プロローグ
アキラとロームの二人は、辺境の惑星SONAに向かっていた。 銀河連盟の中央府からも、銀河辺境のTERAからも5万光年程離れた、銀河外縁部の星系へと。
探査船のコントロールルームで、アキラとロームが今回のミッションのお浚いをしていた。
「アキラ、後2日程でやっと到着ですね」
「ああ、途中で調査局の辺境ステーションへの届け物も有ったから、ちょっと時間を食っちまったしな」
「でも、ステーションの皆さんは喜んでいましたね」
「そりゃそうだ、ボスからの差し入れでTERAの極上ワインを届けたんだからな」
「ステーションの設立1,000年記念パーティーが行われるそうですから」
「そうだな。 そう言えば、俺達もパーティーに参加すれば良かったよな」
「しかし、それではSONAへの到着が一週間は遅れてしまいましたよ」
「良いじゃないか。 そもそも、今回のミッションは、それ程お急ぎって訳でもないんだから」
「いいえ、時間は貴重です。 時は金なり・・・でしたよね」
「そりゃあ、そうだが。 俺達の調査は金儲けが目的じゃない。 知的好奇心の欲求を満たすのが目的だ」
「そうですね。 TERAの言葉は、使い方が難しいですね」
「ところで、何ともボスの話しは、寝耳に水って感じだったな」
「それもTERAの言葉ですか? 意味する所は分からないでもないですが・・・ボスのお話、もう一度お浚いしてみましょう」
調査局内、いつもの会議室。 ワダ、アキラ、ロームの3人が集まっていた。
「私が駆け出しの頃、現地実習で先輩調査員と調査した惑星だ」
テーブル上には、辺境の恒星系の3D画像が表示されていた。
「何の変哲もない恒星系、その第2惑星SONAに行って貰いたい」
「何の変哲も無い筈は無いですよね? ボス」
「まあ、そうだ。 この惑星には、生命は存在しない。 希薄な大気と、荒れ果てた荒野、混濁した僅かな海洋だけの死の世界だ。 衛星を2つ持つが、こちらは大気も無く、無数のクレーターに囲まれた、これまた死の世界だ」
「話が見えないですね」
「そうだな・・・私が調査に参加した時、惑星に生物反応が無かった時点で、早々に次の調査地点に移動する事になった」
「当然ですね」 ロームも話が見えずに困惑した表情を示していた。
「だが、記録担当だった私は、違和感を持ったのだ。 惑星の衛星軌道上に金属反応のデブリが複数個確認された。 その時に、一つでも回収して確認していれば良かったのかも知れないが、その時は教官の指示を受けて、次の目的地への移動を開始していた」
「金属反応って言ったって、隕石だって金属反応を示すし、衛星軌道に捕らわれるのもそれ程不思議な事じゃ無い」
「そうだ。 私もその時はそう思ったし、それ程には疑問にも思わなかった。 これが発見される迄はな」
ひどく旧式に見える人工衛星の3D画像が現れた。
「これは、銀河中心部で偶々航行中だった旅客船が遭遇したものだ。 見ての通り、かなり旧型の人工衛星の様に見える。 アキラ、これを見て何か思い出す事はないか?」
「え~っと・・・」 アキラは腕組みをし、首を捻って考え込んでいた。 「あ、ああ、そうだ! ボイジャーだ!」
「アキラ、流石にTERA人、正解だ。 正に、TERAで数百年前に発射されたボイジャーに似ている様に見える」
「アキラ、ボイジャーとは何ですか?」
「ああ、TERAがやっと宇宙ロケットを開発した頃、太陽系の探査と、太陽系外への情報発信を目的に発射された人工衛星なんだ。 僅かな推進力しか持たず、惑星とのスイングバイを利用して宇宙を漂う。 機体に、TERAに関する絵による情報などを乗せていた。 宇宙の誰かに拾われる事を夢見て」
「なかなかロマンティックな話ですね」
「ああ、だが、未だにボイジャーは回収されていない。 どこかの星の重力に捕らわれたのかも知れないけどね。 ところでボス、この物体がボイジャーとは思えないですが?」
「その通りだ。 しかし、同じ様な意図を持って作られた物かも知れないと考えた者が居た。 予想通り、有ったよ」
3D画像が、1枚の金属プレートの様なものを描き出した。
「これを見て呉れ。 どうやら、TERA人と同じ様な発想をした様だな。 と言うか、ある程度の文明レベルでは、誰もが同じ様な発想をするものなのかも知れないな。 運良く、破損も免れていた。 この円と線で描かれた物が、この装置の製作者の惑星と、その星系に関する情報だと考えるのは至極当然だと思うが・・・SONAだった」
「ええっ! と言う事は、現在のSONAは文明が死滅した廃墟・・・と言う事ですか」
「当然、そうなるのだが・・・この装置の移動速度と回収地点からSONAまでの距離で逆算すると、約3億年前にSONAを発射されたのではないかと推定された」
「3億年前! 惑星EDENの比じゃない! 成る程!」
「アキラ、これ以上の説明は不要だろう。 惑星SONAを再調査して欲しい」
「了解!」 アキラとロームは、声を合わせて答えた。
死の惑星
「アキラ、SONAに到着です」
コントロールルームの窓から見える惑星は、薄く淀んだ大気に包まれ、生物の存在しない死の惑星を映し出していた。
「ローム、それじゃ、軌道上から、惑星のスキャンと衛星軌道上のデブリの確認を行って呉れ」
「分かりました。 2つの衛星の方も見てみますか?」
「そうだな。 仮に宇宙進出するレベルの知的生命なら、衛星上に何等かの施設を建設していても可笑しくは無いよな。 軽く表面スキャンをして呉れ」
「了解です。 データ収集には、16時間程度が必要ですので、今日はこれで休憩にしましょう」
「OK、それじゃ、ロームも休んでくれ」
「ええ、分かりました。 アキラ、食事をご一緒しましょうか?」
「いや、ちょっと考え事をしたいんで、部屋で食べるよ。 ありがとう」
アキラは、自分の部屋のベッドに横になると、ロームの事を考えていた。
性分化し女性となったロームに対し、特別な感情が芽生えていた。 ロームは優秀で有り、コンビを組むには最適の人材だ。 一方で、母に似た面影のロームに見据えられると、母親に叱られていた子供の頃を思い出す程、ロームの言葉が母親のそれである様な錯覚に陥る事が度々あった。 しかし、何にも増して、その魅力的な風貌、完全な女性となった身体、知的で無駄の無い思考、どれを取っても自分にとって特別な存在であると感じていた。
ただ、勇気が無かった。 とても、自分の想いをロームに伝える勇気がなかった。
アキラは、悶々としながらも、徐々に微睡んでいった。
アキラは、アラームで目が覚めた。
急いでシャワーを浴び、身支度を整えてからコントロールルームに向かった。
既に、ロームが作業を開始していた。 いったい、いつ眠るのか? と不思議だった。
「あっ、アキラ。 データがほぼ整いました。 朝食も用意していますので、食事しながら確認しましょう」
相変わらず、ロームの手際は良かった。
会議テーブル上に、惑星の3Dスキャンデータが表示された。
「今回は、軌道上からですので、地下100m程度までの表層部の情報だけです」
「ああ、後で、降りてから全球データを取ろう」
「はい。 惑星表面は比較的凹凸が少なく、水の存在も僅かですので、海洋と呼べるレベルの水は存在しません。 表面状態から推察するに、マントルによる地殻の移動が停止もしくは緩慢で有る事が推察されます。 大気が薄く、水分も少ないので、降雨や川の形成による地殻の浸食も見られません。 例の黒い物体に相当する様な、スキャンデータの異常も見られませんので、この惑星は例の物体は関係無いかも知れませんね」
「いや、ローム。 あの小さな物体は、俺が触れた事で機能停止した。 もしかしたら、残骸は残っているかも知れないぞ」 アキラはパンを頬張りながら意見を述べた。
「確かに・・・そうかも知れませんが、その場合は物体を特定するのは至難の業ですね」
「まあ、確かにそうだな。 クレーター状の痕跡は?」
「ご覧の様に無数に存在します。 先程も申し上げた様に、風化が進みにくい気象状況ですので、この様に綺麗に残っていますよ」
「そうか、これ程有ると、クレーターを目標にも出来ないな」 そう言うと、スープを一気に飲み干した。
「ええ。 それと、これがデブリの情報です。 3D画像を広角にします」
惑星が小さくなり、衛星軌道上の全てのデブリが表示された。
数にして、ざっと数万個が様々な軌道で惑星の回りを廻っている。
「ローム、隕石由来と思われるものを消して呉れ」 今度はサラダを頬張っていた。
「はい」
瞬時に100個程度の輝点だけになった。
「それじゃあ、一番大きなものにフォーカスして呉れ」
そのデブリを拡大すると、見るからに金属の塊と言った隕石状の物体が写った。
「二番目は」
これも、やはり隕石状だった。
「三番目」
テトラ状の本体から、複数の突起が出ている物体だ。 明らかに人工物だ。
「ビンゴ!」 アキラは指を鳴らした。
「ビンゴ?・・・どの様な意味ですか?」
「そうだな、“当たり”って言う程度の意味だよ。 これは、間違い無く人工衛星だ」
「そうですね。 見るからに骨董品の様に見えますが、本体から突き出たパネル状のものは、太陽電池パネルの様にも見えますね」
「ああ、恐らく間違いないだろう。 ローム、探査機で直接見に行こう」
「分かりました」
「ジェミニ! しっかりシールドを張って待っていろよ。 それと、あの人工衛星に動きが見られたら、直ぐに連絡をよこせ」
「リョウカイ デス」
二人は探査機に乗り込み、探査船を離れた。
「よ~し、まずは、相対速度ゼロで100mまで近づこう」
「ああ、あれですね」
「OK、接近する」 10mの距離まで、ゆっくりと周回しながら目視での確認を行う。
「意外に大きいですね」
「ああ、数人は居住出来そうな大きさだな。 発信も光点も見られないし、恐らく既に死んでいるな」
「ええ、非接触での分析では、概ね3億年程前のものですね。 ボスの仮説が早速裏付けられました。 しかし、良く惑星の引力に引き込まれずに残りましたね」
「まあ、ラッキーだったって事だろ。 窓の様な開口部が見られるが、表面の痘痕面から推察すると、他のデブリと何度も衝突したんだろうな。 よし、回収して探査船の倉庫で詳しく調べよう」
「はい、ギリギリ倉庫に入りそうですね。 ジェミニ! 誘導をお願い」
衛星と探査機をドッキングさせ、ジェミニのコントロールで、探査船の倉庫まで運び込んだ。
人工衛星の観察
「こうやって見ると、大きいな」アキラも少し驚いていた。
「ええ・・・一応、簡易スキャンでは、爆発の危険性は無く、生命体の存在も無いようです」
「よし、それじゃ、一番上の開口部から入ってみようか」
「了解です」
高所作業アームを利用し、壊れた窓から船内に侵入した。
外面同様に、内面もかなり損傷している。 各所に小型のデブリが貫通したであろう損傷が見られた。
「このスペースの大きさから見ると、この衛星の製作者は、我々よりも巨体だった様ですね」
「ああ、この床面から、あのスイッチと思われるものの高さは2m程度。 銀河連盟の設計規格と比較すれば、恐らく彼等の身長は2.5mが標準サイズと言う事になるな」
「それに、この椅子のサイズ。 横幅は我々のものとそう変わりが無いですから、相当に細身の体型だった様ですね」
「して見ると、ここは操舵室もしくはコントロールルームだったんだろうな。 目視の範囲では、驚くようなシステムでは無さそうだ。 TERAで言えば、200年前と同じ様な、恒星間航行が出来たか出来なかったか・・・と言った科学レベルだったんじゃないかな」
「ええ、これが彼等の最新技術ならば、ですけどね。 もしかしたら、博物館の展示物だったかも知れませんよ」
「確かにそうだな」 アキラは、母親に叱られた子供の様に、不機嫌な顔つきになった。
「私は、可能性を述べただけです・・・少しウケも狙いましたが、逆効果だった様ですね」
ロームは、澄ました顔で、サラッと言った。
「このハッチで下に行ける様だな。 開くと良いが・・・手動で開けられるかな」
「セキュリティ的には、手動で開けられる構造に設計されていると思いますが」
アキラが、4隅のハンドル状の物を捩じると、カチッと音がした。
「どうやら、開いた様だな。 取っ手を引いてみるぜ」
アキラが取っ手を引くと、ほとんど力を掛けていないのに扉が開いた。
「意外と、作りが丁寧だな」 下の階の様子を除きながら・・・アキラは感心していた。
「この人工衛星は無重力を前提に造られていますね。 もう一つ、梯子を用意します」
「ああ、頼む。 いや、待てよ、それより・・・ジェミニ、倉庫の重力をオフにして呉れ」
アキラの指示で、倉庫区画のみの重力が切られた。 二人の体がふわりと浮かんだ。
「どうだい、ローム。 これなら、設計通りに使えるんじゃないか」
「さすがアキラです。 思いつきませんでした」
アキラは、ちょっと鼻が高くなった気がした。
二人とも、階下に侵入した。
「居住区画と言ったところでしょうか? 幾つかのコンパートメントに区割りされていますね」
「ああ、恐らく間違いないだろう。 6部屋の様だから、6人で使う設備だった様だな」
更に階下に行くためのハッチが有った。 同じ様に開くと、更に階下が拝める。
「見たところ、ドッキング用のエアロック室と、恐らくは生命維持装置や制御装置の類の様に見える。 まあ、仕事部屋ってとこか」
「そうですね。 先に、この居住区画を確認しましょう」
「ああ」
順番に、一つずつ扉を開け、内部の確認を行った。
「この様子だと、この設備を廃棄する時に、ほとんど持ち去った様ですね」
「そうだな。 せめて、彼等の写真でも置いてないかと期待したが、流石に持って帰った様だな」
「これを見る限り・・・この部屋は一人用に見えます。 スペースが貴重だった筈のこの手の設備で、尚、個人のプライバシーを優先する種族だった様ですね」
「そうだな」 アキラは、どんな人達だったのか? 思いを巡らしていた。
4つ目の部屋を確認した時だった。
「アキラ! これを見て下さい。 恐らく、惑星SONAを示していると思われます」
「ああ、確かに、これは例の“ボイジャー”に入っていたプレートに描かれていたものに似ているな」
「ええ、銀河系内の自身の恒星系の予想位置、恒星系の惑星配置と相対距離・・・間違い無くSONAを示すものでしょう。 しかし、我々の理解と大きく異なる表現がされています」
「何が? うん・・・あっ!」
「そうです。 衛星が一つしか描かれていない」
「驚いたな。 良し、この人工衛星の調査は後回しにして、衛星のスキャンデータを確認しよう」
部長のワダの指示で訪れた惑星SONA。 予想通りに3億年前に存在したであろう、文明の痕跡に辿り着いた。 惑星を回る2つの衛星には、どんな秘密が有ると言うのか! 中編に続く