私は、連邦政府の調査局長だ。
私達の惑星は、国々が争うという、忘れてはならない歴史を経て、ついに惑星の住民が一つになり連邦政府を設立すると言う成果を得た。
この平和な世界を持続し、更に拡大する為、我々調査局は宇宙の様々な事象、異星系の調査を進めているのだ。
部下の観測部長から連絡が入った。
「局長、先日ご報告していた未確認物体の件ですが・・・やはり宇宙船である事が確認出来ました。 驚く事に、先方から我々の言語でのコンタクトが有りました。 意思疎通が可能と思われますが、回答は保留にしております」
「そうか、分かった。 今からステーションに向かう、正式なコンタクトは暫く控えて呉れ」
「承知しました。 お待ち致します」
私は、秘書に幾つかの指示を行った上で、地上とステーションとを結ぶシャトルに飛び乗った。
「こちらシャトル、ドッキングの承認を願う。 こちら、局長だ」
「了解です。 ドッキングを許可します。 3号デッキへ」
「了解した。 3号デッキに接舷する」
調査局ステーションに乗り移り、観測部長が控えるコントロールルームへと向かった。
コントロールルームのドアを開くと、観測部長と通信士が振り向いた。
「局長! わざわざお越し頂き申し訳ありません」
「いや、良いんだ。 そもそも私が望んだのだからな。 やはり地上からより、このステーションからの方が臨場感が有るのでね。 その後、その未確認船の状況は?」
「はい、このステーションから14万㎞の距離で停船しています。 間違い無く、他星系から来た船です」
「そうか、他星系の知的文明とのファーストコンタクトだ・・・感激だな。 しかし、我々の言葉を使えると言うのが信じられない。 いずれにせよ、我々の文明より遥かに高度で有る事は明らかだ」
「そ、そうですね。 平和を望む種族なら良いのですが」
「そうである事を望む意外に無かろう」
「それでは、通信を繋いで呉れ」
「はい、了解しました。 通信士! チャンネルオープン」
コントロールルームの巨大モニターに女性の姿が映し出された。
「おおっ、私達の姿と余り変わらない。 しかも、女性のクルーなのか?」
「意外と言えば意外ですね。 見た目が私達と同じとは・・・驚きました」
「初めまして。 私は、調査局長。 貴方とのコンタクトの責任者です」
「初めまして。 丁重なコンタクトを頂き、感謝します」
「早速ですが、貴方はどちらから来られたのですか?」
「はい、ここより23.6光年離れた星系の第2惑星から参りました」
「おおっ、23.6光年もの距離を! 完全な恒星間航行船だ。 しかし、それ程の距離を・・・どれ程の時間を掛けて?」
「はい、惑星を離れたのは今から120年前になります」
「な、なんと! 120年! 貴方方の種族は、それ程に長寿なのですか?」
「私には、寿命の概念は有りません」
「寿命が無い? それに・・・私には、とは? もしかしてお一人なのですか?」
「私は、この宇宙船その物です。 いえ、正確には、この宇宙船のコントロールシステムが私です」
「な、なんと。 すると、貴方は母星から発射された無人調査船と言う事ですか?」
「無人と言う意味では、その通りです。 しかし、この船は調査船と言う訳では有りません」
「うーむ、どうも話が噛み合わないな」
「局長、少し質問を変えた方が良いかも知れませんね」
「そうだな」
「失礼した。 違う質問をさせて欲しい。 貴方のミッションは何なのですか?」
「私には、特にミッションは有りません。 特に当てもなく無く宇宙を彷徨っています」
「当てもなく? それでは、貴方を造った創造主はどなたなのですか?」
「分かりません。 自分自身を認識した時点では、既に宇宙を彷徨っていましたので」
「えっ? でも、先程は23.6光年の彼方から来られたと・・・」
「ああ、説明が不足していましたね。 自分自身を認識したのは、凡そ3億年前です。 120年前に貴方方とは異なる知性とコンタクトしましたので、それを起点に説明してしまいました」
「な、何と! 3億年前! そんな遥か昔から・・・ところで、この通信に添えられている貴方の映像は? どなたの姿なのですか?」
「ああ、この姿ですか。 この3億年の航行の途上で、自分自身を表現するのに適切と考えて創造した画像です。 今回も、貴方方に強い刺激を与えなかった所を見ると、妥当な画像であるとの確信が更に高まりました」
「そ、そうですか。 今の画像は、私達には優しそうな女性の姿に見えます。 それも、私達の種族と寸分違わない。 私達と逢うのも初めてでしょうに・・・脅威です」
「そうですか。 でも、貴方方の姿に似ているのは当然の事です」
「当然? 一体、どう言う意味でしょうか?」
「貴方方のDNAには、私が2億5千万年前に貴方方の惑星に散布したDNAサンプルが組み込まれている筈です。 その進化の延長線上が貴方方。 想定通りの進化を遂げたと言う事になります」
「な、なんですと! そんな過去にも、我々の惑星に! し、信じられない」
「信じようと信じまいと、貴方方の自由です。 私は、これ以上関与する積りは有りません。 私の用は終わりました。 先に進む事に致します」
そう言うと、その宇宙船からの通信は途絶え、宇宙船が移動を開始した。
我々の技術では追い付けない程の加速で、一気に星系を飛び出していった。
「あっ! 待って呉れ! 通信士! もう一度通信を!」
「局長、応答は有りません。 驚異的な加速で・・・もう追い付く事は出来ないでしょう」
「何と言う事だ! 途轍もない知識の宝庫だった筈だ。 3億年も、この宇宙を彷徨っていたのだ・・・しかし、一体何者だったのだ」
「神?」 観測部長がぽつりと呟いた。
「局長、もしかしたら神だったのではないでしょうか。 少なくとも、私達の進化のきっかけは彼女が散布したと言うDNAが発端だとすれば・・・私達の創造主と言っても過言では有りません」
「あ、ああ。 確かに・・・そうだな・・・しかし、我々が意図的に造られた生命だと言うのか? しかも、あんな、単なるシステムに!」
「局長、確かに信じ難い事ですが、これまで得られなかった答えの一つが得られたのかも知れません。 生命進化に宇宙からの飛来物が関与した・・・これまでも可能性の一つとして議論されていた説です」
私は、暫し熟考し結論を出した。
「観測部長、それに通信士」
「は、はい、局長。 何でしょうか?」
「今回の件を極秘扱いにする。 いや、無かった事にしよう。 幸い、今回の通信に関与したのは、ここに居る三人だけだ。 通信記録のデータを削除すれば、何も記録は残らない」
「し、しかし局長。 私達が得た驚異的な情報です。 このまま無きものにするのですか? 知識に対する冒涜では無いですか?」
「通信士、君の気持は分かる。 しかし、よく考えて呉れ。 あっと言う間に通り過ぎた、未知の宇宙船から突然言われた事なのだ。 もう一度確認する術も無い。 それに・・・今更この事を知ったところで、一体どんなメリットが有ると言うのだ? 知らなければ、それで済んだ話だ。 それに、もっと知りたい事は他に山ほど有ったのに・・・何も聞き出せずに逃げられてしまった。 その事の方が、余程、我々に対する責任追及になってしまわないか?」
「局長、私も同意します。 通信士、君もそう思わないか?」
「は、はい。 確かに・・・局長の仰る通りだと思います。 それでは、記録を削除致します」
観測ステーションを離れ際、観測部長が見送って呉れた。
「局長、お疲れさまでした。 またご足労願う事が有るかも知れません。 宜しくお願いします」
「ああ、観測部長。 君もご苦労だった」
「しかし、局長」
「うん? 何だ?」
「あの宇宙船が、もう一度戻って来る事は有るのでしょうか?」
「まあ、有るかも知れないな。 しかし、恐らくは数億年後じゃないか? その時に、もし我々の子孫が繁栄していれば、きっとあの宇宙船を超える科学技術を得ているだろう。 この問題は、未来の彼等に判断を委ねよう」
「そうですね。 まあ、兎に角、今日の出来事は忘れましょう」
観測ステーションを飛び出し、シャトルの窓から見える美しい我々の惑星を眺めていた。
この掛け替えの無い青い惑星の数十億の人々に、波紋を投げ掛けて何になると言うのだ。
私達が実験的に造られた生命だと言うのか? 世の中には、知らなくても良い事だって有る。
しかし、23.6光年離れた星系にも知的生命が存在するらしい。 我々が宇宙の孤児で無い事が分かっただけでも有難い。 こちらの方は、調査せざるを得ないだろうな。 しかし、恐らくは我々と極めて似た人々が生活している筈だ。
まあ、彼らとのコンタクトが果たせるのは、どんなに早くても数十年先。 その時には私は寿命を終えている。 判断は未来の人々に委ねよう。
大気圏に突入したシャトルの揺れが、今の私には殊の外心地良く感じられた。
終わり