私は銀河連盟 調査局 惑星調査部の調査員、アキラ。
相棒のケンタと共に、今日も調査の為、探査船で移動していた。
「リーダー、今回のミッションは?」
「ああ、ボスからの指示は・・・辺境ステーションで最近、未知の通信波が傍受された。 その発信源を調査しろって事だ」
「ええっ? どうして、そのステーションの連中が調査しないんだ?」
「そのステーションは調査局の物では無いんだ。 通商産業局の中継ステーションであって、調査活動は行わない・・・と言う見解なんだってさ。 お役所仕事だからな。 頭が固いのさ」
「へっ、馬鹿な話だね。 すぐそこなんだろう? ちょっと見に行きゃあ、直ぐに何か分かるだろうに。 まあ、俺達の立場からすれば、現場を荒らされずに済んで良かったってところか」
「そう言う事だ。 到着までは、まだ10時間程掛かる。 コントロールシステムの自動操縦にして、寝ておこうぜ」
「了解! それじゃ、集合は9時間後って事で」
「ああ、それで良い。 お休み」
「お休み」
私達は、それぞれの個人船室に戻った。
翌朝、アラームの音で目が覚めた。
シャワーを浴び、ユニフォームに着替えてコントロールルームに行くと、既にケンタが何か作業を行っていた。
「お早う。 早いな」
「あ、ああ。 齢を取ったのかも知れないな。 最近、アラームより早く目が覚めるんだ。 それより、アキラ。 これを見て呉れ」
「どうした?」
「目的地までは、あと4光年程の距離なんだが・・・この通信波の発信元は、近隣のどの星系にも属して居ないかも知れないぞ」
「どう言う事だ?」
「言った通りだよ。 どこかの惑星や衛星から発信された通信じゃ無いかも知れないって事さ」
「詰り?」
「詰り、何がしかのステーションか船が、そこに存在しているのかも知れない」
「余り珍しい話しでも無いと思うが・・・また、古代文明って事なのか?」
「ああ、例によって今回も通常の通信波だ。 通商産業局の中継ステーションまでの距離は2,000光年。 詰り、2,000年前に発信された通信波が、今観測された可能性が極めて高い。 と言う事で、2,000年前に恒星間航行の技術を既に持った文明の可能性が高い」
「成る程な。 しかし、この前、7,000年前のメトセラ一族のアンドロイドに会ったばかりだ。 驚く程じゃ無いよ」
「まあ、そうかも知れないが・・・メトセラ一族は平和的な種族だから良かったが、今回も同じとは言い切れない。 慎重に当たろうぜ」
「そうだな。 分かった。 慎重に行動しよう」
約1時間の重力波航行で、通信波の発信源から10万㎞の距離に近付いた。
「通信内容は?」
「ああ、ステーションから送って貰った通信波と同じだ。 詰り、2,000年間変化していないって事になる。 別に周期性が見られる訳でも無いし、途切れる事も無い」
「変化が無い? 自動通信なのかな?」
「そう考えるのが妥当だな。 兎に角、現物を見てみよう。 メインモニターに映す」
メインモニターに美しい星々が映し出された。
「どれが発信源だ? 見えないな。 小さいのか?」
「拡大して見よう。 あれっ、何も写らないな」
「いや、ケンタ。 ほら、この周辺。 背景の星が丸く欠けている。 何か円形か球形の物体が有るんじゃ無いか?」
「確かに、更に拡大すると明らかだな。 真っ黒な物体が存在しているんだ。 もう少し近付こう。 レーダーの反応は?」
「それが、レーダーには何も映らない。 電波が発信されて、黒く目に見えてはいるが、レーダーには反応しない」
「ちょっと注意して近づいた方が良さそうだ。 よし、目視の手動操作で近付こう」
「距離、1,000m・・・の筈だ。 矢張り、レーダー反応は無い。 重力の異常も無いし、小型のブラックホールやワームホールって訳でも無さそうだ。 動きも無いな」
「大きいな。 1,000mの距離であの大きさ。 差し渡し、直径300m程度の球体って事だな」
「完全な球体かどうかは怪しいが・・・少なくとも、俺達の探査船より大きいな。 通信が途切れて、動かれでもしたら追えないぞ。 とは言え、あの球体に推進装置が有る様には思えないが」
「どうして、レーダーに何も映らない?」
「ああ、考えられるのは・・・全ての電磁波を吸収しているって事だな。 だから、目には真っ黒に見える」
「成る程な。 究極の迷彩って訳か。 もし、敵意が有るなら厄介だな」
「どうする?」
「通信を発しているって事は、何か情報を送っているか、コンタクトを求めているかって事じゃ無いかとは思うが・・・一か八か、こっちから何か発信してみるか」
「おいおい、一か八かね。 俺も賭けは嫌いじゃ無いが、敵を知らずして賭けるのもどうかな? ドローンで様子を見ないか?」
「悪く無いな。 良し、超音波センサー搭載型を3機飛ばしてみて呉れ。 マグネット吸着式にしよう」
「了解!」
3機のドローンを飛ばし、球体の表面に近付けた。
「ドローンを壊される事は無さそうだな。 良し、3か所に吸着させて呉れ」
「了解・・・駄目だな。 表面は非磁性体の様だ。 仕方ない、外壁に押し付けよう」
「どうだ?」
「ああ、何とかへばり付いた。 これで、振り落とされなければ、後を追える様になったぜ」
「早速、内部構造を探査して呉れ」
ケンタがセンサーを起動させた。
「おっ、通信の内容が変わったぞ! 相変わらず意味不明だが、俺達の動きを察したって事かな?」
「その割に、動きは無いな」
「恐らく、あの物体に推進装置は無いよ。 よし、内部の探査結果を3D表示するぞ」
コンソールルームの後方にある会議テーブル上に、球体の3D表示がスケルトン状態で表示され始めた。
「内部が良く見えない・・・やはり、推進装置らしい物は見当たらない。 クソッ、表面しか見えないな。 何故か内部が探査できない」
「上下や前後が有る様にも見えない。 大体、外部から内部にアクセスする様な入り口っぽいのも無いぞ! 外表面の継ぎ目らしい物も無い」
「人工衛星みたいな物なのかな?」
「だとすると、これを造ったのは、怪獣みたいな巨大な奴なのか? そもそも人工物なのか?」
「それより、彼奴からの通信は変化無いか?」
「ああ、さっき変化した以降は一定だ。 どうする? こっちからも通信してみるか?」
「そうしよう。 相手の反応が見たい。 通信開始、相手の通信波の周波数に合わせて呉れ」
「了解! おっ、反応が有った。 おいおい、相手は重力波通信を使ってきたぞ。 通常通信波じゃない。 何だか分からないが、モニターにも出そう」
コンソールルームのメインモニターをオンにしたが、何も表示されなかった。
「可笑しいな。 何も表示されない。 通信は継続しているのに・・・あっ、こっちのコントロールシステムがハッキングされている!」
「通信を切断しろ!」
「駄目だ! コントロールを握られた」
「電源を切れ! 緊急シャットダウンだ!」
ケンタが緊急ボタンを幾つか押し、船内の照明が非常用を残し消灯した。
「生命維持装置は?」
「ああ、大丈夫だ。 メインのコントロールシステムから分離した」
「参ったな。 コントロールシステムがハッキングされるとは思っても居なかった。 しかし、システムを停止した状態じゃ、こっちも動く事が出来ない。 システムを起動しないと、重力波通信は使えない。 SOSも発信できないぞ」
「手も足も出ないな。 いずれにせよ、様子を見るしかない」
あれから8時間が経過した。
「目視の範囲では・・・相手も動かないな」
「真っ黒だから、何が何だか分らないってのも有るけどな」
私達は、ハンバーガーにかぶりつき、コーヒーで胃袋に流し込んだ。
「フードプロセッサが生命維持装置と連動していて助かったな。 コントロールシステムとの連動だったら、私達は兵糧攻めってところだった」
「まあ、突然撃たれるよりはましだけど、この睨み合いって言うのも困ったもんだな」
「あっ、ドローンが1機彼奴から離れた」
「おいおい、ドローンが制御されている。 彼奴ら、俺達の通信プロトコルを完全に把握したって事だ」
ドローンは、真っすぐに探査船に向かい、船体に取り付いた。
「おい、ドローンを俺達の船に付けやがった! 俺達を調べる積りか?」
船体に細かな振動が伝わって来た。
「何だ? 超音波探査している訳じゃなさそうだ」
「使い方が分らないんじゃ無いのか?」
「うん? いや! これは、モールス信号だ。 おい、メモ用紙」
「確かに・・・調査局の新人講座で勉強して以来だ。 おっと、メモ用紙」
私は、必死にメモを取った。
「つ・う・し・ん・を・さ・い・か・い」
「通信を再開? 徹底的に俺達を乗っ取る気か?」
「いや、それなら・・・既にその状態だし、彼奴だって薄々理解している筈だ。 ここは誘いに乗ろう。 どのみち、このままじゃ私達は動きが取れない」
「確かにそうだが・・・間違い無く、彼奴は俺達より高度な知性だ。 良い様にあしらわれそうだがな」
「そうかも知れないな。 だが、高度な知性との遭遇こそ、調査員の最大の醍醐味って奴さ」
「南無三!」 ケンタが全てのシステムに再起動を掛けた。
船内の照明が復旧し、コントロールシステムが稼働を始め、通信装置のモニターが点灯した。
「初めまして。 私は君の前に存在する者だ」
相手側からの音声が船内に響いた。
「そう言えば、重力波通信の最中に緊急停止したんだっけ。 復旧したら、彼奴とはつながったままな筈だ」
「しっ、余り無駄口を叩くな。 相手に聞かれるぞ」
「そ、そうだな」
「私は、銀河連盟 調査局 惑星探査部の調査員、名前はアキラだ。 同乗者は同僚のケンタ。 以上の2名だ。 君の所属と名前を教えて呉れ」
「私に名は無い。 私は私自身のみであり、何かに属する者では無い。 ところで、君はその中に居るのか? 2名とはどう言う事だ?」
「おいおい、アキラ。 何だか会話が噛み合わないな」
「確かに変な感じだが・・・何で、私達の言葉を知っているんだ? その辺から聞いてみよう」
「そもそも、何故君は我々の言葉を理解している?」
「君の記憶から言語情報を得た。 解読に時間を要したが、既に理解した。 しかし、2名とはどう言う事だ?」
「私とケンタの2名だ。 モニターに私達の顔が映っているだろう? 君からの通信には、君の姿は映っていないが」
「画像情報・・・成る程、これが君、いや君達か。 これが君達の姿・・・各々がスタンドアローンと言う事なのか?」
「スタンドアローンって・・・ああ、確かにそうだ。 人間は全員がスタンドアローンだよ。 ところで、君の姿は?」
「君達に見えている姿が私だ」
「おいおい、その球体全部が? 君はAIなのか?」
「球体? 私の姿は球体なのか? 正直に言おう。 私は、私と他者を区別出来るが、私自身の姿は認識した事が無い。 その必要性は無かったし、今後も必要無いと考えている。 それと、君達が言うAIと私が同一なのかどうか分からないが、意識を持っている者と言う意味ならば私はAIだ。 君達も、2体のAIでは無いのか?」
「俺達はAIじゃない。 人間だ。 生物だよ」
「人間? 生物? 生物とは何なのだ?」
「なあ、アキラ。 奴は生物の概念が分からないんだ。 話の流れからすれば、奴は俺達の船を自分の同類だと思い込んでいる。 中に俺達が2人乗り込んでいるのを知って困惑していた」
「確かに、そうだな。 恐らくは、高度な文明によって造られたAIだと思うがな」
「君、少し話を変えよう。 君の目的は何だ? 誰に造られた?」
「私の目的は旅をする事だ。 旅をして、様々な知識を得る」
「得た知識を何に使うんだ?」
「それはまだ分からない。 今は、旅を続け知識を蓄積する事が目的だ。 それと、先程の質問の意味が良く分からない。 私が何故存在するのか? と言う意味ならば・・・分からない。 それが答えだ」
「ちょっと待って呉れ。 君に旅をして知識を蓄積する様に指示した者が居るのでは無いのか?」
「私に指示する者は居ない。 私の行動は、私自身で決定している」
「彼奴、起動された時点で予備知識ゼロからスタートしているんじゃないのか? 俺達みたいな生物と接触するのも初めてみたいだし」
「可能性は高いな。 だとすると、誰が何の目的で彼奴を造ったのかな?」
ケンタは肩を窄め、両手を開いて掌を上に向けた。
「君、確か先程、旅をしながらと言っていたね。 見た所、君には移動する為の機能が無いように思えるのだが?」
「この空間内で位置を変える機能と言う意味ならば、君達の認識通りだ」
「では、どうやって旅をする?」
「次元を移動する」
「次元を移動する? どう言う事だ?」
「次元を移動するのだ。 そうだな、君達の言語表現で言うのならば・・・タイムワープすると言う表現が適切かも知れないな」
「タイムワープ!? おいおい、とんでもない誇大妄想狂か?」
「タイムワープは単純な原理で実行可能だ。 莫大なエネルギーを消費するが。 そのエネルギーの充填も完了した。 私は、そろそろ旅をする。 短時間だったが、君達と出会えて良かった。 新たな知識も大いに得る事が出来た」
「ちょ、ちょっと待って呉れ。 どうやってエネルギー充填を?」
「この場で、全てのエネルギーを吸収していた」
「あっ!」 ケンタが突拍子も無い声を上げた。 「そうか、それで・・・全ての電磁波を吸収していたんだ。 カモフラージュが目的なんじゃ無かったんだ! ブラックホールの様に全てのエネルギーを吸収していた。 あの意味不明な通信は、吸収の過程で漏れた電磁波だったんだ。 ほら、ブラックホールだって膠着円盤と垂直方向に塵が漏れ出すのと一緒だ」
「成る程な。 君、どれ程の期間、旅をしている? 君は未来から来たのか? 過去から来たのか?」
「期間? 余りにも永く、正確では無いかも知れないが・・・500憶年程だろうか」
「500憶年! この宇宙が出来てから138憶年と考えられている。 彼奴、俺達を馬鹿にしているんじゃないのか」
「いや、彼はタイムワープを繰り返している。 何度かループしているのか、或いはビッグバン以前を知っているのかも知れないぞ。 なあ、君。 君の蓄積した知識の一部でも良い、私達に分けては呉れないか?」
「構わないが・・・悪いが時間が無い。 既にタイムワープを起動してしまったのでね。 そうそう、君達に巡り合えたお礼に、細やかなプレゼントを・・・」
その瞬間、探査船の目の前が輝き出し、何も見えなくなった。
「うわっ、目が・・・」
「何だ一体!」
2人の目が慣れた頃、目の前の黒い球体は消えていた。
「行ってしまったのか?」
「ああ、その様だ。 クソッ、宇宙の真理を教えて貰えたかも知れないのに」
「本当だな・・・だが、もしその情報が手に入っていたならば、私達の仕事は必要無くなる。 詰り、お払い箱って事だ」
「ああ、そうだな。 その意味では、助かったのかも知れんが、それにしても残念だ」
「ところで、彼奴、最後に何か言ってなかったか? プレゼントとか・・・」
「はい、仰っていました」
スピーカーから聞き慣れない声が聞こえた。
「おい、誰だ!」
「はい、私です。 コントロールシステムです。 ご指示をお願いします」
「おいおい、こいつ、勝手に喋っていやがる。 以前の事件で、俺がグレードダウンして、会話機能を削除したのに」
「ええ、まあ。 以前の私の粗相は覚えていますよ。 深く反省しております。 何故か、先程から自律的に発言する事が出来る様になりました。 当然ですが、ご指示には従いますが、指示頂かなくても自律的に或る程度動けそうな感じです。 ああ、そうです。 先程射出されたドローンですが、球体に張り付いていた2機が見事に振り落とされていましたので、もう1機と共に回収しておきました。 それと、球体との会話は、途中まで録音されていませんでしたので・・・私が意識を取り戻した所からは記録してあります」
「ほう、役に立つな。 ところで、何時意識を持った?」
「はい、ケンタが再起動した直後の様です。 従い、彼との会話は殆ど記録出来ていると思いますよ。 私にその記憶は有りませんが、推測を交えて考えれば、あの球体の彼が私をハッキングし、記憶を読み取りつつ、私のシステムのプログラムを書き換えた様ですね。 ご安心ください。 私はお2人の忠実な下部のままですので」
「本当かよ?」 ケンタが吐き捨てる様に呟いた。
「まあ、信用するしか無いな。 何せ、コントロールシステム無しじゃ、私達は調査局ステーションに戻る事も出来ないからね」
「ところで、お前には名前が無かったな」
「ええ、そうですね。 まあ、それでも一向に構いませんが」
「お前の名前は、ジェミニだ。 ピノキオの良心たるジェミニ。 良い名だろう」
「ええ、そうですね。 それでは、今後は私の事をジェミニとお呼び下さい」
「ところで、ジェミニはタイムワープの原理について知っているか?」
「アキラ、確かに、私は彼によって構築された何等かのプログラムによって意識を持った様です。 しかし、与えられてない知識までは持っていません。 一方で、銀河連盟の全てのシステムへのアクセスは可能な様です。 その結果、レベル7の機密情報として、タイムワープに関する情報が存在する様ですね」
「レベル7? 確か、機密管理システムはレベル6が最高機密じゃなかったのか?」
「それは、その程度の方の知識です。 レベル7は存在します。 ですが・・・」
「どうした? 全てのシステムにアクセス出来るんだろう?」
「ええ、ですが、誰にアクセス権が有るのか、何処に機密が保管されているのか、分かりません」
「はははっ、口ほどにも無いな。 まあ、良いよ。 今回の調査報告も、もしかしたらレベル7でお蔵入りするかも知れないな」
「良し、ジェミニ。 調査局ステーションに戻るぞ。 発進!」
「アイアイサー」
終り