惑星上 調査2日目

 アキラは大きな揺れで目が覚めた。 目覚ましのセット時刻より30分程早かった。 すぐさま着替え、コントロールルームへと向かった。
 既にロームがコントロールシステムの記録を確認していた。

「地震ですね。 震源地は約3,000㎞離れていますが、マグニチュード9程度です。 恐らく、現地では断層のズレが起きているでしょう。 恐らくは、山の崩落も」
「この辺じゃなくて良かったな。 そう言えば、昨日のスキャンデータを見たいんだが」
「分かりました」

 テーブル上に、半径100㎞の3D画像が現れた。
「これを見ると・・・この辺りも最近、何度か地震を経験している様だな」
「確かに、その様ですね。 着陸前に周辺を確認した際も、山の崩落が発生しているのが散見されましたからね」
「う~む、タイミングが悪かったのか・・・これが通常の挙動なのか? だがな」
「少なくとも、このスキャンデータでは、人工的な構造物は一切見られません・・・ああ、報告したい事が一点・・・」
「うん? ああ・・・そうだ、話は変わるんだが・・・昨日の通信データの件なんだが、君は“音に例えたら”と説明して呉れたね」
「ええ、その方が分かり易いと思ったものですから」
「そこだ。 実際に通信の1周期を音声データとして聞かせて呉れないか」
「? ええ、構いませんが。 早速、出力しますが・・・1周期で約50分掛ります。 時間節約の為に10倍速で再生しますね」

「——————                ——————-               ———————                ———————————————————————————                    ——————————————————————————                        ——————————————————————————                 ———————               ——————-                     ——————-」

 5分間聞き込んでいたアキラは、業を煮やしたように呟いた。
「流石に何とも言えんな・・・少し、いや100倍速で再生して呉れ」
「はい」

「—-  —-  —-  ———-  ———-  ———-  —-  —-  —-」

「んっ!」
「何か分かったのですか?」
「1000倍速で」
「はい」

「・・・― ― ―・・・」

「これは! モールス信号だ!」
「モールス信号?」
「そうだ。 TERAの古い通信手段だよ・・・この通信の意味は“SOS”、つまり救助信号だ」
「ここは、TERAとは銀河の反対側です。 偶然では無いですか」
「いや、こんな偶然あるかい。 考えられるのは唯一つ、俺の両親が発信した救助信号だとしか考えられない」

「分かりました。 仮にアキラの推測通りに救助信号だとして、何故、これ程間延びした通信になっているのでしょう?」
「それは分からない。 しかし、20年前にこの惑星から発信された救助信号だとすれば・・・信号の間延びがドップラー効果の様な現象によるものなのか?・・・ちょっと考えにくいが」
「そうですね、この惑星自体がそれ程高速で移動する筈も無いですからね。 ああ、報告が一点あります。 何らかの理由で、この惑星の自転は僅かずつ遅くなっています。 即ち、発信源はこの惑星上で、場所は大きく異なっていました。 ジェミニに再計算して貰っています。
  直ぐに答えは出ます・・・あっ、この惑星の裏側ですね。 5万㎞程の移動が必要です」

「おいおい、それを早く言って呉れよ」
「申し上げようとした時に、アキラから話を変えられたのです」 ロームは、珍しく剥れた様な顔つきをした。 ちょっとキュートに見えた。
「わ、分かった。 悪かった。 直ぐに移動しよう」

 探査機のアンカーを外し、直ぐに離陸した。 惑星の裏側までは、移動に数時間掛かる。
 移動中に大陸の様子を眺めると、先程まで居た大陸の各地で地震が多発している様だった。 一部には、噴火している活火山の様子も伺えた。

「それにしても、何故、アキラのご両親は、その様な原始的な通信方法を使ったのでしょうか」
「それは・・・分からないが、探査船の機能を失って、手に入る材料で可能な通信方法だった、と言う事だとは思う。 想像の域を出ないが、親父達が最善を尽くした結果があの通信だったのだと信じたい。 俺達はそれに気づき、発信源に近付きつつある筈だ」

痕跡の発見

「アキラ、もう直ぐ目的地点です」
 地上の環境は、先程の大陸と異なり、草と低木に覆われた草原地帯の様だった。
「あれは!」
 巨大なクレーターが見える。 大きい、直径は差し渡し40㎞。 相当に風化しているが、明らかにクレーターだと分かる。 カルデラと見紛うようだ。
「かなり古いクレーターですね。 大まかなスキャンデータと地下100mまでの地殻データを取ります。 あ、あの平地が着陸には適している様です。 着地しましょう」
「了解!」 クレーターの外縁部、周囲数㎞の範囲でなだらかな平地に着陸船を降ろした。

「ちょっと驚きですね。 発信源を辿って来たら、巨大なクレーター。 単なる偶然とは思えませんね」
「ああ、恐らく偶然では無いだろう。 と言う事は、細心の注意が必要だ。 親父達もここに来たに違いない。 何が起こって遭難に至ったのか? 何時でも飛び立てる様に、探査機はスタンバイにしたままにしよう」
「ええ、それが良いでしょう。 静止軌道上の探査船も、この上空に移動しておきます」
「分かった。 それより、スキャンを始めて呉れ」
「既に始めています。 終わるまで4時間程度は掛かりますが・・・周辺の探査を行いますか? もう直ぐ、この辺りは夜になるので、そう長時間は出歩けませんが」
「ああ、少し周りを調査してみよう。 ビークルを降ろして呉れ」
「了解です」

 二人でビークルに乗り込み、目視での観察を開始した。
「4基のドローンを飛ばしています」 ドローンによって、ビークルの周辺半径10㎞程度の地表面情報が手に取る様に分かる。
「うん・・・この反応は?」
「明らかに人工物ですね。 ボックスの様に見えますが・・・大きさは1mキューブ程度ですね」
「向かおう」

 5km程移動した所にボックスを発見した。
「やはり、調査局の収納ボックスだ。 かなり風化している・・・親父達の備品だったと考えるのが妥当だな」
「初めて、物理的な手掛かりが得られましたね。 しかし、20年と言う月日を考えると、このボックスの風化具合からしても・・・この場に現在も居るとは考えにくいですね」
「余りはっきり言わないで呉れよ。 一応、一縷の望みは持っているんだ」
「も、申し訳有りません。 観察状況からの推測を申し上げただけで・・・配慮が足りませんでした」
「いや、良いんだよ。 君の言う通り、事実の観測と客観的な推測が大事だ。 調査局員としては合格だよ」
「・・・」 ロームは、少し反省している様に俯いていた。

 ボックスを回収し、ビークル内の簡易年代測定装置で確認したが、やはり約20年前の物と判明した。 ボックスNoは、アキラの両親が使用していた探査船の物である事も確認された。

 二人は、探査機に戻っていた。
「あのボックス以外には痕跡が見つからなかったですね」
「ああ、だが親父達がこの惑星に着陸した事は事実である事が確認出来た。 モールス信号発信の事実と関連付ければ・・・二人が着陸後、何らかの事故に遭遇し、救助を求める信号を発信した。 事故の内容は分からないが、重力波通信設備を使う事が出来なかった。 と言う事になる」
「ええ、まだ大きな疑問が残っています。 “何故、信号にドップラー効果の様な現象が起きたのか?”です。 この惑星が、何らかの理由で高速で遠ざかった・・・とは、流石に考えられません」
「ああ、しかし“事実は小説より奇なり”って言うTERAの日本州の古い諺もある」
「どう言う意味ですか?」
「文字通りさ。 思っても居なかった様な事が、実際に起こっている事だってあるって意味だ」
「非論理的で矛盾した言葉ですね・・・まあ、現在の知識で理解出来ない事が有り得る、と言う点には同意します」
「ふんっ。 ああ、ところで、スキャンデータは撮れたかな」
「ええ、確認しましょう」

 コントロールルーム後方のテーブル上に、巨大クレーターと、その下の地殻データが3D表示された。
「見るからに隕石落下によるクレーターですね。 この着陸船直下のボーリングデータから推測される隕石衝突は凡そ7千万年前。 この衝突は、この惑星の環境や生態系に大きな影響を与えたでしょう。 陸生生物が確認されない事とも関連しているかも知れません」
「確かにな。 TERAでも何度かの隕石衝突を受け、その都度、生命の大絶滅を経験しき。 もし、それが無かったら、TERA人は爬虫類や恐竜型だったかも知れないぜ」 アキラは、無邪気な笑顔を見せながら舌をペロペロ出し、ロームをからかう様にウインクして見せた。
「そうですね、どの惑星もほぼ一様に、魚類から哺乳類までの進化を示していますが、稀に爬虫類型の知的文明も存在します。 単に“運”だったのかも知れませんね」 極めて無感情にロームは意見を述べた。

 改めて地殻の3Dデータを見ると、クレーターの中心部分の地殻データがぼやけて見える。
「ローム、どう言う事だ?」
「分かりません。 地殻調査の超音波エコーが上手く得られなかった様です。 考えられる原因は・・・超音波を吸収する様な物体が存在する・・・と言う事になりますが、隕石だと仮定すると、ちょっと考えられない現象です。 その周辺の地殻層は綺麗に表示されていますし。 事実は小説より奇なり、でしょうか?」 ロームは、僅かにほほ笑んだ。
「驚いたな・・・笑えるのか? TONA人は、笑わない種族だと思っていたよ」
「一応、50%はTERA人です」 また、いつもの無表情なロームに戻っていた。
「そっ、そう、だよな」

「ローム、クレーターの中心付近の3Dデータを拡大して呉れ」
「はい」 ロームは3D画像をピンチし、画像を拡大していく。 徐々に拡大し、数百m範囲にまで拡大した所でアキラが叫んだ。
「ビークルだ! ほら、これ」
「間違い無いですね。 それに、ここ、数メートル先に洞窟状の開口部が有る様です。 恐らくは、この中も調査していますね」
「やはり“超音波を吸収する何らかの物体”と無関係じゃ無いな。 良し、今から見に行こう」
「アキラ、待って下さい。 もう既に夜になっています。 行動は慎重に行いましょう」
「そ、そうだな。 何が有るか分らんし・・・命は粗末にするものじゃ無いからな」
「その通りです」 また、ロームが僅かにほほ笑んだ。
 アキラは、何故かロームの目を直視出来なかった。

「ただ、気になる事もあります」
「なにが?」
「昨日の着陸地点にセンサーを残してきたのですが、かなりの地震動と二酸化炭素の上昇が見られます。 火山活動も活発になりつつ有るのかも知れません」
「困ったな。 余り長居出来ないかも知れないな」
「その通りです。 私は、もう少し確認したい事が有りますので、分析を継続します。 アキラはお休み下さい」
「ああ、済まないな。 今日は少し疲れた。 悪いが先に休ませて貰うよ」
「どうそ、お気になさらずに。 TONA人の方がTERA人より睡眠時間は短くて済みます。 これは、種族による違いですので、気にする事では有りません」
「分かった。 それじゃ済まない」

 船室に戻ったアキラは、ベッドに倒れ込んだ。
 子供の頃、最後に会った両親の面影が脳裏に浮かんでくる。 瞬間、ロームの笑顔を思い出した。 激しく顔を振り、両手で顔を拭う。 うとうととしている間に、シャワーも浴びずに眠りに入ってしまった。

惑星上 調査3日目

 アキラは、アラームの音で目を覚ました。 窓のシャッターを開け、外を覗くと、既に周辺は明るくなっていた。 昨日、シャワーも浴びずに寝てしまった事を思い出し、急いでシャワーを浴びた。

 コントロールルームに行くと、既にロームは何がしか分析を行っていた。
「ああ、アキラ。 お早うございます」
「お早う。 ローム、寝なかったのか?」
「いいえ、充分に睡眠は取りました。 大丈夫ですので、ご心配には及びません」
「そうか・・・それで、何か分かったのか?」

「ええ、悪いニュースと、もっと悪いニュースが有ります。 どちらを先にご報告しましょうか?」
「う~ん、それじゃあ・・・まだましなニュースから聞かせて呉れ」
「はい。 悪いニュースは・・・この惑星はもう直ぐ強烈な地殻変動に見舞われます。 起点は、昨日の着陸地点方面ですが、こちらの半球も大きな影響を受けます。 概算ですが、10日から20日後には、無視出来ない影響が出ます。 少なくとも、成層圏内は火山灰で覆われるでしょう。 恐らく、原因は約7千万年前の隕石衝突を起点とする、マントルのスーパープルームが逆半球側に向かった事です」
「何てこった。 それじゃ、直ぐにでも逃げ出した方が良いな。 早く、クレーターの中心点を調査に行く」 アキラが今にも飛び出しそうにロームを促した。

「待って下さい、アキラ」
「何なんだ!」
「もっと悪いニュースです。 クレーターの中心付近で地殻が超音波のエコーを返さなかった原因ですが・・・時間の進みが遅くなっている為と推定されます」
「なっ、何だって?」
「原因は分かりません。 昨夜、あれからドローンによる中心点の調査を行いました。 やはり、中心点に向かう程、時間の進みが遅い事が確認されました。 中心からの距離の二乗に反比例しています。 つまり、中心に近づく程、時間の進みが遅い」
「そんな・・・バカな」 アキラは絶句した。
「もし、中心が特異点、即ち時間の止まった状態と仮定すると・・・ここで、モールス信号が約1000倍に間延びしていた事を結び付けると・・・あの洞窟の直下、恐らくは50m程中心に近づいた辺りで発信されたと考えれば、辻褄が合います」
「も、もし、親父達がその場に留まっていたとすれば・・・」
「そうです、20年の1000分の1、恐らくは1週間程度にしか体感していない可能性が有ります」
「良し、分かった。 直ぐにでも調査を・・・」

「問題が有ります!」 ロームは毅然とアキラに向かって言った。
「いいですか、アキラ。 もし、1時間そこに留まっただけで、地上では40日が経過するのです。 先程も申し上げた様に、10日後には地殻変動が本格化する可能性があります。 そうなれば、この場所だって、唯では済まないでしょう」
 ロームは、アキラの目を見つめて言った。
「アキラ、現場で10分です。 これは、厳格に守って下さい。 10分で何も発見出来なかった場合は、直ぐに戻って来て下さい」
「分かった。 俺を、あのモービルの辺りで降ろして呉れ。 君は、ここで待機して欲しい。 但し、危険と判断したら、俺に構わず惑星を離れるんだ」
「承知しました。 アキラ、もう一度言いますが・・・10分ですよ」
「ああ」 アキラは唇を噛みしめた。

次回、アキラは決死の洞窟調査に臨む。 果たして、この先に何が・・・驚愕の最終章へと続く。
                               最終章に続く

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