・・生粋のTONA人との違いに葛藤していました。 もしかすると、調査局での勤務を希望した理由も、そんなところが影響していたのかも知れません。 ただ、調査局員としての私は、事実と観察結果を分析するプロとして、客観的な事実に基づく仮説と検証を心掛けています」
「ああ、そうだな。 そこがロームの優れているところだ。 さて、追跡装置の航路を表示して呉れないか」
「分かりました」

 2人の目の前に3D画像が表示された。
「こりゃ・・・南極に向かっている様に見えるな」
「そうですね。 少し、意外です。 南極周辺は、死の世界だと思うのですが・・・」
「兎に角、君が示したもう一つの調査ポイントなんだ。 これが無くたって行っていたさ」
「まあ、そうですが。 いったい何故、この肥沃な海から環境の悪い南極へ」
「行ってみれば分かる事さ!」
「はい、そうですね」

 旧大陸から500km程南下すると、環境が変化し始めた。
「旧大陸周辺の様には海藻も見えませんし、生態系もかなり変化している様ですね」
「ああ、恐らくこの周辺まで来ると、プランクトンを土台とする、弱肉強食の生態系が主体だと思う」

 その時、ソナーが大型生物の接近を知らせた。
「左右から移動して来る。 こちらに気付いている感じじゃないな。 取り敢えず、停止しよう」
 アキラが水中探査機を停止させ、やり過ごす作戦を選んだ。
「右側からは水深200m、かなり大きいですね。 体長は20~30m程度。 左側は水深300mから浮上しながら・・・これは、1個体では無いですね。 複数です」
「流石に有視界では暗すぎる。 スキャナーでリアルタイムに表示して呉れ」
「了解です」

 2人の眼前に3D画像が描かれた。
「アキラ、右側の個体は、先程のクジラの様な肉食生物と同種の様です。 下から上がって来ているのは・・・まるでイカかタコの様ですね。 複数の触手を使って、高速で移動しています」
「ローム、こりゃ、イカかタコの軍団が肉食クジラを狙っているんじゃないか?」
「その様ですね。 しかし、だとすると相当な距離から獲物を捕捉していた事になりますね。 この船のソナーで双方を感知する以前から・・・」
「恐らく、この豊かとは言えない環境で生き抜く為に、何等かのセンサーを発達させたんだろう。 生物調査は俺達の本業じゃ無いが、興味が湧くな」
「アキラ、あと20秒程度で両者遭遇です。 あっ、肉食クジラが気付いた様です。 反転しています」
「しかし、イカ軍団は早い!」

 イカと言うには、胴体が異常に小さかった。 ヒトデの様に小さな胴体から複数の触手が伸びている様な形態だ。
「あっ! クジラに絡みついた。 クジラが、イカを一匹咥え込んだ! いや、何てこった! 一斉にまとわり付いて・・・クジラが身動き出来ない」
「沈んでいきます! これでは、肺呼吸のクジラは窒息死してしまう」
「それが狙いなんだ。 恐らく、1対1では勝てなくても、多対1で戦う戦略だ」
「正に弱肉強食ですね。 既に水深1,000mまで降下しています。 もう、助からないですね」
「これが、この環境の生態系を支えているんだ。 恐らく、あのクジラはイカ共の餌になるだろうが、海底まで沈んだら、その後は死肉食のハイエナ軍団の餌になるだろう。 残った僅かな肉や骨がバクテリアやプランクトンの餌になる」

「食物連鎖ですね」
「ああ、そうやって生態系を支え、子孫を残して行ってるんだ」
「しかし、この恐ろしい海域を、あの知性イルカは通って行ったのですね」
「そうなるな。 スピードでかわしたのか? 或いは、何等かの攪乱の手立てが有るのか?」
「ますます興味が湧きますね。 あっ、追跡装置の信号が消えています!」

「ローム、故障じゃ無いのか?」
「その可能性は低いですね。 ご覧下さい、追跡中にモニターしていた水深・海水温度はいずれも変動していません。 環境変化が無い状況で、突然通信が途絶えたとなると・・・破壊された可能性が最も高い」
「破壊!? イルカの奴が追跡に気付いていたって事か?」
「恐らくは。 しかも、この記録では対象のイルカとの距離は一定でした。 即ち・・・仲間が破壊した可能性が有ります」
「驚いたな。 いや、知性が有るなら・・・大いに有り得るな。 ローム、兎に角、信号の消失ポイントまで急ごう」

新たな発見

「この辺りですね」
「了解! この辺は、昔は山だったのかな。 岩場が多い」
「その様ですね。 ここから50km程南極に近付くと、南極を取り巻く環流になっています。 この辺りでも既に溶存酸素がかなり低下しています。 還流の中は、更に低いでしょう」
「水棲生物には過酷な環境だな」
「ええ、酸素量が低いですから、恐らく鰓呼吸の生物には生存に適さないでしょう。 熱水噴出孔等が有れば、嫌気性のバクテリアをベースにした生態系が存在するかも知れませんね」
「ああ、目に見える範囲は・・・正に死の世界の様だがな。 僅かな藻類と、小型の節足動物の様な生物が僅かに生息している様だ。 ローム、金属探知を頼む」
「既に行っています。 ああ、アキラ、ここに反応が。 2時の方向、200m、水深250m」
「分かった」

 水中探査機を金属反応に近付ける。 山肌の崖の途中に引っ掛かっていた。
「有った! あれだ」 ロボットアームで拾い上げ、目視で確認する。
「やはり、破壊されていますね」
「ああ、この地形から見ると、イルカの野郎がこの山の崖に沿って急カーブ。 待機していた別の奴が追跡装置の曲がり鼻を叩いた感じだな」
「とすると、明らかに情報伝達の手段を持っている事になりますね」
「知性が有るとすれば・・・当然では有るがな。 しかし、彼奴は眠らないのか? もう丸1日は動きっぱなしだ」
「肺呼吸の海棲生物ですから・・・恐らく片脳ずつ寝ているのでしょう。 どちらにせよ数十分毎の呼吸が必要ですから、我々の睡眠システムとは自ずと異なります」

「そうだな。 しかし、俺達は俺達の睡眠システムで、もう限界だ。 探査機まで戻って休んでも良いが、どうする?」
「出来れば、この場所でモニターを続けたいですね。 アキラ、もし良ければ、この付近で着底して休息にしましょう。 少し狭いですが、睡眠には十分です」
「OK、それじゃ後ろのテーブルで食事にしようぜ。 無茶苦茶、腹が減ったよ」
「はい」

 水中探査機はそれ程大きくは無いが、10日程度の連続稼働が可能な装備が施されている。
 簡易なシャワーとトイレもあり、流石にベッドは無いが、シートをリクライニングすれば十分に睡眠が可能だ。

 二人は、操縦席後方の打ち合わせテーブルを囲み、食事をしていた。
「しかし、俺達ヒューマノイドもそうだが、海棲生物も大概どの惑星でも同じ様な形態になるもんだな」 アキラは、サンドイッチを頬張りながら、コーヒーで流し込んでいた。
「そうですね。 収斂進化と言うのでしょうが、与えられた環境が同等なら、生物はその生態的な位置により、概ね同じ様な形質を獲得する。 進化の妙と言う事ですね」

「それにしても、あのイルカは何故こんな痩せこけた海を目指したのかな?」
「そうですね。 ただ、調査開始時にも申し上げましたが、他の生物が生存できない環境で、生き抜く能力を身に着ける事で生き延びて来た生物も沢山居ます。 少なくとも、肺呼吸で有れば溶存酸素の多少は余り問題にはなりませんよね」
「ああ、確かにそうだが・・・そう言えば、豊かな環境よりも、厳しい環境の方が知性が発達するんだろうな。 生きていくだけで知恵が必要だからね」
「仰る通りだと思います。 明日の調査が楽しみですが・・・食事も終わりましたし、睡眠に入りましょうか。 8時間後の行動開始と言う事で良いですか?」
「ああ、構わないよ。 それじゃ寝るとするか」

 二人は操縦席に戻り、座席をリクライニングして寝る事にした。
 アキラは、横に成るなり、一瞬で寝息を立てていた。
 ロームは、アキラの睡眠を確認すると、目を閉じた。

 アキラは、不意に目が覚めた。
 横を向くと、ロームが眠っていた。
 アキラがロームと組む様になってから既に数か月、何度も調査活動を一緒に行ったが、ロームの寝顔を見るのは初めてだった。
「本当にお袋に似てやがる」 アキラはロームの寝顔をしげしげと覗き込み、呟いた。

 次にアキラが目を覚ますと、既にロームは作業に入っていた。
「ああ、お早う、ローム」
「お早うございます。 コーヒーを入れています。 如何ですか?」
「ああ、ありがとう。 有難く頂くよ」

「何か分かったか?」
「例のイルカについては、現時点で新たな情報はありません。 これから、昨夜の状況を確認するところです。 3Dモニターで早送りで再生します」

 2人の目の前に、この水中探査機を中心とした半径1,000m程度の8時間前の様子が描かれた。
 早送りで再生を開始した。

「あ、ここ。 止めます。 少し巻き戻します。 一瞬ですので、良く見て下さい」
「あっ、一瞬だがヒレが写った。 尾ビレの様なものも!」
「そうですね。 残念ながら、スキャン範囲スレスレでしたので全貌は記録されていませんが・・・鱗が有る様に見えますので、恐らく魚類です。 しかも、体長は昨日の肉食クジラより更に大きい。 このヒレの大きさから推定すると、体長は凡そ50m」
「で、でかいな」
「魚類には、寿命の続く限り大きくなり続ける種も居ます。 その種の個体なのかも知れませんが。 再生を続けますね」

 再度、早送りでの再生を開始した。 しばし、動きが見られなかったが。
「止めます。 少し前から再生します。 ほら、四方をご覧下さい」
「小型の奴が四方から近付いて来る。 間違いない、あのイルカの仲間だ。 あ、止まった。 用心深いな。 あれ、正面のは1頭じゃなく3頭だ」
「私達を観察していたのだと思います」
「まさか。 ステルスモードだった筈だ・・・奴らには、この水中探査機が見えているのか?」
「アキラが言っていた様に、匂いなのかも知れません。 少なくとも、この時は水中探査機は停止していましたので、水の動きや発光などでは無いと思われます。 紫外線か赤外線も可能性が有りますが、陸上生活をしていた生物ですので、可視光以外が生存に有利だったとは考えにくいですね」
「匂いか・・・何か対策は無いかな」
「この機体自体の匂いと言う事でしょうから、現状では対策は思いつきません。 一度、探査船に戻れば、表面加工は可能だと思いますが・・・どうすれば良いかの具体案はありません」
「ああ、まあ良いよ。 見られて困るってものでも無いしな」
「続きを再生しましょうか?」
「頼む」

 水中探査機を囲む様に6頭が徐々に探査機に近付いて来た。 300m程迄近付いた時、南極側の方から新たな1頭が現れた。 それを合図の様に、6頭とも移動し、7頭が一体となって南極側へ移動し、スキャン範囲の視界から消えた。 7頭が集合した所まで巻き戻す。

「う~む」 アキラは少し唸りながら、画像をピンチし7頭を拡大してみた。
「見てご覧、ローム。 先に居た6頭は、それぞれ手に槍状の物を持っている。 後から来た1頭は手ぶらだ。 こう見ると、6頭は兵隊で、1頭が指揮官の様に見えるな」
「もしかすると・・・護衛とか門番なのかも知れませんね」
「どう言う事だ?」
「昨日の事を思い起こせば、一つは洞窟のイルカを追跡していた追跡装置が壊された事、もう一つは巨大な肉食生物が存在する事」
「成る程な、この水域が奴らの根城になっていて、その防衛の為の要員って事か。 明らかに統制の取れた行動だった。 可能性は極めて高い」
「アキラ、行ってみましょう。 南極方面へ」
「良し、行こう!」

更に南へ

「流れが速いな」 水中探査機から目視で見ても、環流の流れが強い事が分かる。
「ここから見える状況は、まだ流れが緩やかな状態です。 中心付近の流速は最大で凡そ80km/h、前に進むよりも早く流されてしまいますね」
「しかし、奴らはこの流れを通っているんだろ?」
「その筈ですが・・・流石にこの流れに真正面から突入しているとは思えませんね。 時間は掛かりますが、彼等が通るまでモニターしてみましょうか」

「いや、恐らくトンネルがある筈だ、流れが強くなる手前に。 海底面のスキャンをして呉れ。 ローム、この還流の奥行は?」
「流速が50km/h以上の幅で凡そ40kmですね。 泳ぐ速さが時速80km/hだとして30分は掛かってしまいます。 それ以上に泳ぎが早いか、距離が短い必要が有りますね」

 スキャンデータが表示され始めた。
「海底洞窟を探そう。 それ程大きくは無いと思う。 例の巨大な奴に来られてもまずいだろうからな」
「アキラ、これではないでしょうか?」
 海底に幅5m程の穴が見える。
「まあ、トライ・アンド・エラーは覚悟の上だ、行ってみよう」

 穴の近くまでやってきた。
「良し、入るぞ。 水中探査機周辺のスキャンを継続して呉れ」
「了解です」

 ゆっくりと穴に侵入する。 何とか機体が通り抜けられる大きさだった。
「前方に10㎞までの間、入り口以上に狭い空間は有りません。 通れますね」
「良し、念の為、微速で進む」

「ローム、見てみろ。 この壁、削った様な跡が見られる」
「やはり、人工的に造られたトンネルですね」
「えっ? 分かっていたのか?」
「いいえ、推測しただけです。 恐らく、元々洞窟は存在したのだと思います。 TERAにも有りますよね、鍾乳洞の様なものです」
「ああ、元々海底だったものが陸上に持ち上げられ、雨水なんかで浸食されて出来た空間だ」
「そうです。 それが再度、海に沈んだ。 最初は原形のままで使われたのでしょう。 しかし、環流は時間と共に移動する。 歴史的な時間軸です。 数千万年と言った」
「そうか、プレートの移動なんかで現状の南極が形成されるまで、環流のルートも様々に変化しただろうな」
「ええ、その時代毎に、出入り口は変更する必要が出て来たでしょう。 それを人工的に壁面を削って行ってきたと考えられます」
「それが事実なら、途方もない土木事業だな。 道具の利用や集団行動程度なら、TERA人だって原始時代でもやってきた。 流石に原始人は知的文明とは言い難い。 しかし、これ程の土木事業を行うなら・・・知的文明と言って過言じゃない」

 スキャン画像が広い空間を示し始めた。
「おい、この先10㎞に大きな空間があるぞ。 それに・・・おい、水面が有る様だ」
「驚きましたね。 行ってみましょう」

 広大な空間までやってきた。
「アキラ、水面が見えます。 浮上してみましょう」
「ああ」 水面に浮上し、船外照明を全周に向けた。
「おおっ、広い! あれはなんだ!」
 照明が全てには届かない程の広さだった。 天井までの高さは凡そ100m程度、直径300m程度のドーム状の空間だった。

「洞穴住居か! しかも、壁面に無数の穴が見える。 数百・・・千個位は有るか」
「一つ一つが個室になっている様です。 この様子だと、この洞穴で数千人規模の集団が住んでいた」
「ローム、もう少し詳しく調べよう。 大気は?」
「存在しますが、呼吸にはお薦めしません。 念の為、船外活動スーツを着用下さい」
「分かった。 上陸する」

 水中探査機を浮上させ、巨大洞穴の平坦部に着陸させた。 ハッチを開き、船外に出る。
「こうして洞穴に立つと、更に広さを実感しますね」
「ああ、ローム。 ドローンで全体をスキャンして呉れ。 データを取っておこう。 俺達も少し目視観察しよう」
「はい」 ロームがポータブルコントロール装置を操作すると、水中探査機からドローンが射出されスキャンを開始した。

「驚きだな。 数千万年前の遺跡だと思うが、外界から遮断されていたお陰で、余り劣化していない」
「紫外線に晒されなかった事は大きいですね。 しかし、酸化は進んでいる筈ですし、岩石系も脆くなっている可能性が有りますので、注意が必要です」
「分かった」

 2人は徒歩で洞穴住居を観察していた。
「ほら、土器が有る。 土を焼いて土器にする技術を持っていた」
「アキラ! ご覧下さい」 ロームが地面から何かを拾い上げた。
「これは? ナイフみたいだな。 金属だ! 銅か?」
「銅ですね」 ロームが携帯アナライザーで簡易分析を行った。
「金属器の文明迄行っていたんだ! しかし、全ては海に呑み込まれた・・・」

 ドローンがスキャンを終え、アラームを鳴らした。
「アキラ、終わりました。 先に進みましょう」
「ああ、ここは改めて詳細な調査がしたいな」
「アキラ、それは専門家にお任せしましょう。 私達は惑星探査部です」
「そうだな、先に進もう」

この惑星に存在した、文明の痕跡を垣間見た2人。 この先に何が待ち受けるのか!
                               最終章へ続く