プロローグ

 アキラは、TERAを目指す探査船の展望デッキの窓から外を眺めていた。
 頭痛に苛まれながら、ボーっと考えていた。
「今回は危なかった・・・」

 話は2週間前に遡る。

 今回は、銀河系の辺境地域(実はTERAには比較的近いのだが)での探査だった。 2人は、今回のミッションについてワダの指示を聞いていた。

「アキラ、惑星TRTN調査はお疲れだったな。 銀河系初の海棲知的文明の発見だからな。 だが、正直に言ってそれよりも、惑星EDENに5,800万年も前に文明が存在していた事には驚いた。 更に、その惑星に知的植物が進化しただと。 しかも、意識だけをシステムに移植した男が5,800万年もの間、惑星BAZOの鉱物資源採掘をやり続けていたって言うのも脅威だ。 正に、事実は小説より奇なりだな」
 ワダは、目の前の二人の調査員が銀河連盟の常識を覆す発見を続々と成し遂げた事を本当に喜んでいた。 必然的に自身の評価も高まっている事を喜んでいた。

「ところでローム。 EDENの報告書に、探査機1基が墜落と記録されていたが・・・」
「はい、故障を見落としていた様です。 申し訳ありませんでした」
「いやいや、謝る様な事じゃ無い。 人間だって怪我も病気もする。 故障では仕方がないさ。 しかし、不思議なんだが、その故障して墜落した探査機からの通信が、極最近も届いているらしい・・・君達宛てに」 ワダは上目遣いで二人を睨み付けた。
「そ、それは・・・」 アキラはへらへらと卑屈な笑いを浮かべながら。 「不思議ですね・・・もしかしたら、軟着陸した探査機から自動発信でもされているのかな・・・」
「ふん! まあ良い。 銀河連盟 中央府には報告済みだ。 惑星EDENと惑星BAZOを銀河連盟加盟惑星として登録しておいた。 一応、代表者はディプロ氏と言う事にしてある。 今後も、適宜コンタクトを続けて呉れ」
「ボス!」 アキラとロームが嬉々として声を上げた。
「ボス! ありがとうございます!」
「ああ、これは君達の功績だ。 新たな知性とのコンタクトを成し遂げたのだからな」
「はい!」 二人は同時にワダに敬礼する様なポーズを取った。
「ボス、銀河系内にはまだまだ未知の事実が存在します。 この黒い物体の様に、数千万年も前に驚異的な宇宙船を造る科学技術が存在していたんです」
 アキラは、サンプルケースに収納された“黒い物体”を指差しながら力説した。

「まだ、他にも存在しているかも知れない。 一刻も早く調査を進めたい」 アキラは熱意を込めて訴えた。
「先日は、少しは休息したいと言っていませんでしたか?」 ロームが無表情で口を挟んだ。
「あれは・・・あの時の話さ。 今は元気だし、新たな調査に直ぐにでも行きたい気分だ」
「それは結構です。 しかし、私はこの黒い物体の調査を優先したいですね。 簡易分析では素材すら判明していません。 当然ですが、その機能も」
「ああ、確かに気にはなるが・・・それは専門の分析官に任せたら良いだろう?」
 ロームは明らかに不機嫌な表情で、アキラの問いに無言で答えていた。

「ごっ・・・ごほん。 それでは、本題に入ろう」 ワダが急に真面目な顔に戻った。
「はい!」 アキラとロームは、口を揃えて返事をした。

「アキラ、ローム、これを見て呉れ」
 会議テーブルに3Dのスキャン画像が現れた。
「これは、TERAから僅か102光年の距離にある恒星、その第4惑星NEDAの映像だ」
「え~っと。 ボス、確かこの惑星は既に探査済みじゃ無いですか。 そもそも、スキャン画像迄有るんだから当然か」
「アキラ、話の腰を折るな。 当然だが、既に調査局のファイルに、この星系及び全惑星の探査記録は揃っている。 因みに、この記録を作成したのは、他ならぬノブオ、お前の親父さんだ。 約40年前の駆け出しの頃の調査だがな」
「ボス、俺に親父の尻拭いでもさせたいんですか?」
「いやいや、この調査に問題が有った訳じゃ無い。 だが・・・この画像を見れば、興味が湧くんじゃないか?」

「アキラ、ここです。 良く見て下さい」 ロームが指さす所に、見覚えのある画像があった。
「そうだ、さすがローム。 いや、何ね、アキラのご両親を救助した一件で、ロームが入手した“未確認物体”のスキャンデータ・・・例の時間の進みが変わるって言う・・・に関して、調査局が保有する全惑星のスキャンデータを再確認させたのだ」
「全データ!」 アキラは大袈裟に両手を広げ驚いて見せた。
「ああ、だから今まで時間が掛かった。 調査局の分析AIをほぼ独占してやったんだがね」
「それで、この惑星がヒットしたと言う事ですね。 確かに、地殻の中に・・・あの物体よりもかなり小さい様ですが、同じ様にボヤケた画像が見えますね」 ロームも興味深々だった。
「その通り。 今回のミッションは、この惑星の調査だ」
「了解! ローム、行くぞ!」 アキラが席を立とうとすると・・・

「待て! アキラ、慌てるな。 お前の最大の欠点は、人の話を最後まで聞かないところだ」
「も、申し訳ありません」 アキラは改めて、椅子に腰を落とした。
「この惑星には、進化途上の知的文明が存在する。 分かっていると思うが、発展途上の知的文明との接触は、連盟憲章の第8条で厳しく制限されている」
「ボス、それじゃあ、どうしろって言うんですか?」

 ワダは、アキラとロームの目を睨み付け。
「いいか、連盟憲章が制限しているのは“発展途上の知的文明との積極的接触”だ、接触せずに極秘裏に調査するのだよ」
「えっ?」 二人とも声が出ない程驚いていた。
「極秘って! 具体的には、どうしろって言うんですか」 アキラがワダに食って掛かった。
「だから、具体的な計画はお前に任せる。 上手くやって呉れ。 TERAだって、過去に何度か非合法調査を受けていたんだ。 やれば出来る」
「本当にいい加減だな!」 アキラがロームの表情をちらりと確認すると、ロームも目を丸くしている様だった。
「今回は、シークレット・ミッションだ。 君たちは、希望通りに今日から当面“休暇”って事にしておく。 当然だが、報告書も必要ない。 但し、“成果なし”は許さん」
「分かりましたよ。 それでは、探査船をお借りします。 ローム、行くぞ」
「了解です」 ロームは、素早くアキラを追いかけた。 会議室からの出しな、ワダに向かってウインクした様に見えたのは、ワダの気のせいだったのかも知れない。

TERAへ

 2人は、探査船で惑星NEDAへと移動中だった。
「とんでも無いミッションですね」 ロームも呆れかえっていた。
「ああ、さて・・・作戦を立てる為にも、話をお浚いしよう」

 コントロールルームのテーブル上に3D画像が浮かび上がった。 目的地の恒星系の全体像が描き出されている。
「恒星は太陽並みですが、少し暗いですね。 赤外線が強い様です。 第4惑星は、地球型ですが公転周期822日、自転が88時間、目的地に指定されているポイントの現在の季節は冬ですね。 一日の半分以上は夜、気温は概ね5℃程度、重力は1.02Gですね」
「寒そうだな? 呼吸は可能か?」
「酸素濃度は22%です。 特段の装置は必要有りませんし、ウイルス・菌類も特に気にする必要はなさそうです」
「せめてもだな、助かるよ」

「しかし・・・かなり大きな問題が有ります。 目的地なんですが・・・」
 3D画像を大きく引き伸ばし、目標地点の画像を詳しく観察する。
「これは・・・すり鉢状の地形の地下、それに周辺は、何か建物の様な構造になってるな」
「その通りです。 ここは、彼らの神殿になっています。 その神殿の地下、20m程度に物体が有る筈です。 このすり鉢状の形状から推察されるのは、これがクレーターだと言う事です」
「やはり、例の物体同様に、ここに落下・衝突したって事だろうな」
「ええ、スケールは遥かに小さいですが、そう考えるのが妥当ですね。 それに、このデータでは、周辺の神殿と思われる建物の一角から、地下につながるトンネル状の通路も見えますので、彼らも物体の存在を知っている筈です」
「ご神体って訳かな。 だとすると、近付くのも至難の業だな」
「そうですね。 正攻法では乗り込めないですね」
「さて・・・どうしたもんかな」

「アキラ、もう一つの問題もあります。 彼らは、大きな二つの種族が争っている状況の様です。 正確には、二つの生物種、一つは哺乳類系、もう一つは爬虫類系です。 双方の知的文明レベルはほぼ同等であり、金属器を使い始めた段階です。 いずれも単独では温和な種族ですが、この神殿=聖地を巡って、数百年に亘って奪い合いを行って来た様です。 これは、前回の調査に於ける推測情報です。 恐らく・・・ですが、彼らが今の知的レベルに進化する以前から、この物体は存在していたのではないでしょうか」
「ますます怪しいな。 また、同じ問題だが“いつ誰が何の為に”だな。 仮に惑星EDENと同じタイミングだとすれば数千万年前って事になるな。 しかし、距離が離れすぎているよな。 まったく別の何かなのか・・・」
「それこそが、この調査の主目的です」

「ローム、まずはTERAに立ち寄ろう。 前回、この調査を行った本人に話を聞こう。 それと・・・俺の実家にも連れて行ってやるよ」
「それは光栄ですね。 TERAは、私の母の故郷です・・・是非、ご一緒させて下さい。 今回の調査は、ボスのご配慮かも知れませんね」
 アキラは、心なしかロームが浮き浮きしている様に感じていた。

 TERAまでの航行途中、探査船の修理で時間を取られたが、約12時間遅れでTERAへと到着した。

ロームに纏わる意外な事実

 TERAの衛星、月に建設されている入国管理局指定のポートに探査船を止め、入国審査を受ける。 審査官は、恐らく初めて見るであろうTONA人の入国に驚いている様だった。
 因みに、入局管理局の建物内は重力波技術に依り、1Gの重力にコントロールされている。
 審査を終えると、月の転送センターから地球の転送センターに転送される。

 月の転送ルームに入った。 本当は、特別な部屋に入る必要など無いのだが、この方がそれらしい・・・すべからくいずれの惑星でもこのやり方だ。 便利な機能には、見た目の重々しさも重要なのだ。
「嫌な気分だな」
「一瞬ですよ。 転送された事すら気付かない程です」
「それでも・・・嫌なものは嫌なんだ・・・まだかな」
「もう、地球に着いていますよ」

 正面のゲートが開くと、目の前に地上の風景が広がった。
 ここは、オーストラリア州。 目の前にエアーズロックが見えていた。
「これが・・・地球ですね」 ロームはいつもの無表情が嘘のように興奮していた。
「そうだ。 目の前に見えているのが、TERAの地上で最も大きな一枚岩と言われているエアーズロックだ。 そうだ、俺の実家に行こうと思っていたが・・・ローム、君のお母さんの親族がTERAに居るかも知れない。 少し、調べてみるか?」

 ロームは、暫し考え込み、意を決した様に答えた。
「アキラ、お願いします。 もし、お会い出来るのなら、お詫びがしたい」
「お詫びって、お前が悪い訳じゃないんだ。 それは、気にする様な事じゃ無いよ」
「分かっていますが・・・」
「兎に角、そこの端末で調べてみよう」

「お母さんのIDは覚えているか?」
「当然です」 ロームは素早くIDを入力した。
 顔写真を含む、履歴データが表示された。 その顔は、ロームにも増して、アキラの母親と似ていた。 履歴の最終行は“死亡”となっている。
「ああ、これだ、お母さんのご両親のIDが出て来た」
「お爺さんは・・・既に亡くなっているな。 40年前か、君が生まれる以前だな。 お婆さんは・・・やはり亡くなっている。 15年前、お会いするチャンスは有ったんだな」
 ロームは俯いたまま、顔を上げられなかった。
「あっ、済まない・・・単に、君が生まれた時には、お婆ちゃんは生きていたんだなって・・・」
「アキラ、大丈夫です。 少し、感傷的になっただけです」
「兎に角、済まなかった。 っと、ああ!」

「どうしました? アキラ」
「いや、君のお婆さんの、更に親族を確認したら・・・俺の婆ちゃんのIDが出て来た。 母さんの母親だよ。 君のお婆ちゃんは、この記録では・・・俺の婆ちゃんの妹って事だ」
「どう言う事でしょう」
「まあ、情報通りに理解するとだ、君と俺とは遠い親戚だよ。 また従弟妹ってやつだ。 俺の婆ちゃんの妹の娘が君のお母さんだ。 何てこったい!」
「銀河は・・・狭いですね」 ロームは照れたように呟いた。
「道理で・・・道理で、君が母さんと似た雰囲気な訳だ。 偶然じゃ無かったんだ」

ロームとアキラに遠い血縁関係が! TERAに到着した2人は、惑星NEDAの情報を得るため、アキラの実家へと向かう。
                            第6話 第2章へ続く

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