プロローグ

「・・・と言う事で、今回の調査でとんでもない事実が分かったんです。 ご承認頂いた通り、探査を継続して、SONA人のその後を明らかにします!」
 アキラは、目の前のワダを睨みながら声を荒げた。
「アキラ、探査の延長は承認した。 報告書も読んだが、確かに極めて興味深い。 しかし、命を掛けろとは言っていないぞ! ロームを巻き込むなど、以ての外だ! いいか、敢えて言っていなかったが、ロームは大事な身体なのだ! もしもの事が有っては取り返しが付かん。 まずはロームを帰任させろ、代わりの要員は君の指名通りに派遣する。 アキラ! おい、聞いているのか! アキラ! アキ・・・」

 アキラは通信装置をオフにした。 瞬時にワダが消えてしまった。
 ここは、星間TV会議室、目の前のワダは3Dで描かれた映像だったのだ。
 重力波通信を使えば、銀河中心部の探査局オフィスと、この銀河周辺部とでも、ほぼ時間差無しで会話が可能だった。
 この技術を応用したのが、重力波推進、更にはワープ航法だった。 但し、電波は物体を避けたり透過したり余り気にする必要が無いが、船の様な物体となると話が違う。
 恒星・惑星・衛星と言った星々に加え、星間物質やデブリにも注意が必要であり、どこでも重力波推進で進めるってものでは無い。

 アキラはテーブルに肘を付き、考え事をしていた。 何事か呟いていた。
『ロームは大事な身体なんだ! もしもの事が有っては取り返しが付かん』
 ワダの言葉が、頭に残っていた。
 気を取り直し、TV会議室を出ようと扉を開けると、そこにロームが立っていた。

「ロ、ローム!」 アキラは心臓が止まるかと思う程、驚いていた。
「アキラ、ボスの声は、廊下でも聞こえる程大きかったので、つい聞き入っていました」
「そ、そうか」 アキラは、コントロールルームに向かおうと、ロームの横を通り過ぎようとしたが、ロームがアキラの腕を捕まえ、動きを止めた。
「アキラ、お話ししたい事があります」

 コントロールルームの会議テーブルに、二人が向かい合って座っていた。
「アキラ、ボスが言っていた事は事実です」
「どう言う事なんだ?」
「アキラ、以前にもご説明しましたが、TONA人の出生率は激減しています。 この30年間では、新たに生まれたのは・・・私だけです」
「それは・・・知っている積りだったが、だから何なんだ?」
「つまり、私にもしもの事が有れば、TONA人は絶滅する可能性が更に上がってしまいます」
「科学的・医学的な処置が有るだろう。 DNAの保存とか」
「TONA人は倫理的にその様な処置を望んでいません。 いえ、拒否しています」
「何故だ! それが神の意志だとでも言うのかい?」
「そうですね、その通りかも知れません。 自然に淘汰されるのならば、それは受け入れる事が種の天命だとする考えです。 惑星TONAの生物進化の過程で、無数の種が絶滅して行きました。 これは、どの惑星でも同じですが・・・TONA人は、自分達だけが特別な存在だとは考えていません」
「そんな! 絶滅のその日まで、全知全能を掛けて生き永らえるのが人の使命じゃ無いのか! 高度に発展した文明を与えられた時点で、逆にその使命も与えられたのじゃ無いのか! 俺だったら絶対に諦めない。 いや、TERA人なら、絶対に諦めないさ」

「そうですね・・・だからこそ、TERA人は銀河連盟に加盟以降、急速に中枢を占めたのだと思います。 私は、半分TERA人です。 考え方は、アキラ、貴方に近い。 ボスが言っていた事は事実ですが、私は今回の調査から抜ける考えは有りません」
 アキラの目を見詰めるロームの目は真剣だった。
「アキラ、これ以降の調査局本部との通信は止めましょう。 私はアキラに、貴方に付いて行きます」

追跡

 惑星SONAと衛星のコントロールシステムであるソラに別れを告げ、SONA人の星間航行船の後を追う事とした。

「アキラ、ソラから得たSONA船の軌跡は、銀河の中心部には向かわず、銀河周辺部から銀河外洋に向かうルートです」
 会議テーブルの上に、銀河マップとSONAの船の推定航路を描き出していた。
「ソラが“通信が途絶えた”と主張している予想ポイントがここです」
 ほぼ、銀河の外縁部、銀河の外洋に出る辺りだった。
「不思議だな、そもそも何故、こんな何も無い方向を目指したんだろう」
「恐らく、銀河中心部方向からの通信が得られていなかったのですから、中心部に行っても意味が無いと考えたのでは無いですか?」
「それにしても、外縁部からだって通信は得られていなかった筈だ。 別の理由が有る筈だな・・・待てよ、ローム、マップのスケールをもう少し広域に、少なくとも隣接銀河が見える範囲に」
「はい、わかりました」 ロームが画像をピンチし、画像が広角に表示された。

「但し、この画像は現在の配置・・・ローム、3億年前に巻き戻して呉れ」
「成る程、分かりました」
 ロームがコントロール装置を操ると、銀河マップの渦が逆回りに動き始めた。 銀河系が逆回りに一周以上巻き戻され、隣接銀河と位置関係も変化した。

「3億年前です。 アキラの推測した通りですね」
「ああ、彼等の航路の延長線上に、この銀河が有った。 彼等は、自分達の銀河より、隣接銀河に可能性を求めたんだ。 これなら、銀河の反対側に行くより、まだ近い」
「しかし、アキラ、困りましたね。 貴方もご存知の通り、我々の銀河を超えた探査の成功例はありません。 過去の探査船も、全て消息を絶っています。 やはり、危険なのでは? 私は、命を惜しむ気は有りませんが、無謀な行為で無駄死にはしたく有りません」
「確かに・・・困ったな」

 その時、コンソールルームにアラームが鳴り響き、ジェミニが状況を伝えた。
「キンゾク ハンノウ デス。 モニター ニ ヒョウジシマス」

「これは・・・間違い無いな、SONAの船の推進装置だろう」
「そうですね、恐らく破損して切り離されたものが、この辺りの恒星か惑星の重力に捕らえられたものでしょう」
「間違いなく、ここを通っている。 良し、先に進もう」
「アキラ・・・」
「ローム・・・俺はさっき迄は迷っていた。 君の言う様に、この先に危険が待っているかも知れない。 でも、俺はSONAの人々がどうなったのか? 何を体験したのか? 俺の命に代えても知りたくなった。 ああ、自分の命を懸けてでも、この好奇心を満足させたいんだ」

 アキラの目は真剣だった。

「分かりました。 アキラ・・・最早、私には貴方の居ない環境は考えられません。 貴方に付いて行きます。 以前に申し上げましたね。 TONA人の性分化は“環境によって発現する”と。 私は、貴方と居る事で、女性に性分化したのです」
「ロ・・・ローム」
「私の身体と魂は、既に貴方と共にあります」
「分かった。 俺の命に代えても、君を危険な目に合わせる積りはない。 ただし、今回だけは、先の見えない旅に付いて来て欲しい」
 ロームとアキラは、お互いの気持ちを確かめ合う様に、強く抱きしめ合った。

「ゴ、ゴホン。 オトリコミチュウ モウシワケアリマセンガ、キンゾクハンノウ ノ チョウサハ イカガシマスカ?」
 ジェミニの声に、二人とも我に返った。 気まずい空気が流れていた。
「あ、ああ。 ジェミニ、調査は不要だ。 予定航路を、このまま進んでくれ」

外洋へ

 その後、3日間の重力波航行の間、更に2基のSONA船の推進装置が発見された。

「確認出来ただけで3基です。 確か、出発時には8基だったとソラから聞きましたね」
「ああ、我々が発見出来ていないものも有るとすれば、SONA船の推進能力は風前の灯だったかも知れないな」
「そうですね。 しかし、いよいよ銀河の外縁部に到達しました。 3億年前の隣接銀河への最短ポイントまで移動して来ましたが・・・ここからは、約6万5千光年の虚無の世界です。 どうしたものでしょうか」
「当たって砕けろ! って訳にはいかないな」

「そうだ! 待てよ! 彼等の船のナビゲーターは、ソラと同じコントロールシステムだった筈だ、彼の意見を聞いてみよう」
「それは良いアイデアですね。 ジェミニ、如何ですか?」
「“ソラ”ノ データベース ト シコウアルゴリズム ハ パッケージカ ズミデス。 オマチクダサイ」 直後、テーブル上に3D映像でソラが描かれた。 この前と同様に、身長凡そ2.5mのSONA人の姿が現れた。

「大きすぎるな。 ジェミニ、もう少し小さく表示して呉れ。 30%だ」
 一瞬で、子供程度の大きさになった。

 これは、アキラ、ローム。 ここは?

「やあ、ソラ。 ここは、我々の探査船のコントロールルームだよ。 ジェミニにお願いして、君に来てもらったんだ。 君の本体は、まだ衛星の中だと思うが、知識と思考アルゴリズムを、ジェミニのシステムの中にコピーして貰ったんだ」

 そうか。 納得した。 それで、我が同胞は見つかっただろうか?

「流石にまだです。 探査開始から4日目ですので」
「ソラ、これまでの経緯を説明する」
 アキラとロームは、3億年前の銀河のマップから見て、目的地が恐らく隣接銀河だと思われる事、推進装置が複数個破損してしまっているであろう事を伝えた。

 そうか。 苦難の決断をしたのだ。 我々は、所属する銀河系内で他の文明に接触出来る可能性は限りなく小さいと考えていた。 外洋に出たのは間違いないだろう。

「ええ、しかし、現在の銀河連盟の科学技術でも、隣接銀河の探査はまったく進んでいないのです。 どんな危険が有るのか? それすら分からないのです」

 ローム、SONAの格言に“虎穴に入らずんば虎子を得ず”と言う言葉がある。 SONAの船は、亜光速での推進装置しか持っていなかった。 ここは、重力波推進を使わずに、通常航行で進んでみては如何か?

「ソラ! その格言って言うのは、本当にSONAの言葉か? TERAにまったく同じのが有るぜ」

 ええっ、そうか? ああ、そうだな、これはジェミニに教えて貰ったデータベースから得た知識だった。 確かに、TERAの言葉だ。 しかし、言わんとする意味は、お分かり頂けたと思うが。

「おいおい、大丈夫かよ。 しかし、通常航行だと俺達の一生じゃ追い付かないぞ」
「アキラ、それではこうしましょう。 センサーの探査範囲に異常を感じる迄、重力波航行と通常航行の間欠運航にしましょう」

 ローム、素晴らしい発案だ。 是非、その間欠運航で行こう。 ジェミニには無理を掛けるが、それが同胞の道筋を辿るのに好都合だ。

「OK、それじゃそうしよう。 ちょっと骨が折れるが、ジェミニ、頼むぞ」
「アイアイサー」 何だか、ジェミニも嬉しそうに応えた。
「アキラ、どうして骨が折れるのですか? その様な危険が有るとは思えませんが。 そもそも、ジェミニは骨など・・・」
「ローム、比喩だよ。 この場合は“大変だけど”と言った程度の意味なんだ」
「そうですか、分かりました。 TERAの言葉は難しいですね」

障壁

 アキラの部屋のベッドで、アキラとロームが抱き合っていた。
「あれから1週間・・・長い旅になりそうだな」
「そうですね。 しかし、何故、これまでの外洋探査船が遭難したのか? 不思議でなりません」
「ああ、俺達も慎重に動かないと。 まあ、こんなにゆっくりするのは久しぶりだ。 君との時間を楽しむには、好都合だよ」
 アキラがロームを抱きしめ、ゆっくりと口付けをした。

 その時突然、コンソールルームでアラームが鳴った。 緊急度大のアラームだった。
 二人は、ベッドから飛び起き、慌ててスーツに着替えコントロールルームへと急いだ。

「どうした! ジェミニ」

 私が答えよう。 進路前方、約1,000光年先に磁気嵐と見られる兆候が確認された。 船は現在停止させてある。 恐らく、重力波航行では、気付く前に嵐に突入してしまっていただろう。

「しかし、通常の磁気嵐ならば、重力波航行中であっても検知可能な筈です。 船の航行システムが停船行動を取れば、問題にはならない筈ですが」

 確かに、君達の船の能力で、銀河系内の事象なら問題無く回避出来るだろう。 しかし、これを見たまえ。 この外洋では、銀河系内では想像も出来ない程の規模と荒れ狂い方だ。

 3D表示された1,000光年先の磁気嵐の模様は、正に荒れ狂う大河の様だった。
「距離は1,000光年先か。 範囲は?」

 この船の探査能力の限界でも終わりが見えていない。 詰まりは“果ての無い壁”だよ。 しかし、奇妙なのは、この壁の手前側、探査能力の範囲にSONA船の痕跡は見られない。 この壁に突入したとでも言うのだろうか?

「俺達も一気に突っ切ったらどうだろう?」
「アキラ、恐らく、これまでの探査船が消息を絶ったのは、あの壁、磁気嵐の壁に突入したのが原因でしょう。 ご存知の様に、重力波推進は、進む方向の空間を歪め、長距離を瞬時に進む技術です。 ただし、その条件としては、進行方向に“何も無い事”です。 この技術の開発段階では、銀河系内でも磁気嵐との遭遇で何度も事故が発生し、現在の危機感知システムの開発につながっています。 しかし、銀河系内で発生する磁気嵐は、これ程巨大で荒れ狂ったものでは有りません。 恒星や惑星の存在が、比較的穏やかな挙動と規模に寄与しているのです」
「う~む。 しかし、この程度の事象なら、無人探査船で検知され、銀河側にフィードバックされなかった理由が分からないな」
「アキラ、これまでの探査船は、例えば今回同様に隣接銀河を目指す場合であれば、6万5千光年を一気に飛び越す重力波ワープ航法を使用していました。 この様な、磁気嵐が普遍的に発生しているのであれば、航法に入った瞬間に磁気嵐に飲み込まれ、装置の破損か、或いは予想もしない地点に出現してしまう可能性が考えられます。 銀河連盟の過去の調査では、今の我々の様な丹念な調査が行われてこなかった、と言う事だと思います」
「確かに、そうかも知れないな。 しかし、SONAの船はどうやったんだ? 磁気嵐に飲み込まれたのか? それとも、ここまで到達出来なかったのだろうか」

 アキラ、ローム、私の考えを聞いて呉れないか。 君達の話を聞かせて貰った。 やはり外洋に出ると思いもよらぬ事象に遭遇するものだ。
 ここで思い出して欲しい。 SONAの船は、通常の推進システムしか持っていなかった。 それでも、この磁気嵐に突入しただろう。 少なくとも、私ならそうSONA人に進言する。
 ただ、闇雲にと言う事じゃない。 どんなに荒れ狂う流れでも、どこかに澱み点がある筈だ、いわゆる無風地帯だ。 恐らく、彼等は、そこに向かって進路を取っただろう。

「良し。 ソラのアドバイスに従おう。 ジェミニ、探査限界までの範囲での澱み点を調べて呉れ。 確認でき次第、次の作戦会議だ」

隣接銀河を目指す2人の前に、巨大な磁気嵐が立ちはだかる。 この先に進むことは出来るのか!?
                              第8話 中編に続く

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