プロローグ

 アキラとロームは、探査船の船窓から青い惑星を眺めていた。
「恒星サイズは太陽並み、9つの惑星の第3惑星ですね。 全球が海洋に覆われています。 海水面は、極めて穏やかですね」
「ああ、ほとんど雲も見られないな」
「そうですね。 両極の海洋が凍結していますが・・・海水面上に出ているのは、両極の氷の上だけですね」
 ロームは、何時に無く気弱な様子で呟いた。
「しかし、ボスの期待に応えられるでしょうか?」
「まあ、兎に角やってみよう! 早速、探査機で降りよう。 どっちの極が良いかな」
「まずは南極側に降りましょう。 現時点では、北極側より寒くは無いようですから」
「了解! ジェミニ、探査機の用意を」
「リョウカイ デス」

 4日前、銀河連盟 中央府ステーションのいつもの会議室。 ワダ・アキラ・ロームの3人が集まっていた。
「今回のミッションだが・・・」 ワダは銀河マップの3D表示を見詰めながら、いつもの調子で説明を始めた。 「場所は、この星系。 惑星TRTN、通称トリトンを調査して欲しい」
「たしか、その辺には辺境ステーションが1,000年程前に設置されていた筈ですが? 何故、彼等が調査しないのですか?」 ロームが訝しげに質問をした。
「ああ、その通りだな。 実を言えば、この惑星は既に2度調査されている」

「それなのに、どうして俺達が?」 アキラにもワダの意図が分からなかった。
「惑星TRTNは、TERAの神話から付けられた名前だ。 その名の由来は・・・海洋に覆われ、陸地が殆ど無い事による。 まあ、初めに調査した時の調査員は、記号の味気ない名前を付けた様だが、200年前に2度目の調査を行うに当たり、担当調査員が命名し直したものだ」
「TERA人だったって事ですね?」
「その通りだ。 調査局始まって以来、初のTERA人調査員だったアダムと言う人物だ。 その後、調査局 惑星探査部の部長・・・即ち、今の私の立場になった人さ」
「ええ、聞いた事有りますよ。 と言うか、TERAの小学校では教科書にも名前が出て来る。 伝説の人物だ。 何せ、TERAが銀河連盟に加盟した直後でしたからね。 TERA人でも銀河連盟の中枢で仕事が出来るって、夢を与えて呉れた人物です」
「そうなのだな・・・言いたかったのは、彼が私の仕事の大先輩だと言う事だ。 私は、惑星探査部長として、歴代の部長からの引継ぎデータを預かっている」
「へえ、そうだったんですか。 しかし、5,000年分も?」
「ああ、その通り、5,000年分だ! 正直なところ、全てに目を通す事は出来ない。 しかし、気紛れにでも・・・全てを見る事は可能だ」
「ボスってお立場も大変ですね」
「アキラ、少しでも本心で言って呉れているのなら嬉しいよ。 話を戻そう。 先日、少し時間が出来たので、アダムの資料を見てみたのだ。 何、ほんの気紛れさ、私にもTERA人の血が混じっている・・・それが理由だが」

「それで、どの様な情報が?」 ロームも興味深々に身を乗り出した。
「“惑星TRTNに知的生命が存在する可能性がある”と言うレポートを見た。 いや、正確には、レポートされる前の草稿の段階で、アダムの個人フォルダーにしまい込まれたものだった。 公式には、この様な内容の調査レポートは調査局に保存されていない」
「何だか、キナ臭いですね」
「そうだ。 と言う事で、君達に調査をお願いしたい。 信頼できる、君達に調査して貰いたいのだ」

「ボス、喜んで。 アダムのファイルは、俺達も読んで良いですか?」
「勿論だ。 探査船のデータベースに転送しておく」
「それでは、早速出発します。 ローム、行くぞ!」
「了解です!」
 アキラとロームは、会議室を飛び出して行った。

 ワダは、探査船のドックに向かう二人の背中を見送りながら呟いた。
「アダムは・・・私の祖先なのだ。 何が有ったのか、突き止めて欲しい」

惑星TRTN

 ジェミニに探査機の準備を指示し、アキラとロームはアダムの記録を確認していた。
「惑星TRTNの海洋では、バクテリアから大型の肉食魚までの豊かな生態系が構築されている様です。 2回目の調査、即ちアダムが参加した時は、5日間にも亘って生物調査に重点を置いた調査を行った様です」
「凄いな。 普通、文明を持たない惑星の調査は、せいぜい1~2日だからな。 余程、気になる事が有ったんだな」
「ええ、報告書の草稿によれば・・・知能を持つ可能性のある痕跡と生物を発見したが、一個体に留まっており、継続的且つ広範囲での調査が望まれる・・・と結ばれています」
「まあ、銀河連盟は高度な知的生命との接触には積極的だが、それ以外の地道な調査には消極的だからな。 何故なのかな? 得る物が無いとでも思っているのかな?」
「そうですね。 何か理由が有るのかも知れませんが、私達は末端の調査員ですから、連盟議会が何を考えているのかなど、窺い知れませんね」

 ジェミニからのアラームで、探査機の準備が整ったとの通知が来た。
「アキラ、探査機の準備が出来た様です。 今回は、水中探査機も搭載しておきました」
「OK! そうだ、ジェミニ! お前も遠隔モジュールで一緒に来てくれ。 汎用タイプが良いな」
 探査機に3人で乗り込み、惑星TRTNの南極へと出発した。
「ジェミニ、ちゃんとシールド張って待っていろよ」
「リョウカイ デス」

 大気圏に突入し、惑星が間近に迫ると一層広大な海洋が目に入った。
「飛行モードに入る。 ちょっと揺れるぞ」
「それにしても、美しい星ですね」
「ああ、まったく汚染されてないからな。 しかし、全球が水面下ってのも驚きだな」
「ええ、推定される海水量はTERAの3倍程度。 これ程も水を湛える惑星は、他に例が無いですね」
「ローム、TERAの事にやけに詳しいな?」
「ええ、当然です。 母の故郷ですので・・・子供の頃にTERAの事を学びました」
「そ、そうだったな。 ところで、地殻の状況は?」
「ええ、マントルの流動はあります。 それに伴うプレートの移動も有りますが、全ては水面下で行われています。 永いスパンで見れば、僅かにでも大陸が形成されていた時期は有ったと、容易に推定出来ます」
「よし! もう直ぐ南極に着くな。 ジェミニ、平坦な場所を探して呉れ」

 探査機を氷の平原に着地させ、アンカーで固定した。
「ローム、まずはこの周辺のスキャンとボーリング調査を行って呉れ」
「了解です。 アキラ、外気温は氷点下20度、酸素濃度は21%で有害な物質は検知されていませんので、保温スーツだけで外に出れます」
「それは有難いな。 それじゃ、作業を始めよう」

 探査機のハッチを開き、3人が降りて来た。
 ロームとジェミニは、テキパキと作業を進めている。

 アキラは双眼鏡を使い、周辺を目視観察していた。 すこし小高い場所に上がると、果てしない氷原が一望出来た。 生物の姿は一切見えない。
 氷原には、時折、黒く見える物体が点在していた。 近寄って確認すると、予想通り隕石の様だった。 それ程頻繁に、雪が降ると言う環境では無い様だった。

 3人は、作業を終え、探査機のコントロールルームに集合していた。
「アキラ、一応の測定が終わりましたが、早速解析を始めましょうか?」
「いや、急ぐ調査じゃ無いし、食事をしてからで良いよ」
「そうですね、それではスキャンデータでも見ながら食事に致しましょう」
 いつもながら、ロームは仕事熱心だな・・・とアキラは思っていた。

「これが全球のスキャンデータです」
 会議テーブルの上に、惑星TRTNの3D画像が表示されている。
「地殻は、通常の惑星同様に山谷が存在しますが、全てが海洋に埋没しています。 水深は最大で23,200mですね。 そして、これが北極ですが、氷点下の気温の為に氷が成長し、大陸程の大きさになって海洋に浮かんでいます。 こちらが南極ですが、北極とは異なり、地殻と氷が接触しています」

 アキラがパンを頬張りながら、ロームに質問した。
「ボーリングデータは?」
「ええ、先程、ジェミニが分析を終えましたので」 ロームは軽く咳払いをし。 「ご説明しましょう。 この南極は、大陸の上に氷が形成されています。 氷の厚みは平均して約2,000m。 それが約1千万㎢の大陸上に乗っているイメージです。 この面積は、TERAで言えば南極大陸とオーストラリア大陸のほぼ中間程度の広さです」
「正に、TEARの南極と同じ感じだな」
「ええ、その通りです。 約2京tの氷で押さえつけられていますが、氷が無かった頃は、恐らくこの惑星最大の大陸だったと思われます」
「陸生生物も居ただろうか?」
「ええ、恐らくは。 プレートの移動などで現在の位置に有る筈ですので、恐らく数千万年前は氷に覆われては居なかったでしょう。 事実、ボーリングデータには、樹木の痕跡が残っていました。 詳細な年代は、データ数を増やした上で、分析が必要ですが」
「いや、今回はそこまでは良いよ。 ローム、君の推奨する探索ポイントは有るか?」

「はい、2か所の探索を推奨します。 一つ目は、この南極の周辺です。 先程申し上げた様に、南極は遠い昔大陸でした。 従い、どの惑星でも通常そうである様に、海洋生物が上陸した事が予想されます。 しかし、陸上生活が出来なくなった事で、再度海洋進出を果たした事でしょう。 知性を持った生物が発生するとすれば、TERAで言うところのイルカの様な生命体である可能性が最も高い。 しかも、この南極周辺は、環流によって、ある種閉ざされた海域になっています。 従い、南極周辺が第1のポイントになります」
「ふむ・・・確かにそうだな。 だとすると、もう一つは?」
「ええ、しかし、この周辺は決定的な問題点を抱えています。 極めて寒冷な上に、環流によって閉ざされた海域・・・即ち、死の海域の可能性も有ります。 食物連鎖を成すには、当然ですが底辺を支える生物、例えばプランクトンなどの存在が不可欠です。 しかし、この低温の環境は、プランクトンなどの発生には不向き。 大型の生物が一定の個体数を維持するには、相応の底辺の広さが必要ですので」
「確かに、そうだな。 しかし、外敵が少ない事を利用して、逆にその環境で生きている生物も居るんじゃないか?」
「その通りですね。 その検証の為にも、調査からは外せません。 そして、二つ目のポイントですが」 そう言うと、ロームは惑星の3D画像を回転させ、一部を拡大させた。 「このポイントです。 ここは、広大な浅瀬になっています。 水深は数m~数百m。 恐らく、南極が氷で覆われる以前は、大陸とでも言える広大な陸地だったと推定されます」

「どう言う事だ?」
「先程も申し上げた様に、この南極は2京tもの氷で覆われています。 しかし、北極は南極と同程度の面積ですが、氷の量は数倍になります」
「そうか! 南極は氷の下は岩盤だが、北極は浮いた氷って事か!?」
「その通りです。 恐らく、今の南極が出来る以前は、この南極にも氷が浮いていた事でしょう。 もし、ここ南極の数倍の水が凍っていたとすれば・・・恐らく、海水位は、現在より数十m~数百mは低かったでしょう。 即ち、このポイントは陸地だった筈。 ここ南極と同じ様に、陸生生物が住処を追われ、海中生活を余儀なくされる事になったと推定します」
「おおっ! 成る程な。 ロームの解説を聞いていると、この浅瀬のポイントの方が可能性は高そうだ! 明日は、このポイントの海中探査をしよう」
「了解しました。 それでは、この探査機をベースキャンプに、明日は水中探査機で移動しましょう。 ジェミニはお留守番をお願いします」
「リョウカイ デス」
「それではアキラ、10時間後に集合しましょう。 お休みなさい」
「ああ、お休み」

 ロームは、スタスタと自室に行ってしまった。
 アキラは、ロームの後ろ姿を眺めながら“珍しいな、先に部屋に入るなんて”とボンヤリと考えていた。

海中探査

 今日も快晴だった。
「この惑星で曇るなんて事が有るのかな?」 アキラが脳天気な質問をロームに投げ掛けた。
「アキラ、気圧の高低は必ず発生します。 即ち、雲も発生しますし、雨も降ります。 ただ、地表に高低差が無い分、発生しづらいと言うだけです」
「そうか・・・」 アキラは、母親から叱られた記憶が少し蘇る様な感じがした。

 探査機から水中探査機を分離し、アキラとロームは探査ポイントを目指して飛行していた。 水面から凡そ1,000mの高さを移動し、目視での海洋面調査も同時に行っていた。
「綺麗な海ですね。 TONAの海も綺麗ですよ」
「ああ、綺麗だ。 でも、TERAだって負けてはいないぞ。 しかし、大きな波も無く、穏やかな海だな」
「そうですね。 この辺は水深も深いので、風が無ければほとんど波は発生しないでしょう」
「どうだローム、目標地点までは100km程度だが、ここらで水中に入って様子を見てみないか?」
「良いですね。 少し海中観光と致しましょう」
 ロームも嬉しそうだった。 アキラは、ロームの嬉しそうな顔が見られて、ちょっと嬉しかった。

「それじゃ、着水する」 アキラは徐々に機体の高度を下げ、着水させた。
「これより潜航モードに移る」 海中探査機の飛行翼を畳み、潜航モードに移った。

「水深50mを維持し、目標地点へ直進する」
「やはり、かなり深いのですね。 底が見えませんね」
「ああ、しかし、この辺りはかなり豊かな海って感じだな。 魚達がとても多い」
 ロームが目の前を横切った魚をスキャンし、3D画像に表示させた。
「基本的な体の構造は、TERAの魚と余り変わりませんね。 鱗の様な外皮を持っていますので、予想通り陸上の汽水域で進化したものだと推定されます」
「どう言う事なんだ?」
「魚類は、まずは海水で進化した筈です。 しかし、弱肉強食の世界で、弱い者は生活環境を追いやられてきました。 強い者が近寄れない、汽水域を生活圏にせざる得なくなった者がいた筈です。 しかし、元々海水で進化した生物は、汽水域では浸透圧の関係で生きる事が出来ない・・・そこで、鱗を発達させ、汽水域でも生きて行ける様に進化したのです。 その子孫は、改めて海水域に再進出した。 汽水域でも、弱肉強食の世界が繰り返えされたからです」
「成る程ね。 汽水域が存在するって事は、陸が存在したって事だ」
「その通りです。 この魚の身体には、この惑星の歴史が刻まれているのです」
「流石、ローム。 お前と仕事をすると、色々と勉強になるよ」
「痛み入ります。 この魚の骨格を見ると、ヒレの数が多い。 もしかすると、陸上生物は6本~8本脚だったかも知れませんね」
「確かに。 俺達の身体も元々、手足はヒレが変化した物だよな。 手足が多いのは、有利なのか不利なのか・・・」
「分かりませんね。 重力の影響を分散出来るので、上陸の初期段階では有利なのでは? と思いますが・・・そう言えば、銀河連盟の加盟種族に手足が二本より多い種族は居ませんね」
「そう言えばそうだな。 不思議だな・・・あっ、あれを見ろ・・・大きいな」

「本当ですね、TONAにはあれ程巨大な生物は居ません」
「TERAのクジラの様だ。 しかし・・・明らかに魚類だな。 鱗も見える。 あの口の構造はクジラにそっくりだ。 恐らく、プランクトンや小魚を一気に飲み込むんだ」
「全長10mは有りますね。 生態系の頂点でしょうか?」
「そうかも知れないな。 体を大きくする事で、捕食者から狙われない・・・生物の基本的な生存戦略だ」

 更に先に進み、目標地点に近付いた。
「アキラ、そろそろ元大陸だった辺りですね」
「確かに、徐々に水深が浅くなってきたな。 水生植物って言うか、海藻が見える様になってきた」
「そうですね。 まるで、林や森の様になってきましたね。 前方は、更に水深が浅い。 昔の山だった様ですね」
「そうすると、この辺は丘の様なイメージだったのかな。 比較的なだらかな地形だ。 ローム、あそこを見て呉れ。 ほら、あの海藻が疎らなところ」
「ええ、何か・・・岩が折り重なった様に見えますね」
「近付いて見よう」

何かを発見した2人。 折り重なる岩は、知的生命の痕跡なのか?
                                第2章へ続く

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