現在 惑星上

 初日の調査を終え、二人は探査機に戻っていた。

「惑星の1日が長いので、慣れるまで調子が狂いますね」
「確かにな。 当面は、我々は24時間周期で活動しよう。 ところで、惑星TONAの1日は何時間なんだ?」
「以前は28.67時間だったそうですが、今は24時間です。 24時間で結構ですよ。 偶然ですが、TERAの1日と一致しています。 TERAは、色々な意味で恵まれていますね」
「確かに、そうだな。 それじゃ、今から12時間後に調査再開としよう。 それまでは自由時間だ、十分に休んでくれ」
「アキラ、睡眠を取る前に、一度状況を整理してみませんか。 探査船では通信内容の解析に没頭してしまい、発生源の位置を特定するに止まってしまいました。 それに・・・」
「それに?」


「アキラとも議論したいですし、一緒に仕事をする相棒の事も、もう少し知っておきたいと思います」
「ああ、構わないよ。 ただ、先に言っておこう。 俺は役に立たないやつとは組みたくない。 お前の前に16人と組んだが、皆一回きりだった。 お前は・・・お前は、これまでで一番優秀だと思っているよ」 アキラは、僅かにロームから視線をずらしていた。
「ありがとうございます。 最大限の誉め言葉ですね。 ボスのワダに言われました。 アキラは、集団行動を取るのは苦手だが、調査員としては極めて優秀だと」
「ありがとうよ。 それも、最大限の誉め言葉として受け取っとくよ」
「私ではなく、ワダの言葉です。 お礼は、ワダに言うべきですね」

 ロームは、ちょっと眉間に皺を寄せ、言おうか言うまいか悩んでいる様に見えた。
「どうした? 何か俺に聞きたい事でも有るんじゃないのか?」
 ロームは決断した様に口を開いた。
「ええ、アキラ。 一つ教えて下さい。 私を初めて見た時、少し驚いた様な表情でしたね。 TERA人の特徴的な挙動でしたし・・・理由を教えて頂きたい」
「えっ・・・」 明らかにアキラは狼狽えていた。 「いや、そうだったかな・・・」 顔が少し紅潮している。
「ええ、今も明らかに狼狽えていますね」
「厳しいな。 ああ、その通りだ・・・お前の、いや、君の顔の印象が、母親に似ている様に見えたんだ。 ちょっと恥ずかしいが・・・今もそう思っている」
「そうだったのですか。 だとすると、ボスもそう思っていたかも知れませんね」
「ああ、実はあの時、ボスの様子も確認したが・・・俺がそう感じると思っていた様だったな」
「そうですか。 確かに、私がボスに呼ばれて、初めてお会いした時も・・・アキラ、貴方と同じ様な反応を示していました。 まあ、私にもTERA人のDNAが半分混じっていますから、まったくの偶然と言う訳でも無いかも知れませんね」

「お前は、見るからに優男系だし・・・女性的な印象を感じたのは、ちょっと恥ずかしいけどな」
「“優男”と言う表現は、今の私には不適切ですね。 私はTONA人です。 今は、まだ幼体であり、性別はありません」
「何? 幼体? 性別が無い?」
「ええ。 ご存じなかったのですか? TONA人は生まれた段階では性別はありません。 逆に言えば、誰もがどちらにも成り得るのです。 通常・・・個人差は有りますが、20歳から40歳の間に性分化します。 私は、30歳ですが、まだ幼体です」
「そ、そう言う事だったのかよ。 ところで、性分化って、体も変化するのか?」
「その通りです。 幼体には、どちらの性にも成れるように、両性の器官が未熟なままで残されています。 性分化の段階で、どちらかの器官が発達し、不要な器官は消滅します」
「消滅って・・・性分化には、どの位の時間が掛かるんだ?」
「それも個人差が有りますが、2週間から4週間といったところです。 ああ、この件に関しては、これ以上の質問にはお答え出来ません。 一種のタブーになっています」
「タブー。 わ、分かった。 この話は、これで止めにしよう・・・いや、一つだけ。 性分化はどんな切っ掛けで起きるんだい?」
「お答えできません」
「ヒントだけで良いよ」
「“環境”とだけ言っておきます。 以上です」
「わ、分かった」

「ところで、少し仕事の話に戻ろう」
「そうですね。 それでは、通信波の分析についてご説明しましょう。 2週間前の通信波は、複数の輸送船で同時期に受信していました。 通常の通信波であり・・・恐らく、偶々輸送船の定期ルートに通信波が到達したものと推定されます。 内容は何れも同じですが、意味不明なものでした。 ただ、複数の輸送船の受信時の位置データと、各受信データの発信方向は分かっていましたので、直ぐに発信源が特定出来ました。 中央府調査局の解析員は、通信の内容解析に注意が行き過ぎていて、発信源をアバウトにしか解析していなかったと言う事です。 ああ、それと・・・20年前当時に、この通信波を受信しようとすれば、電波の移動速度を考えれば、発信源の星系にまで近づいてないと受信出来なかったのは明らかです。 ボス達は半径数千光年の範囲を捜査したと言っていましたね・・・受信出来なかったのは当然かも知れませんね」
「いい加減だな。 そもそもボスも適当にしか目的地を指示してねえし。 大体、銀河マップで“ここだ!”って言われても、指先の範囲に何千と言う恒星が有るんだから。 超~いい加減ってやつだ」

「まあまあ。 発信源は直ぐに分かりましたが、やはり通信波の内容が解析出来ていません」
「何か特徴は?」
「そうですね・・・音に例えるなら、一定の音程が続き、一定の間が開き、極端に長い音程が続き、また一定の間が開き・・・と言う感じですね。 意味が有るとは思えませんが、自然現象的なものでなく人為的なものである事は疑い様もありません」
「それが、いつまでも続くのか? 繰り返しか?」

「繰り返し? え、ええ。 先程も申し上げました様に、この惑星の自転周期とほぼ同じ周期で電波強度が振動しています」
「いや、そう言う意味じゃ無い。 通信の内容には周期性が有るのか? って言う質問さ」
「ああ、その様な視点では解析していませんでしたね。 一応、ジェミニが連盟加盟文明の全ての言語・方言と比較して呉れましたが・・・ちょっと確認してみます」

 ロームがコントロールシステムを操り、暫くして、顔色を変えた。
「た、確かに。 極めて長周期ですが、繰り返しになっていますね」
「そうか。 1周期分のデータを、もう一度、全てのアルゴリズムで解析してみてくれ。 どの程度の時間が必要だ?」
「1~2時間程度です」
「そうか、それじゃ、その間にシャワーでも浴びてから食事にしよう」
「了解です」

 アキラは、シャワーを浴びながらロームの事を考えていた。 解析要員として有能、それ以上に自分を引き付けるものが有る。 母に似ている・・・と言う様な事ではない、何かが。
 シャワーを終え、室内着に着替え解析室に戻ると、そこには既にロームが戻っていた。 ロームは、すでに食事の用意をして呉れている様だった。

「アキラ、食事の用意は出来ています。 召し上がって下さい。 確か、TERA人は肉食がお好みでしたね。 私は草食ですので、別メニューにしました。 因みに、解析の進捗は42%、後小一時間は掛かります」
「ありがとう。 頂くとしよう。 ああ、そうだ、TERA産のワインが有るが飲まないか?」
「ありがとうございます。 頂きます。 しかし、勤務中の飲酒は規約違反になりませんか?」
「誰がチェックに来るって言うんだい? そもそも、酔う程は飲まないよ」
「分かりました。 それでは念の為、記録から抹消しましよう」 ロームがコントロールシステムを操作すると、機内のカメラが停止した。
「有能だな」
「痛み入ります」

「ローム、TONA人は絶滅危惧種族だと聞いている。 いったい何が有ったって言うんだ? それに、君はTERA人との混血だと聞いた。 TONA人に会うのも初めてだったが、更にTERA人との混血って言うのは驚きだったよ」
「アキラ、TONAの歴史をお話ししましょうか?」
「ああ、是非頼むよ」 アキラは、ステーキを頬張りながら答えた。
 ロームは、食事を摂りながら、時にワインで喉を潤し、滔々とTONAの歴史を語り始めた。

TONAの歴史

「TONAは、2つの衛星を従え、312日で公転し、28時間強で自転していました。 2つの衛星の影響で、荒天になる事の多い惑星でした。 また、惑星TONAの生物は、総じて長寿でした。
 ですが、衛星の潮汐力などが災いし、マントルの動きと呼応して地殻のプレート変動の大きい惑星だったのです。 2億年程前に、大陸同士の衝突・マントルの噴出・急激な気象変動が重なり、陸棲生物に大打撃を与えたのです。 急激な気象変動により生物全体の絶対数が減少した結果、食物連鎖の頂点に君臨していた肉食生物が絶滅してしまいました。
 僅かに残った草食動物も、やはり絶滅の危機に瀕していた。 TONAの生物は、長寿命が故に多産では無かったのです。 余りに個体数が減少した場合、性別に偏りが生じる事で、繁殖の機会を失うケースが起こってしまいます」

「良く、絶滅しなかったな?」

「ええ・・・その時期、奇跡的な進化が起こったのです。 もともと、魚類や両生類には見られる様に、一個体で性別が変化すると言う機能です。 さすがに、陸生生物、特に哺乳類に於いては雄・雌を何度も変化させる事は出来なかった様ですが、性未分化のまま生まれ、集団の雄雌比率により性分化が行われる種が発生したのです。 TONA人の遠い祖先でした」

「それが、知的文明を得た今でも遺伝していると・・・」

「ええ、その通りです。 その後の進化は、地球のそれと大差は無いでしょう。 幾度かの氷期を耐え忍ぶ中、数百万年前に生活環境の変化に応じて二足歩行を獲得し、大きな脳を発達させていきました。
 火を使う事を獲得すると共に、穀物の栽培に成功した事が大きかったと思います。
 TONAの陸生生物は、一部の爬虫類や両生類を除いて殆どが草食です。 外敵が少なかった事に起因して、一様に温和な性格をしています。 TONA人も同様であり、その文明発達の歴史には、ほぼ戦争と言う悲劇が存在しませんでした。 それでも高度な文明が発達したのは、自惑星の厳しい環境への対抗と、類稀な長寿と知的好奇心旺盛と言う特質が奏功したものだと思われます。
 歴史が記録に残る・・・と言う意味では、地球に比して極めて早くに言語・文字・記録技術が成熟した様です。 その為、文明黎明期の期間は地球より遥かに永く記録が残っています。 
 文明を得て以降の科学技術の発達は急速でした。 2万年程前に、カームと言う名の指導者が生まれ、民を導き、国を成しました。 カーム亡き後も、その子孫達が指導者となり、高度な文明を得るに至ったと語り継がれています。 成熟した文明を得たTONA人は、やがて惑星内の全てを探査し、次なる目的地である二つの衛星へと向かいました。 発達した文明の前には、衛星への到達は大きな試練では有りませんでした。
 TONA歴14,922年に、衛星への有人着陸を成功させ、やがて自恒星系の近隣惑星への探査を終えると、二つの大きなミッションを計画したのです。
 その一つは、長年TONAを苦しめて来た衛星重力の呪縛からの解放。 そしてもう一つは“宇宙に存在する生命は我々だけなのか?”に対する解を得る事でした。
 その後の数百年間、重力コントロールに関する研究を進め、ついに二つの衛星の内、一つを惑星TONAの重力圏から離脱させる事に成功した。 これにより、惑星TONAは二つの衛星による複雑な潮汐力の呪縛から解き放たれ、悩まされ続けた荒天を平定させる事に成功したのです。 衛星が一つになった事で、自転周期が変化し、1日が24時間となりました」

「時点周期を変えたって言うのか! それが偶々、TERAの自転周期と一致していたって訳か」

「確かに、単なる偶然とも思えない程ですね。 話を続けますね・・・同時期、約28光年離れた恒星の第3惑星と推定される位置から、明らかな知的文明と思われる通信を受信したのです。 数百年間続けられていた、惑星外知的生命探査計画の極めて大きな前進でした。 その後、地道な相互交信により、両者が共に平和的なコンタクトを求めているとの確信を得ました。
 運も味方しました。 重力コントロールの研究成果として、重力波を利用した星間航行推進技術が実用段階に達していたのです。 約28光年の往復航行に凡そ20年と見積られ、初めての有人恒星間探査が実行された。 長寿命も味方したのは言うまでも有りません。 人生を掛けての片道切符では、倫理的にも実行する事は出来なかったのですから。
 TONA歴15,856年、銀河の歴史的快挙を達成しました。 二つの知的文明が、有人のファーストコンタクトを成功させたのです。
 この時点でのTONA人は、まだ種族として若かった。 この宇宙には、まだまだ未知の知的文明や未知の事象が存在する。 志有るTONA人は、重力波航行船を駆って一斉に宇宙探査へと進出しました。 WAKOとの知識融合により、重力波推進法の進化形として早々にワープ航法が開発され、劇的に探査範囲を広げる事が出来たのです。 その後の5千年間で、50以上もの高度知的文明とのコンタクトを成功させ、進化過程にある惑星の調査、様々な事象の調査を行ってきました」

 ロームが一息吐くと、アキラが口を挟んだ。
「今までの経緯からは、TONA人が絶滅危惧種って感じがしないな?」
「そのお話は、これからです」
「あっ、ああ、そうか。 悪かった、続けて呉れ」

「正に宇宙はフロンティアでした。 TONA人の知的好奇心を充分に満足させて呉れた。 しかし、隣銀河の探索には乗り出しませんでした。 無人或いは有人の探査に数回失敗した事で、以降の隣銀河探索を断念したのです。 自らの銀河と言う島の事を知るだけで満足してしまったのかも知れません。
 その様な中、銀河中に拡散していたTONA人は、2,000年程前から徐々にTONAに戻り始めました。 TONA人以外と混血し、他の惑星や宇宙に根を生やした者も居ない訳ではありませんでしたが、大半はTONAに戻って来たのです。 正確な原因は、今でも分かっていません。
 1,000年程前からTONA人の出生率が減少し始めました。 その後も出生率の減少は続き、この30年間では新たなTONA人は生まれていません。
 30年前にTONAで出生した唯一人が私です。 私の母親はTERA人であり、TONAの出生率激減を調査する為に調査局から派遣されていた調査員でした。 TONAの政府要人だった父と知り合い、私を身籠ったのです。
 父は、何としてもTONA人を絶滅から救いたかったのだと思います。 図らずも、母と交わり、妊娠の成果を得た事で、望みは繋がったかに思えました。
 母の調査の結果は悲劇的なものでした。 TONA人の女性が全て妊娠の機能を失っていたのです。 男性には生殖能力はあるが、女性の生殖能力が何故失われたのか? TONAの生物進化の過程に於ける、他の絶滅種の淘汰の歴史から、大規模な環境変化以外を理由とするどの絶滅種も同様の経過を辿った事が推察されていたのです。 TONAの生物固有の“何か”が原因と推定されましたが、当時のTONAの指導者は科学的・医学的なアプローチは倫理的にタブーとし、抗う事を諦めてしまった。 自然の摂理に逆らってはならないと言う倫理観です。
 母は、私を出産する直前に命を失いました。 死因は多臓器不全であったと聞かされています。 私を身籠った事による、循環器系の異常が原因であったと。
 過去にTONA人とTERA人の混血は例が無く、この様な事態は予見されていた様ですが、母の強い意志で出産に至ったと・・・。
 私は、TONA人としての教育を受けて育ちました。 連盟の調査局勤務を望んだのは、母の血を継いでいた事が大きな理由です。 私は“生まれて来るべき者だったのか?”いつも自分に問いかけ、その答えを探しています」

 ロームは話し終えると、アキラの目を見詰めていた。
「これが・・・TONAの歴史と、私の生い立ちです」
「あ、ああ、ありがとう・・・」 アキラはロームに見据えられ、壮絶な生い立ちにも圧倒されて言葉が出なかった。

 その時、コントロールシステムのジェミニから解析完了の通知が来た。
「おっと、終わった様だな」 飲み掛けのワイングラスを置き、コントロールルームに向かった。
「う~ん。 該当する様な言語は・・・やはり無かったですね。 周期性に気付き、僅かにでも情報が得られると思ったのですが」
「う~む、仕方ない。 一旦終わりにしよう。 ローム、お疲れ様だった。 今日のところは終わりにして、今から8時間後に、ここに集合だ。 お休み」
「分かりました。 お休みなさい」

 アキラは、船室に入りベッドに倒れ込んだ。 アキラは、ロームの生い立ちを聞き、驚きを隠せなかった。
「これから自分にどんな変化が起きるかも分からないんじゃ無いのか? なにせ、初めてのハイブリッドなのだから」 徐々に眠気に襲われながら、ロームの事を思っていた。
 そして、明日の作業の事を考えた。 まず、スキャンデータを良く見てみよう。 それにしても、あの通信の意味は何なんだ・・・音に例えれば・・・そう言えばロームの説明は判り易い・・・眠くなってきた・・・父さん・母さん・・・

 調査を進めながらも、中々糸口が見出せない2人。 次回、新たな事実が確認され、調査はターニングポイントを迎える。
                                第3章に続く

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