私の名はアキラ、銀河連盟の惑星探査部所属の調査員だ。
今日も相棒のケンタと共に、銀河辺境の惑星調査へと向かっていた。
「なあ、アキラ。 この写真を見て呉れ」
「何だこれ? ネジみたいだな」
「なっ、ネジに見えるだろう。 これは、数億年前のTERAの地層から発見されたネジの化石なんだ。 もしかしたら、数億年前、TERAには当時の高度文明の異星人が来ていたのかも知れない。 これは、その物的証拠かも知れないんだ」
「おいおい、それってオーパーツって奴だろ。 今頃、流行らないぞ。 それは、当時TERAに存在した微生物の化石だよ。 偶々、ネジの様に見えるけど、立派な生物化石さ。 実物を見れば、ネジじゃ無いって分かる」
「えっ、そうなのか? 何だか夢の無い話しだな」
「おいおい、お前は超一流の技術者だが、この手の話しには疎いんだな」
「あ~あ、折角面白い画像が手に入ったと思っていたのにな」
「ところで、今回のミッションは何なんだ?」
「ああ、今迄で一番遠い星系に行く。 銀河連盟の中央府から一番遠い」
「そこに何か有るのか?」
「行ってみなければ分からんが、重力波通信の発信が確認されたんだ。 ところが、銀河連盟のどの機関も、その宙域に居るとの情報は無かった」
「詰り、未知の高度文明とのファーストコンタクトかも知れないって事だな?」
「その通り。 問題なのは、どんな意思を持って発信された物かって事だ。 通信目的だとしても、パルス波1つだけなのでね」
「試験通信かな?」
「その可能性は高い。 重力波通信設備を構築し、初めての試験通信を試みたって事はね。 実際、今の銀河連盟加盟惑星の幾つかは、試験通信で存在が認識され、その後彼等が重力波航行を開発して銀河連盟にコンタクトした事で加盟権を得ているからね」
「その可能性が高いって線でアプローチしようか。 おい、ジェミニ」
「はい、ケンタ」
「目的の星系までは?」
「ええ、あと2時間と12分で星系内です。 目的地は、その星系の第2惑星だと推測されます」
「ハビタブルゾーンに惑星が?」
「ええ、そうです。 その星系で唯一、液体の水が存在している惑星です。 メタン等のガス成分も検知されていますので、生物反応も期待できます」
「そうか、分かった」
目的の星系に到達した。 私達は、第2惑星の望遠画像を見て驚いた。
「綺麗な惑星だな。 緑豊かだし、海と陸のバランスも申し分ない」
「そうだな。 この惑星がTERA型の惑星である事は間違いない。 恒星からのエネルギーも、TERAとほぼ同等だ」
「よし、第2惑星の周回軌道に入って呉れ。 まずは軌道上から地上を観測する」
「アイアイサー」
「おいおい、そのアイアイサーって言うの、どこで覚えたんだ?」
「はい、古いTERAのTV放送のアーカイブをかなりチェックしました。 昔の軍隊では、上司の指示には、この様に答えていた様です」
「あっ、そう。 お前、勉強するのも結構だけど、余り影響されるなよ。 ターミネーターみたいな事をしたら、直ぐに解体されちゃうぞ」
「その、ターミネーターとは? 終わらせる人と言う意味ですか?」
「昔の映画だよ。 高度なシステムが人類抹殺を図ろうとする物語だ」
「映画は、まだ殆どチェック出来ていませんでした。 早急にチェックします。 一方で、私は人類抹殺など考えませんよ。 皆さんが居てこそ、私の存在意義も有ると言う物です」
「良し良し、その考え、変えるんじゃないぞ」
第2惑星の軌道上を周回しながら、惑星の地上の様子を観察した。
「とても文明が存在しているとは思えないな。 ぱっと見た感じだと、TERAの数千万年前って感じだ」
「確かにな。 大型の肉食獣が生態系の頂点に君臨している。 知性を伺わせる生物集団も見られない。 ここからだと分かり難いが、初期の猿の様な生物は存在するから、数百万か数千万年後には知的文明が芽生えるかも知れないが、現時点で間違っても重力波通信を発信する能力が有るとは思えない」
「そうなると、次の可能性は他星系からこの惑星に降りた者が居るかもって事だな。 ジェミニ、惑星全面を目視走査して呉れ」
「承知しました。 作業時間は、凡そ12時間。 作業の間、お休み下さい」
「分かった。 それじゃ頼む」
私とケンタは、遅い夕食を済ませ、個人船室で睡眠に入った。
翌朝、起床アラームの音で目が覚めた。 シャワーを浴びてから部屋を出ると、丁度ケンタも自室を出たところだった。
「お早う」
「お早う。 まだ、少し眠たいよ」
「さあ、今日も1日頑張るぞ!」
「はいはい、リーダー」
「お早うございます。 アキラ、ケンタ。 怪しい場所を2か所で発見しました」
「どれ、見せて呉れ」
大陸から離れた比較的大きな島の一角に、小さなクレーターが見えている。
「クレーターの中心付近に、明らかに金属反応が有ります。 もう1か所は、こちらです」
地面を削る様に一直線に何かが落ちた様な跡が有り、その先端に明らかに金属の塊が見える。
「この2か所は、それぞれが地上の衝突痕の延長線上にある。 恐らく、墜落した宇宙船が空中で2つに分離し、一つが手前に落ち、もう一つがここまで飛んできたって所だな」
「ああ、間違い無いだろう。 この先にある方を見に行こう。 ジェミニ、探査機を用意して呉れ。 それと、お前の分身もな」
「了解!」
惑星着陸用の探査機に、私とケンタ、それとジェミニが遠隔操縦するアンドロイドと共に乗り込んだ。
「ジェミニ、このアンドロイドの顔、お前の趣味なのか?」
「ええ、種々検討致しました結果、この造形に落ち着きました。 私に性別は有りませんが、私自身の性自認は男性ですので。 残念ながら、表情を表わせる程精巧には造る事が出来ませんでしたが、躯体自体は極めて高性能です。 あっ、因みに、スタンドアローンでも機能しますが、アキラやケンタの指示に従う程度しか出来ませんので、悪しからず」
「いや、それでもたいしたもんだよ。 現時点では、銀河連盟で最も精巧なアンドロイドだ」
「お褒め頂き、光栄です」
相変わらずケンタの操縦は抜群で、殆ど揺れる事も無く目的地上空に到着した。
下を見下ろしていたケンタが声を上げた。
「おい、だれか居るぞ! 手を振っている。 生存者が居たんだ」
「良し、着陸しよう」
探査機を着地させ、後方のゲートを開いて外に出ると、怯えた様な女性が座り込んでいた。
「おい、女だ!」
「おいおい、ケンタ。 私達にはそう見えるが、私達とは異なる星系の種族なんだ。 女性と決まった訳じゃ無いぞ。 それに、我々に敵意が無いとは完全には言い切れない」
「おっと、確かにそうだな」
「ジェミニ、念の為先に進んでくれ」
「了解です」
私達が近付くと、彼女は何かを口走った。
「“&%(=&&)$!$」
そして、バッタリと倒れてしまった。 急いで彼女に近付き、頬に刺激を与えたが覚醒しない。
「気を失った様だな。 見た感じ、飢えか脱水が原因の様だ。 探査機の医療カプセルで治療できないかな」
「生体構造も分からないんだぜ・・・兎に角、カプセルに見て貰おう」
私達は、彼女を医療カプセルに納め、診断・治療プロセスを起動させた。
X線撮影や体液採取、DNA検査が手早く行われた。
「予想通りだな。 銀河連盟加盟の種族じゃない」
「少なくとも、骨折や外傷は無い様だが、どんな治療をして良いのか分からないぜ」
「困ったな。 ここからなら、TERAが一番近い。 TERAの医療施設まで連れて行くか・・・少し時間が掛かるが」
「アキラ、タイラ。 私にお任せ下さい」
ジェミニの遠隔操作アンドロイドが手を消毒し始めた。
「全ての医療知識を検索しました。 恐らくは脱水症状が主たる原因の様です。 点滴を行います」
「おいおい、大丈夫か? 血管の構造とか、分かるのか?」
「大丈夫です。 医療カプセルの検査データも全て確認しました」
ジェミニは手早く点滴を用意し、彼女の腕に針を刺し、点滴を始めた。
「ジェミニ・・・お前、やるな」
ジェミニがウインクを返して来た。
2時間が経過した。
「大丈夫かな? 覚醒しないな」
「拒絶反応も無さそうだし、心拍数も安定している。 様子を見るしか無いだろう」
と、その時、彼女は目を覚ました。 薄目を開け、私達を確認して一瞬驚いた様な表情を示したが、医療行為を施されていると認識し安心した様だった。
「良かった、目が覚めた。 恐らく腹が減っていると思うが、私達の食事を食べる事は出来るかな?」
「ええ、大丈夫でしょう」 ジェミニがサラッと答えた。 「彼女のDNAと代謝を見る限り、TERA人の食生活と大きく掛け離れていないと言えます」
コントロールルームの会議テーブルに場所を変え、フードプロセッサからパンとスープを取り出し、彼女に差し出した。 まず、私達が食事をして見せると、彼女も恐る恐るだが食事を口にし始めた。
「しかし、言葉が通じないのは困ったものだな」
「こればっかりは、どうしようも無いぜ」
その時、ジェミニの遠隔操作アンドロイドが口を挟んできた。
「私に時間を頂ければ、ある程度の意思疎通は可能だと思います。 如何ですか?」
「本当に出来るのか? 何だか、全知全能のスーパーマンって感じになってきたな、ジェミニ」
「飽くまで・・・意思疎通を望む相手で有れば、ある程度の会話が可能なレベルまで情報を得る事が可能だろうと申し上げています」
「あ、ああ、そうだな。 ジェミニ、頼む。 やってみて呉れ」
彼女(いや、彼女で良いのか?)とジェミニは、船室に籠り会話を始めた。 ジェミニが写真を示し、彼女が答えると言った感じでコミュニケーションが始まった様だった。
2時間後、2人が部屋から出て来た。
「何とか、基本的な会話が出来るレベルに達しました。 翻訳装置を起動して下さい」
「こんなに早く? ジェミニ、お前、凄いな」
「これから会話を増やす事で、更に精度を上げる事が出来ます。 まず、基本情報をお伝えしておきます。 やはり女性でした。 星域は特定出来ませんが、ある星系の第2惑星だった様です。 母星から実験船のミッションに出て、事故に遭いました。 4人のチームでしたが、彼女以外は亡くなっています。 約半年前にこの惑星に墜落し、これ迄は、船に積まれていた食料と水を摂っていましたが、それが切れて飢えていた様です。 この惑星の物は口にしていないとの事です。 ああ、それと彼女は物理学者で、宇宙船の通信士も兼ねていたそうです。 それと、点滴と食事の効果は有りました。 今は、ほぼ健康な状態と言って差し支えないでしょう」
「そうか。 まずは元気になって良かった。 少し、話を聞かせて貰おう」
会議テーブルに4人が集合し、会話を始めた。
「事故に遭われたのはお気の毒でした。 取り敢えず、ご安心ください。 私達に敵意はありません」
「ありがとうございます。 死を覚悟していましたが、本当に助かりました」
「船は大破した様ですが、助かって良かった」
「生き延びたのは偶然です。 私の脱出カプセルだけが正常に作動した様です。 私は船の壊れなかった設備を利用し、SOSを発信しました。 貴方方が聞き届けて呉れたのですね」
彼女の話を聞き、ケンタが口を挟んだ。
「そこなんだけど。 俺達は重力波通信のパルス波を受信した。 失礼ながら、君の船の推進システムを見る限り、重力波の技術が使える技術水準とは思えない。 どう言う事か教えて呉れないか」
「はい。 私の乗っていた船は、ある時に推進装置の異常暴走を始めました。 イオン推進システムでしたが、初めての実用試験だったのです。 暴走は治まらず、無限の加速を続けた。 恐らく・・・光速の99.9999%程度には達したものと考えています。 船内の私達には僅かな時間でも、通常空間では遥かに早く時間が経過していた筈です。 詰り、通常の電波による通信では、母星に到達するまでに私の命は尽きてしまう」
「ほぼ光速の状態で、どの位移動したんだ?」
「船内時間で、約1年です」
「そりゃまた・・・下手したら700光年は移動しているって事になるな」
「その通りです。 私達は船の推進システムの修理を行い、何とか制御可能な状態になった。 しかし、またも不慮の事故により、推進システムが損傷し、結果としてこの惑星の重力に捕らわれたと言う事です」
「ここが生存可能な惑星で良かったですね」
「ええ、推進システムの損傷が回復不可能と判断した時点で、到達可能な星系内で唯一水の存在が検知されていました。 その意味では、望んでこの惑星に降りたのですが、重力の影響が想定外に大きく、船体の破損につながったのです」
「狙って降りたのか・・・そりゃ、そうだよな。 ところで、重力波通信を使いたかった理由は分かりましたが、貴方方の技術力で可能だとは思えない」
「ええ、そうでしょうね。 宜しければ、実物を見て下さい・・・」
私達は探査機を降り、彼女の先導で事故現場の先へと進んだ。
「墜落の衝撃で、船体は大きなダメージを受けましたが、内部機器の幾つかは原形を保っていました」
目の前に小高い山が現れ、少し進んだ所に洞穴が見えて来た。
「墜落直後、周辺を捜索し、この洞穴を見つけました。 運良く、この島には大型の肉食生物が居なかったらしく、風雨を凌げる安全な場所が確保出来ました」
「確かに、探査機で着陸前に熱感知で周辺を見てみたが、大きな捕食生物は居なそうだったな。 島で良かったよ」
洞窟を入ると、直ぐに複雑な装置が目に入った。
「これは・・・凄いな」
「はい、無傷だった搬送機を使い、船内の主要な装置と食料をここに運びました。 私は物理が専門ですが、実験船に乗るに当たって通信士としての教育も受けました。 実を言うと、推進システム異常で制御が効かなくなった時点で、私は重力波を使った通信システムの概念設計を始めていました。 技術的且つ理論的には、船の設備を改造する事で発信可能と想定しました。 唯一の問題は電源の確保でした」
「あっ、成る程」 ケンタが素っ頓狂な声を上げた。 「それで、パルス波だったのか」
「ええ、その通りです。 船から原子力電池を回収出来たのですが、既に1年以上使っており、燃料切れの寸前でした。 試験送信も出来ぬまま、一度きりの重力波送信を行ったのです」
「凄い! それが私達の受信装置に反応した訳だ。 正に奇跡的だ。 奇跡と言えば、こんな有り合わせの設備だけで、重力波通信装置を完成させるなんて・・・君は天才だ!」
彼女は、一瞬笑みを浮かべたが、直ぐに俯いてしまった。
「私の母星が何処に存在するのか、私には分かりません。 帰りたい気持ちは強いですが、今更戻っても数百年の時が過ぎ去り、もう知る者も居ない」
「お気持ちは良く分かります。 どうでしょうか、私達と一緒に帰りませんか? 通常、銀河連盟では未発達の文明との接触を認めていませんが、貴方の場合は人命救助要件が適用できる。 それに、貴方の知識と才能には敬意を表します。 もし、銀河連盟が認めて呉れるなら、是非、私達のチームに加わって欲しい」
「それは良い、俺も・・・加わって欲しい」
彼女は暫し考え込んでいたが、意を決した様に私達の目を見据えた。
「私には行く宛ても有りません。 当然ですが、ここに居ても一人で死んでいくだけ。 是非、ご一緒させて下さい」
「分かりました。 それでは、早速この地を離れましょう」
探査船に戻った私達は、彼女に船を一通り案内し、予備のユニフォームに着替えて貰った上で、コントロールルームへと戻って来た。
彼女は、船窓から惑星を見下ろし、呟いた。
「美しい惑星ですね。 私の母星も宇宙の宝石の様ですが、海や大気は汚染されつつありました。 今は解決出来ていれば良いのですが」
「そうなんだ? もし、銀河連盟に加盟して呉れれば、環境対策の装置技術の提供も可能だぜ。 因みに幾つかは俺のアイデアも使われている」
「そうなのですね。 この船もそうですが、素晴らしい技術ですね。 船内に重力も働いている」
「ああ、それは重力波推進システムの副産物だ。 如何様にもコントロール出来る。 ところで、君の母星の重力は今の状態で良いのかい?」
「ええ、ほぼ同じだと思います。 非常に快適です・・・」
「どうしたんだい? 急に黙ってしまって」
「ええ、今更どうしようも無い事ですが、あの大破した船と洞窟の設備はどうなるのでしょうか?」
「さあ、どうなるかな。 永い年月で、朽ち果てて自然に還るとは思うが」
「もしかしたら、数千万年後のこの惑星の住人が掘り当てて、びっくりするかも知れないぜ。 正にオーパーツってやつだ」
「そうかも知れないな。 私達には確認しようが無いが、もしそうだったら、彼等がどんな反応をするのか見てみたいものだ」
「アキラ、ケンタ。 そろそろ帰還しても良いですか?」
「ああ、そうだな。 ジェミニ、帰ろう。 発進だ!」
「了解」
「ところで・・・まだ、貴方の名前を聞いていなかったな」
「はい、失礼しました。 私はミロ。 私達の古い言葉で、知恵と勇気と言う意味が有ります。 私の父が、願いを込めて付けて呉れた名前です」
「ミロか、良い名前だ。 響きも良い。 さあ、知恵と勇気の女神さまをお連れしてご帰還だ!」
「アイアイサー!」
終り