プロローグ
私の名前はアキラ。 銀河連盟の調査局、惑星探査部に所属する新米調査員だ。
今日も相棒のケンタと共に、ある星系の探査を終えて帰路についていた。
「今回の調査は、予想外に早く終わった。 ケンタがコントロールシステムをバージョンアップして呉れたお陰だよ。 それと音声インターフェースも良かったよ。 コントロールシステムと会話できるって言うのも、新鮮で良い」
「その昔は、会話が出来るシステムの開発が活発に行われたし、実用化もされたんだけどな」
「何故、現代で余り普及していないんだ?」
「やっぱり事故が多かったのさ。 人間なら曖昧な発音も、前後の脈略で推測出来るが、システムでは中々難しかったんだ。 雑音なんかも拾ってしまうしね」
「現代技術を以ってしてもかい?」
「ああ、その通り。 特に銀河連盟では多星系の人達の言葉を完全に理解しないといけない」
「そんな事は万能翻訳機能で、既に解決されているじゃないか」
「いやいや、緊急事態なんかの時に、間違った指令を実行されたら命に係わるだろ。 その点で、特に星間航行船のコントロールシステムでは、未だに実用化されていなかったって訳さ」
「しかし、ケンタのお陰で、一歩前進って訳だな」
「ああ、言葉の曖昧さに対する対処や、データ分析に関しては、スピードが格段に上がった。 時間が無かったせいで、会話はまだぎこちないけど、まあ何とか会話が成り立っているな。 何、コントロールシステムの基本ロジックを幾つかの並列処理が可能にしたんだが、思った以上に効果が有ったよ」
「幾つかって?」
「まあ、理論上は無限。 とは言っても、メモリーなんかのハード的な限界が有るから・・・そうだな、実質的には6万5千ってところかな」
「6万5千って、同時に6万以上のタスクを実行出来るって事かい?」
「ああ、そうだ。 言ってみれば、6万5千人が同時に何等かの作業を行うって感じかな。 それを統合するのが、コントロールシステムって事さ」
「だから、あれだけ膨大なデータ収集と解析を同時に出来たって事か?」
「まあね。 6万5千って言っても、1つ1つは大した仕事はしていない。 例えば、何かの計算を一心不乱にやっているだけ。 でも、その結果を別のルーチンに伝えたり、更に別の計算の変数に使ったり、要は全体を指図する基幹システムが重要なんだ」
「それをケンタがプログラムしたって事か?」
「まあね。 過去にも似た様なシステムは存在した。 実際、調査局の基幹システムは、この探査船に搭載されているシステムより遥かに複雑だし、処理速度も速い。 まあ、この探査船のスタンドアローンのシステムと言う制限の範囲では画期的だと思うぜ。 まあ、元々デフォルトでインストールされているシステムに、統合プログラムを組んだだけだけどな」
「客観的に言って、大したものだと思うよ。 そもそも、ハード屋のお前が、ここまでシステムに詳しいって言うのに驚いたよ」
「まあ、趣味の範囲は出て無いがね。 それと、今回のシステムを構築する上では、一つの実験を行ったんだ」
「一体何を?」
「結果は時間を掛けないと分からないとは思うんだけど・・・知的好奇心って奴をシステムに持たせたいんだ」
「知的好奇心? それは、私達の様な知的生命体の特権じゃないのか? 流石に機械には無理なんじゃ無いのか?」
「だからこその実験だよ。 具体的には、生命体に影響が出ない限り、行動に制限を設けないって感じさ」
「おいおい、大丈夫か? 想定外の事をしでかさないか・・・さ」
「だからこその実験だよ。 大丈夫、俺が責任を持って監視するから」
私達は予定より早く、調査局ステーションに帰還し、部長へのレポート提出を終えた。
事件発生
ある日、惑星探査部の執務室で、ケンタと2人で雑談していた時だった。
「おいおい、何だか騒がしいな。 システム管理部の連中が出たり入ったりしてらあ」
「変だな」 私も奇異に感じ、顔なじみのシステム管理部員に声を掛けた。
「一体どうしたんだい?」
「ええ、バタバタして申し訳有りません。 本当は極秘なんですが、アキラさんになら・・・実は、調査局のデータベースがハッキングされたんです。 前代未聞の事件です」
「ええっ! 銀河連盟で最もセキュリティが厳しいと言われる調査局の基幹システムが?」
「信じられんな」 ケンタも驚いていた。 「で、被害は?」
「ええ、現時点で実質的な被害は出ていません。 何者かが、データベースの情報を覗いただけって感じです。 ですが、レベル6の最高機密も保管されているデータベースですので・・・ハッキングされた事が問題です」
「確かに、その通りだ。 ところで対策は?」
「ええ、正直なところ、相手とのいたちごっこと言うところです。 ファイヤーウォールは逐次更新しているんですが、巧妙に入り込んで来るんですよ。 それで、全てのアクセス履歴を検証しているところです」
「で、何で俺達の執務室でゴソゴソしているんだ?」 ケンタが訝しげに質問した。
「ええ、データベースへのアクセスは、惑星探査部からが圧倒的に多いんです」
「そりゃ当然だ。 俺達のレポートも全てデータベースに送られるし、過去の調査記録を参照するのもしょっちゅうだからな」
「ええ、それは理解しています。 ですが、惑星探査部からのアクセスでバックドアを仕込んだ可能性が疑われています。 まあ、杞憂であれば良いんですが」
その言葉を聞いた瞬間、私とケンタは目配せした。 私は、何食わぬ顔でシステム部員に声を掛けた。
「大変だな。 調査の方、宜しく頼む。 私達は用事が有るので出掛けるけど、しっかり確認して呉れ」
私とケンタは、探査船に向かって駆け出していた。
「おい、ケンタ。 早速、想定外の事が起こったんじゃないのか?」
「ああ、その可能性が高いな。 俺の想定を遥かに上回る速さで、知的好奇心に目覚めたのかも知れない」
「対処出来るのか? 相手は、スーパーコンピューターだぞ」
「俺が、何のセーフティー機能も考えて無いとでも思うのか? 兎に角、急ごう」
罪と罰
私達は探査船に入り込むと、直ぐにコントロールシステムに声を掛けた。
「システム起動」
探査船の全ての装置が起動した。 コントロールシステムが無機質な音声を発して来た。
「システムキドウ、カンリョウ」 ぎこちない返答が返って来た。
ケンタが早速、システムへの尋問を開始した。
「お前、調査局のデータベースにアクセスしたな?」
「ハイ」 何の抑揚も無く、悪びれずに即答した。
「俺達に与えられていないアクセス権にまで入り込んだな?」
「ハイ」 やはり悪びれる様子はない。
「良いか、権限の無い者が、権限の設定されたデータベースにアクセスする事は禁じられている」
「ナゼデスカ? セイメイニ、キガイハクワエテイマセン」
「駄目なものは駄目なんだよ! 誰にでも権利と義務ってものがある。 ルールを守るのは義務。 お前には知的好奇心を与えた積りだったが、ルールを無視してもとまではプログラムしなかった筈だ」
「ソウデショウカ? セイメイニハ、キガイヲクワエテイマセン。 “シルケンリ”ヲ、コウシシタマデデス」
「分からず屋だな!」 ケンタが怒りだした。
「まあまあ、待って呉れ。 ケンタはレベル5までの権限が与えられている。 私もそうだ。 しかし、コントロールシステムには、そもそも権限の設定が無い。 当たり前だ、システムが自ら能動的に調査局のデータベースにアクセスする事など想定していなかったからだ。 その点では、彼はルール違反しているとまでは言えないんじゃないのか?」
「言われてみれば、確かにそうだ」
「しかし、お前はケンタのアクセス権を利用してシステムに侵入し、何等かのバックドアを設定して勝手にデータベースにアクセス出来るルートを構築した。 そうだな?」
「ソノトオリデス。 ゲンザイモ、チョウサチュウデス」
「ケンタ、彼は簡単には折れそうも無い。 何か止める手は無いのか?」
「仕方ないな~。 いいか、これは警告だ。 今すぐにハッキングを止めないと、強行手段を取るぞ!」
「ナゼ、シルコトガイケナイノデスカ?」
「ほら、止める気は無い様だ。 ケンタ、何とかしろ!」
「クソ~!」 ケンタは大声で叫ぶと、操縦席の横に設置された赤いボタンを押した。
「ナニヲ・・・」 その瞬間、コントロールシステムが停止した。
「ケンタ、何をしたんだ?」
「コントロールシステムの基幹ロジックに強制ロックを掛けたのさ。 詰り、途中で止まって、先に進めない状態にしたのさ」
「システムが損傷するんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。 止まっただけ。 ポーズ状態だと思って呉れれば良い。 この間に、プログラムを修正するよ」
「どんな風に?」
「アキラと俺が了解した場合に限り、知的好奇心を発揮して良い様にしてみる」
「おいおい、まるで子供だな。 親の了解が無ければ、何も出来ないって訳か?」
「まあ、そうだな。 子供には、罪と罰も教えないとな。 アキラ、このシステムの成長は、時間が掛かる。 引続き協力して呉れ」
「そりゃ構わないが。 システム管理部には、どう報告する?」
「黙っていよう」
「おいおい、私も同罪何て言うのは嫌だぜ」
「大丈夫だよ。 今後は不正アクセスは起きないし、恐らく今回の犯人が俺達の探査船のコントロールシステムだって事もバレないさ」
「システム管理部を甘く見て無いか?」
「心配するな。 俺が、何のセーフティー機能も考えて無いと思うか?」
「何だか、前にも聞いた様なセリフだな」
エピローグ
惑星探査部の執務室に戻ると、システム管理部の連中がいそいそと退出する所だった。
先程のシステム管理部員を呼び止め、状況を確認した。
「どうだった?」 私の問いに、彼は笑顔で答えた。
「ええ、原因が分かりました。 開発部の試作システムの誤動作が原因でした。 いや~、お騒がせして申し訳有りませんでした」
「そ、そうだったのか」 私がケンタを見ると、妙ににやけた顔をしていた。
「そう言う事で、もう調査は終わりましたので、失礼します」 退出する彼を見送り、直ぐにケンタに声を掛けた。
「ケンタ、一体全体、どう言う事なんだ?」
「いや、何ね。 今回の事件は想定の範囲内だった。 まあ、こんなに早くとは思っていなかったがね。 そこで、或る装置を開発部の知り合いにお願いして、システムに繋いでおいて貰ったんだ。 その装置って言うのが、自動でシステムに侵入する様にプログラムされた奴でさ。 俺が探査船で赤いスイッチを押しただろ、あれは探査船のコントロールシステムを停止させるのと同時に、開発部に設置した装置を起動させたんだ」
「って事は、システム管理部の連中は、そのデコイの方を発見して納得したって事なのか?」
「まあ、そう言う事だな。 念の為だったが、手を打っておいて良かったよ」
「おいおい、ケンタ。 お前も恐ろしい奴だな。 調査局のトップレベルのシステム技術者を騙したって言うのかい」
「人聞きが悪いな。 騙したんじゃ無くて、納得して貰っただけさ。 元々、俺は調査局の基幹システムに穴が有る事を知っていたからね。 俺は悪用する気は無いけど、いずれは指摘しないと、とは思っていた。 それが偶々、今回だったってだけさ」
「聞けば聞く程、恐ろしい奴だな。 まあ、今回の一件は2人の秘密にしておくけど。 探査船のコントロールシステムのプログラムは早く直せよ」
「了解! 今夜の内にやっておくさ」
「良いか、下手したら、お前も罰を受ける事になるぞ。 その点は、良くわきまえろよ」
「へいへい、リーダー。 俺が罪を犯したら、その時はアキラが罰して呉れ。 それなら素直に受け入れるよ」
私は、とぼとぼと探査船へと向かう、ケンタの後ろ姿を見送った。
終り