私は、ごく普通のサラリーマンだ。 ただ、少しばかり年齢を重ね、親会社から子会社へ出向の身になっていた。
今朝もいつも通り6時に起き、朝食を摂った後、トイレを済ませ、歯を磨き、7時前には身支度を整え出勤した。
いつも通りの時刻に会社最寄りの駅に着き、10分程歩いて会社に到着した。
自分の執務机に付き、パソコンを立ち上げる。
メールを立ち上げ、未読メールをチェックする。 全てがいつも通りだった。
今夜は、親会社勤務時代に知り合った、競合他社の営業マンと一杯飲む約束だった。
当時はお互い、競合機種の営業マンであり、勝ったり負けたり、悔しい思いも喜びも分け合った仲と言う事になる。 有る時、偶々名刺交換する機会が有り、お互いを認識した。
今はお互いに子会社勤務になっており、業務上の繋がりは一切無くなった。 しかし、何と言うか・・・そうだ、戦友ってやつだな。 今では一杯呑みながら、昔話に花を咲かせ、下らない世間話をする間柄になっていた。
定時を迎え、そそくさと退社の準備をする。 いつも通りの電車に乗れば、待ち合わせ時間にピッタリだ。
いつもの待ち合わせ駅の改札を出て、時刻を確認すると、まだ5分程の余裕が有った。 駅の喫煙コーナーへ移動し、タバコを一服する。 昨今は喫煙者にとっては受難の時代になってきている。 路上は殆どが喫煙禁止であり、駅周辺の喫煙コーナーも場所が分かりづらい。 時には、タバコ1本の為に、喫茶店で高いコーヒー代を払う羽目になる事も多い。
タバコ1本を吸い終わると、丁度待ち合わせの時刻になっていた。
駅の改札へ向かうと、彼が来ていた。
「やあ、お久しぶり!」
「3か月振りだね」
これまでも、年に2~3回の頻度で呑みに行っていた。 いつも割り勘なので、リーズナブルなチェーン店の居酒屋を良く利用していた。
「今日はどうする?」
「そうだね・・・あそこにする?」
「そうしようか」
「いらっしゃいませ! 2名様ですか?」 可愛い女性の店員が迎えて呉れた。
「ああ、予約無しで座れる?」
「大丈夫です! こちらのお席へどうぞ」
バイトと思われる可愛らしい女の子に案内され、席に着く。 自分の子供と同世代か、むしろ若い。 どうしても、父親の様な目で見てしまう。
「生中2つ。 それと串盛とホッケ」
「海鮮サラダと冷奴2つ」
取り敢えずの飲み物と摘みを頼む。
「お仕事、どう?」
「まあまあかな。 可も無く、不可も無くってとこ」
「こちらは絶好調ってとこかな。 但し、自社努力の結果と言うより、親会社の努力のお陰だけどね。 うちは機能分担会社だからね」
「羨ましいね。 こっちは機能分離会社だけど、不採算事業だけを集めただけだからな。 まるで暗闇の中で走るみたいなもので・・・お先真っ暗ってやつさ」
丁度その時、ビールと摘みの幾つかが届いた。
「乾杯!」 「乾杯!」
2人共、ビールを煽り“プファー”と喉を鳴らした。 やっぱり、ビールの最初の一口が最高だ。 これに勝る飲み物は無いと思う。
彼が急に改まった口調になった。
「実は、ちょっと話しておきたい事がある」
「ええっ!? 急に、何だい?」
「君とは会社は違ったが永い付き合いだ。 戦友だと思っているし、これからも友達でいて欲しい」
「それは僕も同じ気持ちだよ。 何だよ、急に改まって」
「いや、かなり驚くと思う。 いや、多分信じて貰えないかも知れない」
「な、何なの。 勿体付けて。 聞かなきゃ分からないよ」
「そ、そうだよな。 実は・・・」
「実は?」
「僕は宇宙人なんだ」
私は、目が点になった。
「へっ? 宇宙人?」 私はビールを吹き出しそうになりながら。 「偉くぶっ飛んだジョークだな? 一体どうしたんだ? 何か有ったのかい?」
彼は顔色を変えず、呟いた。
「信じられないと思うけど・・・僕は宇宙人なんだ」
余りに真剣な彼の表情に、ジョークの域を超えていると感じざるを得なかった。
「どっ、どう言う事?」
「詰り、僕は地球人では無いと言う事さ。 君から見れば、僕は宇宙人、地球外知的生命と言う事になる」
「なっ、なんだか真面目にそう言われると困っちゃうな。 そこまで言い切るからには、何か証明出来るような、何かが有るのかい?」
「そう来るだろうと思っていたけど・・・君は、自分が地球人である事を証明出来るかい? 僕に対して」
「証明って。 現にこの地球に住んでいる。 地球以外に行った事が無い。 僕が地球人である事は、僕以外の全ての地球人が同意して呉れると思う。 これではダメかい?」
「それだと、僕も地球人って事になっちゃうよね?」
「当然だよ。 だって、君は地球人だろ」
「だから、僕は宇宙人なのさ。 地球人じゃない」
「じゃあ逆に、君が宇宙人である事を僕に証明して呉れよ」
「うむ。 さて、どうしようか。 良し、それじゃあ、君が考える地球人の条件を3つ言って呉れないか」
「3つ? う~む。 地球で生まれた人間である事。 それと・・・いや、それで全てだな。 そうだよ、地球で生まれた人間が、即ち地球人って事だ」
「そうか、それじゃ。 僕は地球で生まれた。 しかし、僕は地球人じゃない」
「おいおい、矛盾しているじゃないか? 地球生まれで、地球人じゃないなんて」
「そうかな? 例えば、猿の子は猿だよね?」
「そりゃ、そうだ」
「猿の子の子供の、そのまた子供。 30世代先の子孫も猿だよね? それじゃ、1万世代先は?」
「おっと、偉く難しい質問だな。 進化の事を言っているのかい? 確かに、1万世代、1世代で10年だとすれば10万年後か、確かに猿では無くなっているかも知れないね。 でも、人間でも無いんじゃないか?」
「本当にそう思う? 人間の条件って?」
「そりゃ・・・2足歩行に文明の獲得ってやつだろ」
「じゃあ、猿が2足歩行して、文明を獲得したら人間か?」
「人間では無いだろうけど、知的文明迄進化したら、人権みたいな物は認めざるを得ないんじゃないかな?」
「ほう。 譲歩して来たね。 君の理論だと、進化した猿は、人間では無いかも知れないが、地球人の一種と言う考え方になるね」
「そう言う事になるかな」
「だとすれば、地球に生息する生命は全て地球人と言う事になる。 いや、時間軸を問わなければ、と言う意味だけど」
「何だか無理が有る様に感じるな。 その論理だと、太古の昔から地球人は存在し、偶々現代に於いては人間が“自分が地球人だ”と主張しているだけ、って事になるね」
「正に、その通りなんじゃないか? まるで地球が自分の持ち物で有るかの様に主張し、国境を設けて、争いを行う。 しかし、本当に地球は人間の物か? 地球人たる全生命の共有財産じゃ無いのか?」
「う~む。 君の言う通りだと思うよ。 人間の主張は、自らの奢り高ぶりだと思う」
ここで1杯目のビールを飲み干した。 店員に2杯の生中を注文する。
「ところで、話が有らぬ方向に行ってしまった様だけど、君が宇宙人だって言う話の証明の件はどうなった?」
「ああ、そうだったね。 地球に生まれ育った生命は、全てが地球人だって話までだったね。 僕が自分を宇宙人だって主張しているのは、逆に言えば僕は地球人じゃないって事だよ」
「だから、君は人間じゃないか? 誰がどう見たって」
ビールが届いた。
2人共、グイっとビールを口に入れる。
「プハーッ、旨い」
「ああ、生きているって感じになるよね」
「宇宙人でも、ビールを旨いって感じるのか?」
「当り前じゃ無いか。 これは、人類最大の発明だと言っても過言じゃない」
「だから、さっきも言ったけど、君も人類じゃないか」
「なあ、僕と君とは古い付き合いだ。 流石に社会人になってから同士だけど。 それでも20年近くの付き合いになる。 君は良い奴だと思うし、話も合う。 今日に限って何なんだ? 藪から棒に“俺は宇宙人だ!”ってのは」
「そうだよね。 お互い、いい歳だって言うのにね。 笑っちゃうよね」
「余り笑えないよ。 いったいどうしたの?」
「う~ん。 だけど、本当に僕は宇宙人なんだ。 いや、正確には宇宙人だと知ったんだ」
「誰かに教えられたって事?」
「そう言う事」
「おいおい、それって新手の宗教の勧誘じゃ無いのか?」
「そうでもないんだ。 話を戻そう。 地球で発生した生命は、全て地球人って話だったよね?」
「そうだったね。 ちょっと飛躍し過ぎって気もするけど、確かに地球人が人間じゃなきゃならないってもんでも無いと、それは素直にそう思うよ」
「宇宙人って、どんな生命だと思う?」
「そりゃ・・・見た事無いけど、良く灰色の肌に、大きな吊り上がった目とか・・・映画なんかじゃ、人が演じているから当然だけど、ちょっと耳が尖っている程度とか。 色々だよね」
「君は収斂進化って知っているかい?」
「収斂進化。 ああ、同じ様な生態的地位の生物は、似た様な形態を獲得するってやつだろ。 進化論なんかの説の一つだろ?」
「ほお、良く知っているね。 まあ、その通りだ。 例えば哺乳類と有袋類でも、同じ様な肉食獣なら、似た様な姿をしているってやつだ」
「もしかして、地球人と宇宙人でも、それが言えるって事かい?」
「まあね」
「そりゃ、それこそ飛躍し過ぎじゃ無いか? だって、太古の地球での生命発生なんて偶然の産物だろうし、その後の進化のルートだって一本道じゃない。 そもそも脊椎動物が発生したのだって偶然だろうし、恐竜が絶滅したのも偶然だろ。 あまつさえ、人間にまで到達するのなんて・・・それこそ天文学的な確率の、たった一つの解じゃないのか?」
「僕もそう思っていたよ。 つい最近まで」
「おいおい、なんだか怖いけど、もっと詳しく話して呉れよ」
「ああ、良いよ。 さっき言った収斂進化だけど・・・途中のルートなんかどうでも良い事なんだ。 どんなルートを通ろうと、知的文明を得る程に進化する生物は、全て人間になるんだ。 そりゃ、非常に微視的な差異はある。 例えば・・・」
「例えば?」
「DNAが少し長いとか」
「DNAが長い?」
「ああ、君も知っていると思うけど、DNAの中で遺伝子として使われているのは僅かに2%程度だろ。 それ以外は、見た目には殆ど関係ない。 でも、その98%の中に有効なものが有って、寿命や病気への耐性が変わると言われている」
「ああ、それなら、この前MHKのスペシャルで見たぜ」
「ああ、僕もだ。 収斂進化に代表される様な形態的な特徴は、DNAの僅か2%で決まる。 他の惑星で発生した生命も、知的文明まで至る生命は、その2%の中身が殆ど共通なんだ。 ただ、その進化の生い立ちに応じてDNA全体は異なる。 地球の人間は、少し短いんだ」
「何だか、本当みたいに聞こえるな」
「なかなか信じて貰えないね。 本当なんだけどな」
「しかし、見た目がまったく変わらない宇宙人だと言われても、科学者だって信じないんじゃ無いか?」
「そうかも知れないね。 それが、現代の地球人の知識の限界ってやつさ」
「えらい、バッサリだな」
「そう思うだろうな。 つい先日までは、僕もそうだったからね」
「さっきも先日って言っていたな。 いつ、何が有ったんだ?」
「一昨日」
「一昨日? 偉い最近の話じゃないか。 何が有ったんだ?」
「ああ、実は、一昨日、両親から呼ばれたんだ。 話が有るって」
「確か、君のご実家もこの辺だったね?」
「ああ、3つ先の駅だし、仕事帰りに実家に帰ったよ。 そこで、両親から聞かされた。 父も母も宇宙人で、僕は地球で生まれたが宇宙人の子だ。 僕は結婚したが子供が出来なかった。 それが理由で妻とは別れてしまったけど、子供が出来なかったのはDNAが地球人と異なるのが理由だと」
「おいおい、リアルに聞こえるな」
「ああ、リアルだよ。 父も母も、別の惑星から地球の調査に来た調査員だったらしい。 調査が終了したので帰るのだと。 それで、僕にどうするか、意向を聞きたいと言う話だった」
「調査って、何を?」
「それは、守秘義務が有って、例え子供にでも言えないそうだ。 それと、両親以外にも世界中に調査員は居るらしい。 一斉に帰る事になったと言っていた」
「う~ん。 信じたくは無いが・・・君はどうする事にしたんだ?」
「一晩悩んだけど、両親と一緒に行く事にした。 さっきも言った様に、妻とは別れたし、別に地球に思い残す事も無い。 唯一・・・」
「唯一?」
「君との呑み会を今日に設定していたのでね。 君にだけは話をしておきたかった」
「それは・・・ありがとう。 所で、いつ地球を立つんだ?」
「実は」 彼は腕時計を確認し。 「5分後なんだ」
「ごっ、5分後!? どこから? どうやって?」
「君から見ての宇宙人。 僕も知らない僕の両親の故郷の文明は、地球より遥かに進んでいるらしい。 店の前に立っていれば良いらしい」
そう言うと、彼は改めて腕時計を確認した。
「済まないけど、もう行くわ。 君との会話は、本当に楽しかったよ。 これが最後になるのが残念だ」
「えっ?」 私は言葉が出なかった。
彼はすっくと立ち上がり、店の出口に向かって歩き出した。
僕も慌てて、彼の後を追った。
店を出た所で彼は立ち止まった。
「それじゃ」 彼が右手を差し出した。
「あっ、ああ」 私も右手を差し出し、握手した。
その瞬間、彼の姿が忽然と消えた。
「えっ!」
私は右手に残る彼の右手の感触を感じつつ、周りを見渡す。 居ない。
夜空を見上げると、幾つもの光が空高く飛び立って行くのが見えた。
その時、店から店員の女の子が出て来て私に言った。
「お客さん、お帰りですか? お支払いをお願いします」
「ああ、はい」
クソー、あの野郎。 最後の最後に、支払いを踏み倒して行きやがった。
しかし、直ぐに私は思い直した。
まあ、今日は僕の奢りだ。 20年来の友の送別会だったのだから。
終わり