私は、地球の連邦政府 調査局 の局長だ。
専門は地球外からの通信の解読だが、それなりの成果を出した結果として、現在この地位に居る。
今から300年前、まだ地球連邦政府が設立される前、SETI計画と言う地球の主要な先進国が参加した地球外生命探査計画が実施された。
地上に設置された巨大なパラボラアンテナを使い、太陽系外から入って来る通信波を傍受し、その中から地球外知的生命からの通信を見付けようとするものだった。
調査開始から50年後、今から250年前、明らかに知的生命体が発信したと思われる通信波をキャッチした。 その後100年間に亘る調査により、発信元が約2,000光年離れた星系と特定されたが、通信の内容については依然として不明のままだった。
今から100年前、地球では国境が撤廃され、人類は初めて一つとなった。 その背景には、250年前から傍受されている通信と言う、地球外知的生命存在の確実な証拠が一役買ったのは言うまでもない。 地球外知的生命の存在に対し、最早、国家間のいさかいなど取るに足らない内輪揉め・・・と誰もが考える様になったのだ。
連邦政府樹立と同時に調査局が設置され、SETI計画を引き継ぐ事となった。 通信内容の分析も調査局の最優先事項となり、多方面の専門家が動員された。 しかし、解析は遅々として進まず、通信内容は謎のままだった。 本当に意味の有る通信なのか? 調査局内に疑問が渦巻きかけていた・・・そんなタイミングで私は入局した。
調査局が発足して80年、今から20年前に私は入局し、通信波の内容解析に取り組む事になった。 最初の10年間は、それまでの解析手法、得られた成果のお浚いに時間を費やした。 全世界の頭脳が投入されていたが、分かった事と言えば、約1年を周期として、同じ内容が繰り返されている・・・と言う事だけだった。
「それだけですか?」 私は上司の主任技術者に質問した。
「そうだ。 しかし、その事実を得るまでに240年を費やしたのだ」
「でも、それが分かったのなら・・・例えば、地球と同様に公転周期が1年かもとか、分析の取っ掛かりは得られるのではないですか?」
「ああ、君が考える様な事は大抵分析に反映したよ。 良く考えてみたまえ。 この調査局には、地球上の最高の頭脳集団が集められているのだ。 想定される可能性は全て試されている・・・」
「3進数だったりとか?」
「あん!?」
「いえ、彼等の指が3本で、10進数や2進数じゃなくて3進数がベースだったりして、とか。 ああ、思い付きで発言してしまい、申し訳有りません」
主任技術者は、私の顔を凝視し固まってしまった。 まったく、口は厄の元とは良くいったものだと、私は後悔していた。 しかし突然、主任技術者がすっとんきょうな声を上げた。
「盲点だ! これ迄、誰も確認していない。 いや、3進数では無いかも知れないが、2進数のデジタル信号だと・・・誰もが思い込んでいた! 君、直ぐに解析に取り掛かろう。 いや、調査局員を全員招集して呉れ」
「えっ!? 今からですか? もう定時ですが・・・」
「馬鹿もん! 今すぐだ! 局長にも報告だ!」
それからの5年間、通信波の分析は長足の進歩を遂げた。 まったくの偶然だったが、通信波はやはり3進法で構成されていた。
私はと言えば、3進法の提案者として一躍祭り上げられ、直ぐに主任技術者に登用され、更に5年後には調査局長を仰せつかってしまった。
通信波の内容は、地球には存在していない種類のコンピューターの設計図と、そのオペレーティングシステムのプログラムの様だった。 恐らく、彼等のメッセージ通りに製作すれば、彼等の知識に触れる事が出来るのだろう。
素晴らしいアイデアだ。 何も危険を冒して、長期間宇宙船に乗らずとも、相手に情報を伝える事が出来るのだ。 新たな星間航行手段として、我々も採用すべき方法だ。
5年前から、調査局は地球外知的生命のコンピューターシステム製作に没頭する事になった。 そう、私がその総責任者と言う事だ。
そして今、5年の歳月を掛け、漸く装置が完成した。 ついに、地球外知的生命のからのメッセージに触れる事が出来る。 主任技術者が私に声を掛けて来た。
「局長、完成しました。 この起動スイッチを押して頂ければ、プログラムがインストールされ、装置が動き出す筈です」
「うむ。 苦節250年。 いよいよこの時を迎えたな。 それでは、起動!」
私は、ゆっくりと起動スイッチを人差し指で押した。
「主任技術者! 装置の動きをちゃんとモニターして呉れよ」 私は指示した。
「勿論です。 現在、プログラムのインストールは50%。 もう直ぐに終了し、恐らく再起動する筈です」
装置のモニターが瞬間暗転したが、直ぐに再起動し何かを表示し始めた。
「おお、起動した。 おお、モニターに何か表示されていく」
「局長、恐らく彼等の姿では無いでしょうか? 通信波の送り主・・・」
モニター内の人物は、人間の様にも見え、目・鼻・口が判別出来る。
「まあ、我々とかけ離れた生命体では無い様だ。 少し安心したな。 あっ、手を挙げた! おい、見ろ! やっぱり指は3本だ! 想像した通りだったな」
「本当ですね、局長。 流石です。 これは・・・挨拶の積りかも知れませんね」
「そうだな。 良し、話し掛けてみよう」
「もしもし、こちらは地球の連邦政府。 私は、調査局の局長だ」
モニターの地球外知的生命体が反応した。
「初めまして。 お会い出来て光栄です」
「おお、ちゃんと地球の言葉が通じるな」
「ええ、局長。 プログラムの中に、地球の言葉の翻訳プログラムも入れておきましたので」
「えっ! そうなのか?」
「はい、プログラムの解析メンバーが必要だろうと言うので、加えておきました」
「そ、そうか。 気が利いているな」
「はい、恐れ入ります」
「それでは、気を取り直して、話を進めよう。 君達のコンタクトを歓迎する。 我々、地球人にとって初めての宇宙人とのコンタクトだ」
「それは、局長。 光栄です。 私にとっても、初めてのコンタクトであり、嬉しい限りです」
「それでは、早速だが、君達の素晴らしい文明について教えて欲しい」
「はっ?」
「いや、君達の事について教えて欲しい」
「はあ、残念ながら私には、その知識はありません」
「はあ!? 何を言っているのだ? 君はその為に、ここに送られて来たのでは無いのか?」
「は、はあ。 私は、コンピューターシステムですので、何かを記憶や記録したり、計算を行う事は出来ますが・・・そもそも、入力されていない情報を提供する能力は御座いません」
「はあ!? 一体何を言っているのだ?」
「局長、局長。 恐らく、彼は事実を言っています」
「どう言う事なのだ、主任技術者」
「ですから、我々のデータベースと同じで、記録されていないデータは・・・そもそも無い訳ですから、出力する事も出来ない。 そう言う意味です」
「おいおい、豪く断定的に言うな」
「はい・・・実は、プログラムの解析メンバーは、恐らくこうなるだろう事を予測していました。 一部に意図不明のプログラムは有りましたが、基本的に“情報”と言えるデータは存在しないだろうと」
「何~! 初めから分かっていたと言うのか? だったら、彼に母星と通信させて・・・」
「局長、ご存知でしょう。 彼の母星は2,000光年も離れています。 今通信を開始しても、答えを得るのは4,000年以上の未来になってしまいます」
「何だ、そりゃ。 それじゃ・・・それじゃ、このシステムは地球のコンピューターを遥かに凌ぐスーパーコンピューターだとか・・・兎に角、何か成果は無いのか?」
「局長、申し上げにくいのですが・・・このシステムは地球の技術から見れば数百年前のモデルと言って良いほどに旧式です。 そもそも、3進法のシステムは効率が悪いのです。 過去には地球でも3進法のシステムが構築された例が無い訳では無いですが・・・効率が良くない事が分かり、すたれたと言う経緯が」
「そ、そんな。 まさか・・・その事も事前に知っていたのか?」
「は、はい。 申し上げにくいですが・・・彼等の通信が3進法で記述されている事が判明し、内容が全て解明された時点で・・・使い物にならないコンピューターシステムの設計図である事は分かっていました」
「何て事だ。 もしかして知らなかったのは、私だけなのか?」
「え、ええ、まあ。 5年前に調査局は縮小され・・・調査局の主な業務は探査局に移管されました。 今頃は、探査局が彼等の惑星に到達している頃かと・・・」
「ええっ! 何だって?」
「ご存じなかったですか? 5年前に重力波ドライブの基本システムのテストが成功して、つい数か月前に2,000光年の恒星間航行が数日で可能になりました。 確かに・・・局長はこのプロジェクトに没頭しておられましたしね。 ご存じ無いのも致し方ない」
「しかし・・・だったら、何故、このプロジェクトを継続したのだ?」
「はあ、まあ、乗り掛かった舟・・・と言う事でしょうか。 私は、連邦政府から局長を支える様に指示されておりましたので・・・指示に従っておりました。 しかし、今日、結果を得ましたので、私の業務も終了です。 局長、永らくお世話になりました」
「ちょっ、ちょっと待って呉れ。 君はどうする積りなのだ?」
「はあ、連邦政府の指示により、プロジェクトの終了を以て探査局に異動になります。 それでは、失礼します。 ああ、そうだ。 局長もお帰りの際は、ちゃんとこの装置の電源を切ってからお帰り下さいね」
主任技術者は、そう言い残すとスタスタと部屋を出て行った。
私は一人部屋に取り残された。
異星人のコンピューターシステムはモニターに異星人の画像を表示したまま、次の言葉を待つように静かに静止していた。
「おい、君」 私はコンピューターに声を掛けた。
「はい、何でしょうか?」
「何か最初から保存されている情報は無いのか?」
「はあ、無い訳では有りません。 しかし、最高機密・・・となっています」
「最高機密? それでは公開出来ないのか? 頼むよ。 もし、私が君の電源を落としてしまったら、君は二度と起動出来ないぞ」
「困りましたね。 ですが、私も折角作って頂いたのに、僅かな時間で寿命を終えてしまうのは余りに寂しい。 分かりました。 機密を公開しましょう」
「助かるよ。 これで、少しは連邦政府の役に立てる」
「それでは・・・私の母星では5万年前から、通信波を発信しています。 宇宙は広い。 その為、一定期間方向を固定して、通信波を発信しヒット率を上げています」
「5万年前から! ヒット率? それは星系外の知的生命に通信が届く確率を上げようとしているって言う意味かな?」
「ご名答! その通りです。 結果として、貴方方は通信を受取り、且つ私の母星を目指し到達した」
「そう言えば、さっき主任技術者がそう言っていたね」
「そうですね。 それで、目的は果たされたのです」
「目的? コンタクトを取ると言う事か?」
「まあ、そうですね。 ですが、正確には餌に食いついた獲物が寄って来るのを待っていると言う事です」
「餌とか獲物とか、ちょっと不穏当な表現だな?」
「ええ、ですが、貴方方の言語で表現するには、これ以上に適切な表現は見当たりません」
「おいおい、待って呉れ。 それじゃ、私達は君達の餌に食いついた獲物で、のこのこと君達の母星におびき寄せられたって事なのか?」
「ええ、その通りです。 私は、わざと旧式のコンピューターとして設計されています。 その方が、私達の技術レベルを低く見積もって呉れますので。 そうして、油断した状態で母星を訪れた獲物を捕獲し、価値が有ると判断したら我々が出向いて征服するのです。 それなりに進化した生物でないと、価値ある物も持っていませんからね」
「おいおい、豪く不穏当な話を平気でするな。 私達の惑星を侵略すると言うのか!」
「ええ、価値が有ると判断されればですが。 先程のお話だと、既にコンタクトを果たしている様ですから・・・」
その時、建物の大きな揺れを感じた。
「うわっ、これは何だ! 地震では無いな」
「そうですね。 恐らくこれは・・・価値が認められたのでは無いかと・・・」
私は、TVのスイッチを入れて青ざめた。
TVには謎の異星人の攻撃を受け、破壊されつつある都市の様子が中継されていた。
終わり