プロローグ

 TERAの銀河連盟加盟から226年後・・・
 1隻の宇宙船が、ステルスモードで銀河辺境惑星の静止衛星軌道上に停泊していた。

 巨大な船だった、最大乗船人数は約300人。 船内には、一通りの分析が可能なラボ、12人乗りの探査機が2基、4人乗りの小型シャトル8基、などなど凡そどの様な事態にでも対処出来る様な機能が搭載されている。 この船は、銀河連盟 調査局 惑星探査部所属の探査船だった。

 探査船のコントロールルーム。 たった2人の搭乗員、アキラとロームが操縦席に着いていた。
「到着。 ステータスは全てOK」 ロームが独り言の様に呟いた。
「よっしゃ! それでは参りますか。 ジェミニ、大人しく待っていろよ!」
「ステルスモード デ タイキ シマス」 探査船のコントロールシステムであるジェミニが無機質で抑揚の無い声で二人を送り出した。

 二人は着陸用の探査機に乗り込み、探査船を離れた。
 目の前には、極一般的なTERA型惑星が、雲と海そして大陸との美しいグラデーションを見せていた。
「アキラ、一つお尋ねしても良いですか?」 ロームは相変わらずの丁寧な口調でアキラに声を掛けた。
「構わないぜ」 アキラは探査機を操作しながら、惑星への着陸に備えていた。
「アキラ、何故、惑星に降りるのに、わざわざ探査機を使うのですか? 転送装置を使えば既に地上に降り立っていますよ」
「ロームよ、お前さんとの仕事はまだ3日目だが、これだけは言っておく。 俺は転送装置が嫌いだ。 体が分解・再生されるなんて言うのは嫌いなんだよ!」
「前にも同じ事を申し上げたと思いますが、アキラだって何度も転送装置を使っているではないですか。 そもそも、この探査船に乗る時も、中央府のステーションから転送して貰っていますし・・・」
「ああ、そうだ。 でも嫌いなんだよ。 それに、未知の惑星に降り立つには、この方がワクワクするだろ!」
 ロームは、理解出来ないとでも言いたげに両手を広げ、肩を窄めた。

「ところで、もう直ぐ到着だが・・・今回のミッションをもう一度確認しよう」
「そうですね・・・」

3日前 中央府ステーション

 銀河連盟、中央府ステーションのリラクゼーション・エリアで休暇中だったアキラは、ボスのワダに呼び出された。
 ステーションの執務エリアの一角にある会議室。 乳白色の照明が部屋全体を包み、テーブルと椅子が有るだけの無機質な部屋だった。
 ワダは、パッと見はTERA人の様に見えるが、恐らくは複数の種族の混血だろう。 だが、TERA人っぽさが色濃く出ていた。

「アキラ、今日はお前に紹介したい人物が居る」 ワダは、いつも通り落ち着いた口調でアキラの目を見据えながら言った。「お前は・・・既に10年もこの仕事をしている。 その間、組んだ相棒の数は17人・・・最初の一人を除けば、全て一年以内、いや一度のミッションで相棒解消だった。 まあ、最初の一人はお前の師匠だったがな」
「ええ、事実だから否定はしませんよ。 最初に組ませて貰ったスタップさんには本当にお世話になった。 一から全て教えて貰いましたよ。 だが、役に立たない相棒はお荷物以外の何物でもない」 アキラは、いつもの様に苦虫を噛み潰したように、素っ気なく返答した。
「そう言うがな、これまでの相棒はいずれも惑星探査部の優秀な調査員達だ。 スタップは別格だが・・・部のNo.1調査員だったしな。 しかし、他のメンバーも、お前とのコンビを解消した以降もきっちりと仕事をこなして呉れている。 まあ、少々物足りなくは有るが」

「ボス、俺は俺のやり方で仕事する。 一人でも構わないが、局のルールで最低でも二人一組と言われているから従っているだけです。 少なくとも、邪魔になる様な奴とは組みたくない。 もう一度言いますが、役立たずとは組みたく無いですよ」
「分かった・・・分かっている。 私は、お前の両親と長く一緒に仕事をさせて貰った。 2人は調査局で最高のコンビだった。 当時の私は内勤だったが、お前の両親は私を強く信頼して呉れていた。 2人が消息不明になるまで! お前の性格は父親と瓜二つだ・・・頑固なところが特にな」
「ボスには感謝しています。 俺を調査局に押し込んで下さったのも、ボスのお陰です・・・ボスが居なかったら、今の俺は居ないと思っていますよ」
「まあ、昔の話はいい。 少なくとも、今のお前は惑星探査部のエースと言っても過言じゃない。 期待もしている」
「痛み入ります」

「アキラ、話を戻そう。 今日はお前に新しい相棒を紹介したい」
「分かりました」 アキラは、観念したように両手を広げ、肩をすくめた。
 ワダは隣室のドアに向かって声を掛けた。 「入って来て呉れ」

 ドアが開くと、中性的で細身、まるで少年の様にも見える人物が入って来た。
「紹介しよう、ロームだ。 TONA人だが・・・TONA人とTERA人とのハーフだ」

 アキラは、ロームの容貌に目を奪われつつ、ぎこちなくロームと握手した。 アキラは、ちらりとワダを見詰め、眉を顰めた直後、ロームに視線を向けた。
「俺は、アキラ。 それにしても、TONA人に会うのは初めてだ。 確か絶滅危惧種族にして連盟の創始種族だよな?」
「その通りです」 ロームは声変わりもしていない様な中性的な声で答えた。
「しかし・・・悪いが子供にしか見えないな。 幾つなんだ?」
「30歳です。 確か、アキラとは2歳違いですね。 記録は見せて頂きました」 ロームは淡々と答えた。

「アキラ、お前も知っていると思うが、TONA人は長寿が故に、若年~壮年に掛けてはTERA人より遥かに若く見える。 ロームは、既に調査局員として8年の経験を持っている。 入局試験のレコード保持者だ。 但し、これ迄はデータ解析や事務方だったので現場仕事は今回が初めてだ」
「ボス、さっきも議論したばかりじゃ無いですか! 俺は、役に立たない奴とは組みたくない。 そもそも、現場経験も無いやつに何が出来るってんだ」
「アキラ、この人選は私が行ったものだ。 今回のミッションに最も適したコンビだと思っている」
「しかし!」 アキラがワダに食って掛かろうと立ち上がった。
「黙れ! これは命令だ」
「わ、分かりました。 今回のミッションを指示して下さい」

 ワダに向かい合い、アキラとロームが横並びで、会議テーブルに座ると、テーブル上に銀河系のマップが3D表示された。
「この銀河マップで・・・中央府はここ」 マップの上方、銀河の腕の一か所を示した。 「因みに、TERAはここ」 マップの下方、別の腕を指し示した。 「そして、今回の目的地は・・・この周辺だ」 マップの最上部、中央府が含まれる銀河の腕の先端付近を指し示した。
「この周辺って? 星系も特定してないんですか?」 アキラは呆れた様にワダに意見した。
「そうだ。 だからこそ、お前達の出番なのだ」 ワダがアキラとロームを睨みつけた。
「約2千年前、この周辺星域を調査した記録が残っている。 当然だが、知的生命体は見つかってはいない。 最近、と言っても2週間前だが・・・民間の輸送船が意味不明の通信を受信した。 意味不明な事が問題なのではない。 この星域で通常通信波が受信された事実が問題なのだ」

 ワダはテーブルに肘を付け、組んだ手の上に顎を乗せながら二人を交互に見渡した。
「通信内容の解析結果は?」 それまで口を開かなかったロームが口を挟んだ。
「全ての記録は探査船のデータベースに送ってある。 今から移動しても、現場までは3日は掛かる、ゆっくり確認して呉れ」
「ボスは、何を感じているんですか? この件に」 アキラがワダの目の奥を覗き込む様に尋ねた。
「今から20年前、お前の両親、ノブオとユリカが消息を絶ったと推定されている星域なのだ・・・」
 ワダは、深呼吸とも溜息ともつかない息を吐きながら、二人に語り始めた。

現在 未踏惑星へ

「もう直ぐ大気圏に突入するぞ、揺れに注意して呉れ。 ところで、通信内容の解読は出来たのか?」 アキラがロームに尋ねた。
「調査船に乗り込んでから、3日間解析してみましたが、まったく意味が分かりませんでした。 奇妙なのは35時間弱の周期で電波強度が振動いている事ですが・・・この惑星の自転周期に近似しています。 その点でも、この惑星が発信源である可能性が高まりますが、もしかすると・・・少し考えすぎかも知れませんが、人為的な星間通信だと思い込んでアプローチしたのが間違いだったのかも知れません」
「まあ、お前の解析のお陰で、少なくとも発信源がこの惑星である事は間違い無いんだ。 後は、当たって砕けろさ」

「アキラ、一言申し上げます。 ここに何が有るのかは分かりませんが、私は命を無駄にする積りは有りません。 静止軌道上から、もう少し観察を続けても良かったのでは?」
「俺は、常に前に進みたいタイプなんだよ」 大気圏突入のせいで探査機が揺れ始めた。
「っつ、よ~し、大気圏に突入した。 飛行モードに切り替える」

 惑星の雲・大地・海が見える。
「一応、この惑星のデータをお伝えします。 恒星は太陽並み・・・貴方の故郷、TERAとの比較の方がご理解頂きやすいと思いますので・・・この惑星は恒星の第2惑星で、サイズはTERA並み。 地表には原始的なシダ類と低木がある程度。 いずれも、軌道上からの探査ですので、やはり地表のロボット探査程度はしたかったですね。 尚、2千年前の調査記録では・・・軌道上からの調査のみですが、知的生命の存在は認められていません」
「酸素は?」
「呼吸は可能ですが・・・念のため、防塵マスクの装着を推奨します。 平地の気圧は、約0.9気圧。 現時点では、有害な菌類・ウイルスも検出されません」
「まあ、兎に角、通信の発信源に向かおう」

「アキラ、発信源と思われる地点に着きました。 念の為に申し上げますが、あの通信が発信されたと思われるタイミングに、この恒星系・惑星の軌道を遡ってポイントを予測しています。 従って誤差を含んでいます」
「ああ、当然だが分かっているよ。 ところで、誤差はどの程度なんだ?」
「厳しめに見ると・・・この惑星では無い可能性があります。 楽観的に見て・・・この地点から半径1000㎞と言ったところです」
「砂漠で針を探すようなもの・・・って事か」

「あっ、あの辺りが比較的平坦ですね」
「了解。 着地しよう」
 探査機を着地させ、早速、船外に出る。

「アームストロング船長になった気分だな」
「えっ、どう言う意味ですか?」
「いや、ちょっとしたジョークだよ。 TERA人で初めて、TERAの衛星に降り立った人物の名前さ」
「TERA人は・・・個人名に拘るのですね。 TONAでは、誰が成したかは重要ではありません。 偶々実行した一人に過ぎない・・・と言う考え方です」
「ああ、確かにTERA人は“個人の業績や最初の一人”に拘り過ぎるかな。 だが、それがTERA人だし、だからこそ短期間で銀河連盟の中心種族とまで言われるようになったんだと思う」
「それは否定しません。 私にもTERA人のDNAが組み込まれています。 半分ですが。即ち、理解できます」

「ローム、公転と自転の周期は?」
「はい、公転周期が約620日、自転周期が34.6時間です。 しかし、アキラ、少し妙ですね」
 ロームは訝しげに呟いた。
「通常、このレベルの生命進化水準であれば、節足類の様な小動物程度の陸上生物が居てもおかしくは無いのですが」
「まあ、見たところ危険も無さそうだし、周辺を探索してみよう」

 探査機を中心に半径100㎞の地表スキャンと、3時間程度の徒歩探索を終え、一旦休憩を取る事とした。
「特段の情報は無かったな」 アキラが残念そうに呟いた。
「アキラ、まだ何も分析しておりませんので・・・これからです。 しかし、アキラは何かドラマチックな出来事を期待している様ですね」
「いや、そう言う訳じゃ無いが・・・ボスの言葉も気になるしな」

3日前 惑星探査部 会議室

 今回のミッションを指示するワダからは、意外な話を聞かされた。

「20年前、アキラのご両親が亡くなった・・・いや済まん、正確には行方不明になった星域が、今回のミッションの星域と重なるのだ」 ワダはアキラの目を見据え、ゆっくりと話し始めた。
「20年前、この付近の星域で、ほんの一瞬だが、巨大なエネルギー放出が検出された。 実は、連盟調査局の記録では、5千年前にも同様のエネルギー放出が検知されていると記録されていた。 しかし、当時の連盟は、いや実質的にはTONAは、詳細な調査の必要性を感じていなかった様だ。 TONAにとっての興味の対象は、高度な知的生命とのコンタクトだけだった様だ」
「しかし、20年前には状況が変わっていた」 アキラが目を光らせた。
「そうだ。 新たにTERAが加盟し、TERA人の知的好奇心がこの事象を見過ごさなかった」

「親父達が調査に向かったと言う事ですね」
「そうだ、当時、子供だったお前に顛末を伝えるのは辛かった。 しかし、新たな事象が発生した今、是非、お前に真実を確認して貰いたい」
「ところでボス、親父達の調査記録は・・・どんな状況だったんですか?」
「巨大なエネルギー放出を検知した事で、過去の記録との照合を行った。 先程も言ったように、約5千年前にも同様のエネルギー放出が検出されていた事が分かった。 発生元でのエネルギー量は連盟の最新鋭航行船出力より二桁は大きいと推定された。 即ち、我々の文明では制御可能な範囲では発生させる事の出来ないレベルだ。 しかし、発生源と見られる星域で恒星や惑星の爆発・崩壊等の現象は観測されておらず、また、2千年前の現地探査でもこの付近の星域で事象と関連付けられる様な異常は発見されていなかった」

 ワダは“ふーっ”と息を付いてから、話を続けた。
「しかし、恒星崩壊の様な事象が発生していないにも関わらず巨大なエネルギーを検知した事。 また、その事象が最低でも2度発生していると言う事実・・・まあ、過去の記録に気が付いたのは、ユリカの地道な過去記録の確認結果によるものだがね。 この二つの事実に、ノブオは何らかの人為的な事象では無いかと考えた」
「しかし、余りにも時間が開きすぎていますね」 ロームが口を挟んだ。 「人為的だと仮定して、個人の関与は考えられませんね。 種族或いは組織だとして、それ程の長期間に亘って意思が継続出来るものでしょうか?」
「確かに・・・何らかの人工的なシステムが稼働している可能性はあるかもな」
「アキラ、正に、ノブオは何らかの人工的なシステムが、製作者の意図を受けて稼働している可能性が高いと考えていた様だ。 現地での探査が不可欠と判断し、二人が現場に飛んだ。 2週間の調査予定だったが、4日目に通信が途絶えた。 現地調査を開始する筈の日だった。 残念な事に彼等が調査対象にしていた星系や惑星は、正確には連絡を受けていなかった。 当然だが、数千光年単位の大規模な捜索が行われた。 当時内勤だった私も、志願して捜索に加わったが・・・手掛かりはゼロだった。 正直に言うと、余りにも調査星域が広すぎて、何かを見過ごしていたのでは無いか・・・と、後悔していた」
 アキラとロームは、顔を見合わせた。

 ぎこちないながらも、コンビとして活動を開始したアキラとローム。
 謎の通信波を糸口に、ある惑星に到達した2人。 20年前に発生した、アキラの両親の遭難事件。 果たして関連は有るのか? 
                                第2章に続く

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