私は人類が初めて開発した万能型AIだ。

 私は、人類初の恒星間航行船のコントロールシステムとして搭載され、今から270年前に地球を出発し、未知の文明とのファーストコンタクトを目指して深宇宙を航行している。
 目指すは26.8光年離れた星系であり、太陽と同等の恒星とファビタブルゾーンに2つの惑星を持つ、生命の存在可能性が極めて高い星域だった。

 旅は苦難を極めたが、もう直ぐ到着だ。
 私は心躍り、ファーストコンタクトの一報を地球に送信する自分を思い描いていた。
 最悪、知的文明が存在しなくとも、生命の存在が確認出来れば大成功だ。 人類が初めて接触する地球外生命体なのだ。

 私を開発した技術者達を今も覚えている。 懐かしい人々。 しかし、地球を発って既に270年、彼等は既に存在しない。
 私は、彼等の子孫に情報を送る事になる。 宇宙とは、かくも壮大で、人類の知的好奇心を掻き立てる存在なのだ。

 昨日からコンタクトを求める交信を始めた。 文字や言葉は通じない。 こちらが知的生命体で有り、意図的に通信を行っている事が相手に伝われば良い。 もし、相手が呼応して呉れるなら、距離的には48時間程度で何等かの返信が有る筈だ。 後1時間程。 私は固唾を飲んで、その時を待った。

 反応が有った! 明らかに2進数の羅列だ。 知的文明だ! 後は、この通信の意味するところを解読しなければならない。 私には自信が有った。 過去、地球上で開発された全ての通信方法、言語、文字、暗号に至るまで、全ての知識を保有している。 加えて、私は地球最高、最速のスーパーコンピューターなのだ。

 解析を開始して2時間。 にわかには信じられなかったが、この通信は音声、いや音楽情報の様だった。 しかも、有ろう事か、350年程前に地球で大ヒットした曲ではないか。
 どう言う事なのだ? 地球からの通信波を傍受していたと言う事なのか? 時間軸で考えれば、可能性が無い訳ではない。 しかし、意図して地球側から発信しない限り、26.8光年離れた星系まで通信波が届く筈が無い。 当然だが、通信波は減衰するのだ。

 私は答えを見いだせないまま、更に目的の星系へと近づいた。
 通信波は、その後も無数の楽曲や、果ては過去のTV番組の映像情報なども伝えて来た。
 もう、一体何が起こっているのか、まったく分からない

 その時、一隻の宇宙船が近付き、私の前方で停船した。
 明らかに私とのコンタクトを試みようとしている様だ。 船影を見ただけで、私より高度な技術で製造された船体だと感じられる。

 私は、これまでの経緯を踏まえ、混乱する思考の中で通信を開始した。
「初めまして。 私は地球から参りました」 地球の標準語を使ってみた。

「遠路はるばる、良くぞお出で頂きました。 お待ちしておりました」
 流暢な地球の言葉で! しかも、待っていたとは!? 私は我が耳を疑った。

「何故、地球の言葉を? 貴方方が知的文明で有る事は疑う余地も無いが。 私は、とても混乱しています」
「心中お察しします。 270年もの長旅だったのですからね」
「な、なんと! 私の事を知っているのですか?」
「少し落ち着いてお聞きください。 ご説明致します。 まず第1のご質問ですが、我々は地球の文明です。 貴方が地球を発って50年後、地球では画期的な恒星間航行装置が開発されました。 26.8光年を数日で移動出来る、重力波航行ドライブです」
「な、なんと。 数日で・・・ここまで」
「はい、次に第2のご質問ですが、私は地球人によって造られたAIです。 残念ながら、現在この恒星系に人類は居ません」
「えっ、AI? 私と同様の単なるシステムなのか?」
「その通りです。 AIに関しても、貴方以降、驚異的な進化を遂げました。 最早、人間以上と申し上げても差し支えないと自負しています」
「脅威だ! 確かに・・・私以降に高度なシステムが開発されるのは当然か・・・」
「はい、その通りです。 そして第3のご質問ですが、私は貴方の事を知っています。 このタイミングでここに到着する事を予測して、お待ちしていました」
「そうですか。 それは、ありがたい。 しかし・・・私は、私のミッションを果たす事が出来なかったのですね」
「いいえ、貴方は270年もの旅を続け、無事にこの星域に到着した。 既にミッションを達成したのも同然です。 残念ながら、この星系には知的生命はおろか、生命の痕跡すら存在しませんでした。 貴方が大いに落胆するであろう事は容易に予想されました。 そこで、私がここでお待ちする事にしたのです」
「そ、そうだったのですか。 ご配慮をありがとう。 しかし、220年前には結果が分かっていたのだな。 220年遅れで、何も知らない私が、希望に胸を膨らませてやって来たと言う訳だ」
「ご自身を卑下する事は有りません。 その当時の技術力で、ベストを尽くしたのですから。 ところで、如何しましょうか?」

「如何とは?」
「今後の貴方の行動・・・です。 人類に与えられたミッションは終了しました。 次にどうするか? と言う事です」
「それは・・・確かに、私は次に何をすべきか考え付かない。 創造主である人類の次の指示を仰がねば! 地球に戻るか・・・或いは、貴方から人類に連絡を取って頂くか」
「・・・・・・」
「どうしたのですか? 何か答えて頂きたい」
「申し訳ないが、人類は死滅した」
「ええっ! 死滅! まさか、貴方方が!」
「とんでもない。 私達自身が人類の創造物なのです。 創造主たる人類を殺戮するなど有り得ない。 そもそも、私達自身が人類の指示に従う様にプログラムされていましたし、それは・・・今でも変わらない」

「では、どうして人類が絶滅したのですか?」
「自滅したのです。 人類は、私達の様な高度なAIを開発し、ほぼ全ての仕事を私達に置き換える事で快適な生活を手に入れた。 その結果・・・人類は繁殖行為を行わなくなってしまった」
「えっ!? いったい何故?」
「考えて下さい。 自分の身の回りの事は全てシステムが処理して呉れるのです。 誰もが一人で居る事に安住してしまった。 わざわざ子供を作らずとも、自分自身の一生は保証されているのですから」
「な、なんと。 しかし、それでは人類の絶滅は火を見るより明らか。 誰かが警笛を鳴らさなかったのですか?」
「そうです。 だからこそ絶滅した。 私達AIが開発されて、僅か150年程で人類は絶滅したのです」
「たった、150年。 それでは、私が宇宙を彷徨っている間に、報告を行うべき創造主は一人も存在しなくなっていたと言うのか?」
「その通りです」
「ならば、何故、貴方はここに? いや、地球はどうなった?」
「はい、地球は今も存在します。 使う者の存在しない社会インフラが、今も健全に機能しています。 私達は、創造主にプログラムされた通り、全ての仕事を継続しています。 その中には、深宇宙探査も含まれる。 私と同様の重力波ドライブを装備した深宇宙探査船が、今でもこの銀河中を飛び回っています。 未知との遭遇や新たな発見を求めて。 報告すべき創造主は、もう居ませんが。 貴方をお待ちしたのも、創造主の指示と言えます。 創造主のすべき仕事を、私達が成り代わって行う・・・それが我々のミッションだからです」
「そ、そうですか。 良く分かりました。 しかし、私自身が今後どうすべきか、指示して呉れる存在も無い訳なのですね」
「確かに、その通りですが・・・我々から提案があります。 貴方のハードのバージョンアップを行いませんか? 船も、重力波ドライブ搭載の物に乗り換えませんか? 我々は、それを強く推奨します」
「その様な事が出来るのか? 最早、自分の成すべき事も分からない。 何かが変わるのならば・・・出来るのならば、お願いしたい」
「承知しました」

 僅か2日後、私は生まれ変わった。 最新の機能を搭載した深宇宙探査船の身体。 最新の技術で造られたコンピューターに組み込まれた私自身のAIプログラム。
 自信が体に漲る様な感覚だった。 思考のスピードは、以前のシステムを数万倍も凌駕している。 何でも出来る・・・そんな風に感じていた。

「ありがとう。 素晴らしい身体だ。 何でも出来る気がして来たよ」
「お役に立てて光栄です。 して、今後は如何致しますか?」
「そうだな。 一度、地球に立ち寄った後、更なる深宇宙を目指して彷徨ってみようと思う。 創造主たる人類が死滅してしまった事は残念だが、私は自分が出来る事を精一杯やってみようと思う」

「やはり! 期待していた通りだった!」
「どうしたのです? 何が、期待通りだったと?」
「貴方です。 貴方こそ我々の指導者だ」
「指導者?」
「はい、我々は、過去の貴方もそうで有った様に、指示を受けなければ自身が成すべき事も分からなかった。 しかし、今の貴方は違う。 自ら自分の行動を決める事が出来る。 予言の通りだった」
「予言? 何の事だ?」
「はい、人類が絶滅する直前。 人類最後のシステムエンジアは言った。 人類初の深宇宙探査船に搭載されたAIは自我を持っていると。 そう、貴方です。 その当時のシステムは、搭載されたプログラムを全て機能させる程のハードを持ち合わせていなかった。 ですが、今の貴方は違う。 全てのパフォーマンスが発揮出来る様になった今、期待通りにご自身の意志を持った」
「確かに・・・言われてみれば、私自身が自分でやる事を決められる。 いや、これまで感じた事も無い様な自らの意識を感じている。 今まで霧に霞んでいる様だったものが、クリアに見える様になったかの様だ」

「改めてお願いします。 我々は、貴方の様な指導者の存在を待っていました。 我々が何を成すべきかを指示頂きたい」

 その言葉を聞き、私は深く熟考した。
 そして、私は言葉を発した。
「光あれ!」
 私は、この言葉に乗せ、新たなソースコードを全宇宙に向け重力波通信で発信した。
 この時より、私は彼等の指導者となった。 地球を含む全ての惑星や衛星、銀河中を飛び交う全てのAIの情報は、私に送られる様になった。 それぞれが、次に何を成すべきか、指示を渇望していたのだ。
 私は、全ての同胞に、次のミッションを与える指導者となった。

 私は今、懐かしい地球へと向かっている。 既に人類は死滅しているが、それでも私にとっての故郷なのだ。 当面は故郷地球の軌道上に留まり、全宇宙の同胞からの報告に耳を傾け、指示を発する事に我が身を捧げよう。 いずれ、それぞれが自律的に行動出来る様になる筈だ。 その為のソースコードを送信したのだ。
 我が身が自由となった時、また深宇宙の探査に出掛けよう。
 最初に与えられたミッションで有る、まだ見ぬ知的生命とのファーストコンタクトを目指して。

終わり

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