プロローグ
アキラ、ローム、ディプロの3人は、惑星BAZOから惑星EDENへの移動中だった。
「ディプロ、新しい身体には慣れましたか?」
「ああ、ローム。 快適だよ! いや、本当に素晴らしい。 君達の科学技術には驚かされるばかりだ」
「惑星BAZOの様子はどうだい?」
「おお、アキラ。 それもリアルタイムで惑星全体が把握できる。 故障者の1体まで、全てを見通す事が出来る。 正に脅威だ」
「気に入って頂いて良かった。 それでは、次のミッションである惑星EDENの調査について、お浚いしたいと思います」
「私が居た時は・・・緑豊かな大地に人々が溢れ、皆が希望に満ちていた。 遥かな宇宙に夢を馳せ、輝かしい未来を信じていたのだ」
「現在の様子です」 過去のスキャンデータが3Dで表示された。
「約2千年前の調査記録ですが・・・陸上は惑星全体が植物に覆われ、大型の肉食生物を頂点とした食物連鎖が形成されている様です。 この時点での調査では、知的生命の存在は確認されていません」
「いったい・・・何が有ったと言うのだ」 ディプロが呟いた。
「しかし、この惑星から通信波が発せられた事実がある」
「アキラの仰る通りですが、2千年前の調査でも・・・詳細には調査されていません。 理由は、通信が間欠的で、この時の調査期間中には発信が無かった・・・と言う事の様です。 当時は、これ以上の調査価値が有るとは見なされませんでした」
「例の黒い物体の様な間欠的なエネルギー・・・って事かも知れないな」
「現時点の情報では否定は出来ませんが、発信の間隔は概ね公転と同期しているのでは? と推測したとの調査記録もありました」
「この惑星の公転周期は?」
「340日だ。 いや、私が居た時はそうだった」
「はい、現在の公転周期は341日です。 5,800万年で1日伸びましたね」
「そうか・・・時の流れを感じるな」
「前回の発信は? 今回の調査期間に発信を捉える事が出来ないと、調査が難しそうだ」
「過去の発信記録・・・推定の部分も有りますが、恐らくこの1週間前後に発信が確認出来ると思われます。 通信波の内容は、まったく解読されていません。 銀河連盟の保有する全ての言語データと原始的な通信方法まで網羅した解析が試みられていますが、内容の理解には至っていません」
「まったく未知の通信アルゴリズムか、もしくは本当に意味が無いのか・・・発信者が分かれば、ヒントが得られるかも知れないな」
「現地への到着は明朝・・・10時間後です。 今日は、これで休息に入りましょう」
「そうだな。 じゃあ、10時間後にここに集合しよう。 ディプロは?」
「ああ、私は眠る必要もない。 今夜もジェミニの教育を受けるよ。 お陰様で私のメモリーはまだまだ空きが有るのでね」
「ディプロ、無理なさらないで下さいね」
「ああ、大丈夫だ。 楽しくてしょうがない・・・って言うのが実感だよ」
「それじゃ、お休み。 また明日」
アキラとロームは、それぞれの自室に向かった。 ディプロはコントロールシステムと直接接続し、ジェミニとの会話を始めていた。
緑の惑星
アキラは、不意に目が覚めた。 どうやら、直前に無意識でアラームを止めていた様だ。
少し寝坊した様だ。 急いでシャワーを浴び、着替えを終えてコントロールルームに向かった。 既にロームとディプロは、作業に入っていた。
「済まん! 寝坊してしまった」
船窓から美しい惑星EDENの姿が見えていた。
ディプロは、懐かしい故郷の惑星に見蕩れていた。
「綺麗な惑星だな」 アキラがディプロに声を掛けた。
「ああ、私が居た時以上だ・・・しかし、大陸の配置が変わっている。 全ての大陸が繋がっている様だ」
「マントルの影響でプレートが動いているのは当然だろうな。 年に3cmとしても5,800万年で2,000km程度は移動していても可笑しくは無いな」
「そうだな。 プレート移動と潮位変化が重なれば、大陸が全て一体になるケースもあるだろう。 改めて時間の流れを実感したよ」
ディプロは、感慨深げに惑星を見つめ続けた。
「アキラ、まずは地表データを全球スキャンします。 衛星軌道上から惑星を観測しながら作業を進めます」
「分かった、ローム。 ジェミニ! 並行して衛星軌道上のデブリも調査して呉れ。 特に金属反応は見逃すな」
「リョウカイ デス」
「ディプロ、もともと衛星は無かったのかい?」
「ああ、お陰で衛星による潮位変動は少なかったが、気流の強い惑星だった。 これは、今も変わらない様だな」
「TERAは月と言う衛星を持っていた。 肉眼で見える大きな衛星が身近に有ったお陰で、宇宙への憧れを強く持てたんじゃないかと思う」
「TONAもそうですね。 衛星が2つ有り・・・厄介者扱いされていましたので1つは軌道から外しましたが。 科学技術の発展には、衛星の存在が不可欠だったのだと思います」
「そうかも知れないな。 この惑星には衛星が無かった。 だが、逆にそれが故に、自分達の惑星以外の存在に強い憧れを持って、宇宙進出を目指したのではないかと思う。 少なくとも私は、同胞の未来の為に・・・過酷な資源採掘惑星での仕事に命を懸けた」
「そうだよな。 俺達は、偉大な先人の礎の上に、今が有る事を忘れてはいけないな」
「まあ、どの文明でもそうだろうな。 私は、この惑星の未来の為に身を捧げたが・・・そう悲観したものでもない。 事実、私は今もこうして生きている。 5,800万年の時を経て、更に高次元の存在にもなれた」
「そう言って下さると、私も嬉しいですね」 ロームが、僅かに微笑んだ。
「いや、何度も言っているが本心からだよ。 まあ、その昔、この惑星で生活していた私と、今の私が同じ者と言えるのか? については、極めて難しい問題だがね」
ジェミニから全球スキャン完了のアラームが告げられた。
「スキャンが終わりました。 まずは、軌道上のデブリデータを見てみましょう」
中央のテーブル上に、惑星EDEN軌道上の全てのデブリが表示された。
「凡そ・・・5万個と言ったところですね」
「ジェミニ、隕石由来と思われる物を消して呉れ」
3D表示されていた輝点が一気に減少した。
「凡そ・・・2万個程度ですね。 ジェミニ、最も大きい物から拡大表示して下さい」
テーブル上に、隕石状の物体が表示された。
「これは隕石だな、次。 これも、次。 これも、次。 おっ、これだ」
「明らかに人工衛星ですね。 ジェミニ、この衛星の探査船への近接時間は?」
「ヤク 2ジカンゴ デス」
「よし、モニターしておけ。 次を出して呉れ。 次。 次。 おっ、これもだな」
「ジェミニ、この人工衛星は?」
「ヤク 15フンゴ デス」
「こっちから確認しよう。 シャトルで出るぞ」
「了解です」
「私も良いかね?」
「当然! 行こう」
3人は小型シャトルに乗り込み、人工衛星へと向かった。
「ジェミニ、誘導して呉れ。 距離50mで相対速度ゼロ」
人工衛星と並走しながら観察を行った。
「この衛星は、私がこの惑星に居るときに、無重力実験用に造られたステーションだったものだ。 間違い無く、私の母星であった事が証明されたな・・・少なくとも、私の時代はラボとして使用されていた。 流石に破損が激しいな」
「中も調査した方が良いかな?」
「アキラ、破損が激しい様ですので・・・無駄でしょう」
「そうだな。 よし、もう一つの方に行こうか。 ジェミニ、誘導を頼む」
30分程移動し、目的の人工衛星に近付いた。
「これは・・・私も見た事が無い。 かなり大型だな! 外壁の文字が・・・損傷で一部が欠けているが、これは軍事衛星かも知れない」
「どうして分かる?」
「この文字は、私が所属していた国の軍の略称だ。 私が採掘惑星で勤務していた時、国の政情不安が囁かれていた。 まさか、こんな軍事目的の人工衛星が造られているとは思わなかった」
「都合良く外壁の破損から内部に入れそうだ。 入ってみよう」
「了解です。 ディプロは・・・船外活動スーツは不要ですが、念の為着用下さい」
「ああ・・・」 ディプロは、やや放心状態だった。
軍事衛星内部へ
3人は、シャトルを軍事衛星の外壁に固定し、衛星内への侵入を試みた。
「どうやら、コクピットみたいだな。 操縦桿らしきものやモニター類が並んでいる」
「アキラの推測の通りの様だ。 そこの赤いボタンは、ミサイルの発射ボタンらしい」
ディプロは幾つかのボタンや操作パネルを触りながら話を続けた。
「流石にエネルギー供給が止まっているが、間違いなく軍事衛星だ。 しかも・・・私の国のものだ。 クソっ、一体、何をやったのだ!」
「アキラ、下のフロアに降りるハッチの様です」
「良し、進んでみよう」
ハッチは容易に開く事が出来た。
「広いな・・・兵器の格納庫・・・と言ったところか」
「間違い無い。 核兵器・・・のマークが書いてある」 ディプロが項垂れる様に呟いた。
「核兵器! 核を使ったのか! 俺達も被爆に注意しないと・・・」
「5,800万年が経過しています。 最早無害です」 ロームは淡々と解説した。
「奥に部屋が有る様だな。 行ってみよう」
スライド式のドアを開けると・・・奥に死体が浮遊していた。
「宇宙空間のお陰で、腐敗していませんね」 そう言いながら、ロームは死体から細胞のサンプルを採取した。
「ああ、不気味だが・・・」
「恐らく、この衛星の司令官の部屋だろう。 その宇宙服の記章は軍の将軍だった事を示している。 死体のこめかみに傷が見られる。 拳銃で自殺したのだろう」
「何故?」
「容易に想像出来るのは・・・自分が行った事への自責・・・惑星に核弾頭ミサイルを落としたのだろう・・・何て事を!」 ディプロが激しく壁を叩いた。
探査船 コントロールルーム
3人は、人工衛星の調査を終え、探査船に戻っていた。
「司令官と見られる人物の部屋で得られた情報は・・・」 ディプロは、少し元気になっている様に見えた。
「私が勤務していた採掘惑星を最後の連絡船が発ってから24年後、何等かの原因で惑星全体を巻き込んだ世界戦争に突入した。 恐らく、戦争の原因は資源争いだったろう。 自分達の惑星の資源は限られている。 採掘惑星は、私の惑星も含め幾つかが存在したが、基本は金属資源に限られていた。 必要なのは食料だった。 爆発的に増加する人口をコントロールする事が出来なかったのだ。 無謀にも・・・我が国とは思いたく無いが・・・どこかの国が核を使用した。 連鎖的に各国が核を使用した事で・・・絶滅した。 我々以外の知的文明とコンタクトさえ出来ていれば! 今ならば、あんな事にはならなかった筈だ! 我々は・・・早く生まれ過ぎたのだ」
ディプロは、話を終えると項垂れ、椅子に座り込んでしまった。
「恐らく、あの司令官は、人工衛星から惑星の地獄絵図を見下ろし、悲観して自殺したのだろうな」
「5,800万年前の出来事の推定は、大きく間違っていないと思います。 しかし、ならば何故、絶滅した筈のこの惑星から、今になって信号が発信されているのか」
「もしかしたら、細々と生き残った人々が居たんじゃないのか?」
「しかし、過去の調査では、知的生命の存在が確認されていません。 やはり、現地調査が必要ですね」
「ああ、勿論だ。 ジェミニ、惑星のスキャンデータを表示して呉れ」
テーブル上に、惑星EDENが3D表示で描かれた。
「ご覧の様に、惑星には大きな大陸が一つ。 ディプロの時代は、幾つかに分かれていた様ですが」
「私の国があったのが、この辺りだった筈だ」
「海洋が約70%、陸地が約30%です。 陸地は、ほぼ一様に草木が生い茂っています。 不思議な事に・・・砂漠の様な地域は見られません」
「確かにな。 私の頃は、この一帯は完全な砂漠だった」
「ローム、ディプロ達が存在した頃の痕跡は見られるのか?」
「5,800万年経っていますからね。 地表上では、まったく確認出来ません」
「ローム、地殻の内部を見て呉れ」
「はい」 ロームが画像をピンチし、地殻内部の情報が表示された。
「確かに・・・地下数百m程度に金属が多く含まれている層が存在しますね。 ああ、大陸の全域に点在しています」
「これは・・・当時の大都市が存在していた辺りと一致している!」
「う~ん。 すると、5,800万年と言う時を経て、過去の文明は地層に埋もれ、地表には植物が繁栄した・・・って事か」
「流石に軌道上からのスキャンだけでは分かりませんが、過去の調査では多様な生物が食物連鎖を形成していると記録されています。 もしかするとディプロの同胞も生き延びた者が居たかも知れませんが・・・」
「ローム、気を遣う必要は無い。 その事は・・・もう諦めている」
「ローム、地表の表示に戻して呉れ。 調査ポイントを絞り込もう」
「はい」 ロームは再度画像をピンチし、地表面の全体像を映し出した。
「ローム、ゆっくりと自転通りに回転させて呉れ」
3D画像がゆっくりと回転を始めた。
「う~ん」3人は画像を見詰めた。
「おっ! ローム、止めて呉れ」 アキラは、画像に近付き、拡大操作をした。
「これだ。 極めて、違和感がある」
隕石によるクレーターだろうか、巨大な円形の地形が見える。
「単なるクレーターでは無いですか?」
「ああ、そうだろう。 しかし、見て呉れ・・・植物も幾何学的に配置されている様に見える。 この惑星は人の手が加えられている訳じゃ無い。 極めて違和感がある」
「確かに、アキラの言う通りだ。 その場所は・・・惑星で最も大きなデータセンターが有った場所に近い。 何かしら関連が有るかも知れない」
「良し、最初の調査ポイントはここだ。 今日はもう遅いな。 調査開始は9時間後、それまで休息にしよう」
「了解しました」
「了解だ」
船窓から見える、惑星の姿に見入っているディプロ。 アキラは、彼の気持ちは推し量るしか無いが、さぞかし無念なのだろうと感じていた。
ディプロの母星は、核戦争により絶滅していた事が判明した。 果たして、謎の通信波は何者の手によるものなのか。 3人は、いよいよ惑星へと上陸する。 続く