プロローグ
アキラとロームは、探査船の窓から連星の輝きを眺めていた。
銀河系内でもレアと言う程では無いが、重力系が複雑になるため、連星系に惑星が形成されるケースは少ない。 従い、生命を育んでいる事が確認された例は無く、いわんや知的生命は確認されていない。
「2つの恒星がお互いの周りを廻っている。 凄まじい光景ですね」
「ああ、ものによっては数分の公転周期で回転している連星も有るらしいが、この連星は比較的ゆっくり廻っている様だ。 まあ、連星自体は良く有るケースだし、ものによっては8連なんて言うのもあるしな」
「私は直接この目で見た事は無いですが、8連星って、さぞかし壮観な眺めでしょうね」
「そうだな。 一度は見に行ってみたいな」
「連星自体は普通に存在しますが、この連星は非常に特殊なケースです。 双方の恒星が全く同質量です。 通常は双方に質量差が有りますので、一方に呑み込まれ、中性子爆発で恒星としての一生を終えるのが普通の様ですが・・・この連星は安定していますね」
「そのせいなのか・・・この連星の周囲を2つの惑星が公転している。 通常は、複雑な重力作用の関係で、惑星が形成され難いと言われているが・・・因みに、2つの惑星はいずれも楕円軌道を描いている」
「今回のターゲットは第2惑星です。 現在は近地点に近付いている状況です」
3日前。 銀河連盟 中央府 調査局ステーションのいつもの会議室。 いつもの3人が集合していた。
「ローム、体調は大丈夫なのか?」
妊娠が発覚したロームに対し、ボスのワダが体調を気に掛けていた。 アキラの方をちらちら見ながら・・・
「ローム、君は極めて重要な身体なのだ、兎に角無理はしないで呉れよ」
「ボス、お気遣いありがとうございます。 アキラも一緒ですし、ご心配は無用です」
「だから気になるのだ。 アキラ! 分かっていると思うが、ロームはTONA人にとって未来を託された貴重な身体なのだ。 お前の子でなかったら、絶対にお前から引き離すのだが・・・」
「ボス! もう耳にタコですよ! 分かっています。 俺だってロームの事が心配ですし、安全には最大限配慮していますよ」
「耳にタコって・・・何ですか?」
「ああ・・・うんざりする位、聞き飽きたって言う意味さ。 ボス! 誓って申し上げます。 “大丈夫です”」
「ああ、頼むぞアキラ。 ところで・・・仕事の話なのだが。 今回のミッションは、惑星ORONの調査をお願いしたい」
「惑星ORON? 何か・・・また、違和感の有る惑星なのですか?」
「いや、そう言う訳じゃ無い。 実は、先日、連盟中学の修学旅行生を乗せた旅客船が妙な隕石を回収した。 まあ、まったくの偶然なのだが、旅行船のスラスターの一つに隕石が衝突して破損した。 偶々、隕石の一部が挟まって残っていたので、船長が気を利かせて中学生達に隕石の破片を渡したのだ。 宇宙へのロマンを掻き立てる、船長からの粋なプレゼントってとこだな」
「話が見えませんね」
「ああ、話はここからだ。 隕石を貰った中学生の中に、分析オタクが一人居て、早速隕石の成分分析を行った。 そうすると、隕石から微量のタンパク質成分が検出された。 そこで、その中学生は隕石の出所を船長に尋ねた。 答えに窮した船長は、それを調べるのも君達の勉強だ・・・とその場をやり過ごした。 しかし、事はそれでは終わらなかったのだ。 何とその中学生は調査局長の子供だったのだ」
「はあ~?」
「と言う事で、調査局長から呼び出された私は、私的にこの隕石の出所を調査する事を命じられたって訳だ。 観光船の航行経路と隕石との衝突タイミング、隕石の軌道等から惑星ORONが出所と推定された。 調査局のシステムを使えば、ここまでは直ぐだったよ。 問題はここからだ。 調査局の公式記録では、惑星ORONに一切の生命反応の記録は無かった」
「それで!?」
「ここからは私の指示だ。 アキラ、ローム、惑星ORONに行き、事の真偽を確認して来て欲しい。 ああ、因みに、調査局長から指示されている回答期限は3日後だ」
「え~っ! 後3日って! そもそも私的な調査なんでしょ! それに、今から直ぐ出ても、到着は3日後ですよ!」
「だから、グズグズしている暇は無いぞ! アキラ、これまで何度もお前の尻拭いはしてやった。 少し位の恩返しは、当然だろう」
「クソーっ! ローム、行くぞ!」
「了解です」
アキラとロームは会議室を出て、転送室へと駆け出した。
「頼むぞ~!」 ワダの声が遠くに聞こえていた。
惑星ORON
第2惑星ORONが探査船の眼下に見えていた。
「アキラ、惑星ORONの衛星軌道に乗せました」
「OK! それじゃ早速。 ジェミニ! 全球スキャンを頼む」
「アイアイサー」
ジェミニがスキャン作業を行う間、アキラとロームはミッションのお浚いをしていた。
「そもそも、この惑星の一部が隕石になるって事は、それこそ他の隕石が衝突して、この惑星の一部が弾き出されたって事になるよな?」
「ええ、それ以外には考えにくいですね。 噴火活動などは確認されていませんので。 でも、もし仮にそうならば、回収された隕石がこの惑星の一部なのか、或いは衝突した隕石の一部なのか、判別は困難だと思います」
「その通りだな。 実際に惑星に降りて、ボーリングした地殻データと照合する必要はあるな。 ところで、惑星ORONの環境は?」
「はい、惑星ORONは2連星の周囲を楕円軌道で公転しています。 公転周期は約400年です。 近地点での恒星とORONとの距離は、ほぼTERAと太陽の距離に近いですね。 遠地点では、太陽と土星の距離程度です」
「ORONの大気は?」
「公転する大半の期間、大気は全て液化もしくは固化しています。 恒星に近付くと、そのエネルギーで気化し、また離れていくと液化・固化していく・・・と言うサイクルを繰り返している様です。 因みに、大気成分を正確に計測したデータは有りません。 2,500年前の調査は遠地点、詰まり大気が全て固体化した状況で行われていた為です」
「水は?」
「ええ、存在している様です。 但し、水は真っ先に固化します。 地殻の表面、固化した窒素・酸素の下に存在する事は確認されています」
「今はどんな感じなのかな?」
「ええ・・・丁度スキャンが終わった様ですので、3D画像で確認しましょう」
「これが、2連星と惑星ORONの公転軌道を示しています。 今はここ、近地点に近付きつつあり、現時点は太陽と火星程度の距離になっています。 恐らく、この辺りから、近地点を超え、同じ様な距離まで・・・この期間だけ、水が液体で存在出来るものと思われます。 但し、公転速度は近地点程速くなりますので、公転周期約400年の内、95%は凍結した惑星です」
「すると20年程は地球の様な環境になって、その後380年氷の世界が続き、それが繰り返されるって訳だ」
「その通りです。 ただ、約20年の温暖な環境も、最初と最後の数年は驚異的な環境変化に晒される訳ですから・・・とても生命が育まれるとは思えませんが」
3D画像は惑星ORONの全球スキャン画像に切り替わった。
アキラが画像をゆっくりと回転させながら全体を確認する。
「偉く平坦だな」
「ええ、地殻にはそれなりに凹凸が有りますが、ほぼ全ての物質が凍る訳ですから、見掛け上表面は平坦になる訳です。 現在の惑星表面温度は氷点下230℃。 大気は全て固化していますが、僅かにでも気温が上昇すれば一気に昇華が始まります」
「成る程・・・あれっ、ここの辺りが妙にへこんでいる様だ。 しかも地殻が露出している様に見える」
「もしかすると、これが隕石衝突の名残かも知れませんね」
「良し、ここを確認に行こう。 ジェミニ、探査機の用意だ!」
「了解です」
地上へ
アキラとロームは探査機に乗り込み、隕石が衝突したと思われる地点を目指した。
上空10,000mからでも肉眼で分かる。 地表に引っ掻いた様な所が見える。
「アキラ、あれですね」
「ああ、降りてみよう」
「アキラ、地表は極めて低温です。 探査機からは出ない方が良いでしょう」
「了解。 今の大気の成分は?」
「極めて希薄ですがほぼ酸素です。 恒星のエネルギーを直接受ける地域で、既に昇華が始まっている様です。 地表の氷は表層が酸素、その下が窒素。 更に下層に氷が存在するものと思われます。 気圧が極めて低い状態で、氷点下220℃近傍で昇華が始まります。 酸素の気化で気圧が上昇すると、温度に応じてですが、窒素の昇華・液化と酸素の液化が同時多発的に発生します。 更に気温と気圧が上昇すれば、酸素・窒素が一斉に気化し始める。 しかも、今は温暖化に向かっています」
「つまり?」
「つまり、地表面の氷は、いつ溶けても可笑しくありません。 着地は危険です」
「了解! ホバリング状態で観察しよう。 それにしても、こりゃ間違い無く、隕石の衝突跡だな。 恐らく、気化した酸素が個体だった時はクレーター状だっただろうよ」
「恐らくそうでしょう。 それでは、地殻が露出している部分のサンプルを採取しますので、地表に近付いて下さい」
「了解。 地表面5mまで近づく」
地表に近付き、ロボットアームとドリルを使い、地殻のサンプルを採取した。
「アキラ、採取出来ました」
「OK、それじゃ探査船のラボで、例の隕石と成分が一致するか確認しよう・・・うん? ああっ! ローム! 来てくれ」
ロームと共に探査機の窓から窒素の氷を覗き込む。
「ほら、あれ」
「ああっ、あれは・・・生物でしょうか? クラゲの様ですね」
「ああ、正に軟体生物の様に見える・・・恐ろしく巨大だがな」
探査機の窓から窒素の氷の奥深く、氷漬けになっている黒っぽい体表の物体が見えていた。 差し渡し全長50m程だろうか。
「兎に角、急いでスキャンしてみて呉れ。 流石に降りられないから、非接触でも仕方ない」
「了解。 しかし、何故、過去の調査で確認されなかったのでしょうか?」 ロームはコンソールを操作し、スキャンを開始した。
「今は恒星光のお陰で、肉眼で見えている。 遠地点では、まず見えなかっただろう。 それに、もし骨とかが無ければ、地殻スキャンしても超音波が透過してしまうだろう」
「アキラ! OKです」
「良し、少し高度を上げる」
探査機は、徐々に高度を上げると目視可能な視野が広がった。
「驚いたな」
「ええ」
窒素の氷には、驚くほど多くの巨大な生物の氷漬けが眠っていた。
「降りる時には、クレーターにばかり注意していたからな・・・気付かなかった」
「そうですね・・・アキラ、スキャンデータを見てみましょう」
探査機の会議テーブル上に生物の3D画像が描かれた。
「上から見た感じはクラゲの様でしたが、こうやって全体を見るとエイの様に見えますね」
「そうだな、やはり骨格は見られない。 陸上生活に適しているとは思えないな。 腹部に数本の触手が伸びているな」
「アキラ、これは・・・別の生物の様です。 拡大します」
「本当だ! それぞれに口や目が付いている様だ・・・これも骨格は無い様だが、コバンザメの様にこの大型の生物にへばり付いているって事か」
「恐らく、この大型生物に寄生しているか、或いは大型生物に寄り添う事で他の生物から身を守って居るのかも知れませんね」
「さっきの地殻サンプルの成分分析を急ごう。 この探査機の簡易分析で、後はジェミニに比較して貰おう」
「了解です。 簡易分析データを探査船に転送します。 ジェミニ、比較をお願い」
「データを頂きました。 99.9998%の精度で隕石サンプルと同一です。 この惑星地殻サンプルからも未知のタンパク質成分が検出されています」
「驚いたな。 こんな過酷な環境の惑星で生命が進化したとは」
「ええ、脅威です。 御覧のように、公転期間の95%は氷漬けの世界なのに・・・生命は逞しいですね。 恐らく、この惑星の年齢は60~70億年程度。 実質的には、惑星が形成されて液体が存在する環境で僅か2~3億年程度で、ここまでの生命が進化した事になります。 正に脅威です」
「良し、ボスに直ぐに報告しよう。 首を長くして待っているだろうからな。 ジェミニ、レポートを作成して、急いで送って呉れ」
「アイアイサー」
部長からの無茶振りで惑星ORONを調査する2人。 大半の期間、氷漬けの世界で生命の存在を確認にし、部長へと報告した。 宇宙調査員物語 第10話 後編に続く