世界樹
アキラが目を覚ますと、すでにロームは作業に掛かっていた。
「ローム、相変わらず早起きだな」
「ゆっくり眠らせて頂きました。 体調は万全です」
「ディプロは?」
「ええ、あの猿が居ないとかで・・・今朝方から、ジェミニと探しに出て行きました」
「そう言えば、昨夜のドタバタで注意が行き届いてなかったが、光柱が発信された時は既に猿は居なかった様な気がするな。 もしかしたら、発信の事を知っていて、先に避難していたのかも知れないな」
「ローム、穴の回りに取り付けたセンサーはどうする?」
「ええ、折角ですので、設置したままにしましょう。 しばらく、データを取り続けたいと思います」
「分かった・・・それにしても、ディプロは・・・」
その時、探査機のハッチが開き、ディプロとジェミニが戻って来た。
「残念ながら、猿は見つからなかった。 よもや、昨夜の発信で怪我でもしていなければ良いが」
「もしかしたら、彼には発信が予期できていたのかも知れないよ」
「ああ、そうであって欲しい。 ああ、そう言えば、この周りの森を見て来たが、まったく動物の気配がしなかった。 ちょっと異様な感じだった」
「えっ、それは気になるな。 ローム、探査船から地上の動物達の動きを調べさせてくれ」
「分かりました。 大型の生物しか確認出来ないかも知れませんが、熱感知の方が見易いかも知れませんね」
「ああ、3Dスキャン画像に重ねて表示して呉れ」
「おい、こりゃ大当たりじゃ無いか?」
大型動物が大陸中から大移動している様子が見て取れる。 その集合先は、例のネットワークケーブルの密度の高い場所と一致している様に見える。
「偶然とは思えませんね」
「ああ、行ってみよう。 ここから直ぐの筈だ」
アンカーを外した探査機は、ゆっくりと上昇した。
「目的地は12時の方向です」
「了解!」 アキラは探査機を前進させた。 数分後、思わぬ物が船窓から見え始めた。
「おいおい、あれはなんだ! とんでもなくデカい。 正に、世界樹・・・だな」
「世界樹? 何かねそれは?」
「ああ、TERAの神話に出て来る、世界を支える巨大な木の事さ。 実在するとすれば・・・あんな感じだと思う」
「しかし、スキャンデータでは、あれ程大きいのに表示されていなかったな」
「ええ、スキャンデータは特にハイライトしない限り、地殻データに重きを置きますので・・・まさかこれ程大きな木が存在するとは思いもしませんでした」
「確かに、軌道上からこの木を目視しても、単なる森にしか見えないものな・・・」
それ程巨木だった。 地上からの高さは数百m、大きく広がった枝葉はやはり数百m広がっている。 木の幹も規格外れの大きさだった。 幹の根元は直径100m以上も有ろうか、樹齢は定かでは無いが、根本には巨大な洞も見える。
「見ろ! 動物達が集まって来ている。 先頭は、あの洞に入って行ってる様だ」
「よし、降りよう。 あの丘の上が比較的平坦だ」
探査機を着地させ、アンカーで固定した。
「各自フェザーを用意! ジェミニ、しっかり護衛を頼む」
「アキラ! あれをご覧下さい」
洞に向かう列には、凶暴な肉食獣と草食動物が並んで歩いている様子が見える。
有ろう事か、小動物の中には肉食獣の肩口に乗っている者も居る。
「驚いたな。 信じがたいが・・・危険はなさそうだ。 まあ、注意しながら進もう」
3人とジェミニは、特段危険な目に合う事も無く、他の動物達と共に洞へと進んだ。 驚いた事に、行列には哺乳類・爬虫類・両生類と、地上で生活するありとあらゆる生物が混在している様だった。
「いったい、何が始まると言うのだ」
「分からないが、この動物達の行動を見ていると、年中行事って事かもしれないな」
「アキラ、ご覧下さい」 ロームがポータブルアナライザーを覗き込みながら言った「この洞の周辺は、既に化石化しています。 つまり、この世界樹は、根の一部が化石化する程前から生えていた事になります。 樹齢、数千万年と言った単位ではないでしょうか」
「信じられないな! しかし、現実か・・・」
洞を進むと、大きな空洞に出た。 動物達は、空洞の中心に向かい、大人しく整列している様に見える。
「見ろ!」 アキラが上を指さした。
空洞内上空、恐らくは世界樹の幹の中心と思われる部分が、ボンヤリと光り輝いている。
「あのお陰で、少し明るいんだ。 おおっ」
ボンヤリと輝いていた部分から、幾つもの触手の様なものが輝きながら降りて来た。 数え切れない程の触手の数だった。
「恐らく・・・地下茎の一種でしょう」 ロームが冷静に解説した。
触手は、空洞に集まった動物達に暫し触れた。 接触した動物達は、後の者に場所を譲る様に更に奥に見える出口に向かって行っている様だ。
後続の動物達がぞくぞくと空洞内に入って来る。
「どうする、アキラ」 ディプロが聞いて来た。
「ロームは待機していて呉れ、俺が行ってみる」
「もう少し様子を見た方が良いのでは?」
「郷に入っては郷に従えさ」 アキラが前に進み出た。
すると、一匹の猿がディプロに近付き、ディプロの手を引く様な仕草をした。
「おお、この子は。 無事だったか」
「あの猿ですね」
「おお、間違いない。 彼が私を誘って呉れている様だ。 ローム、私も行ってみる」
「分かりました。 私は、ジェミニと共にここで待機します」
ディプロも、猿に手を引っ張られるように前へと進み出た。
空洞の中心付近まで来ると、触手がアキラとディプロにその先鞭を付けた。
アキラに接触した触手は、暫しアキラとの接触を続けていたが、ディプロに接触した触手は直ぐに離れてしまった。
「どうした事だ! アキラ! どうなった?」
「おおっ、これは・・・」 アキラが触手との接触で、何かを感じている様だ。
アキラに接触していた触手が離れた。 アキラの息が荒くなっていた。
ディプロに担がれ、2人はロームの所迄戻って来た。
「アキラ、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。 間違いなく、木の意識を感じた。 しかし・・・恐らく言葉が異なるのと同じ様な感じで、木の意志を正確に受け取る事が出来なかった。 彼は、いや彼等は、俺との接触で驚きを感じていると感じられた程度だった」
「それは有り得ますね。 アキラはこの惑星の生物では有りませんし、相手方がアキラに違和感を持つのも当然でしょう」
「まてよ! ローム。 彼等は微弱な電流で情報を伝達していると言ったね。 私の外表面は絶縁の人工皮膚で覆われている。 それで情報伝達する事が出来なかったんだ」
「可能性はあります。 直接コネクタと接触すれば・・・」
「よし、もう一度やってみる」
ディプロは、再度、空洞の中心部へと進み、後頭部のコネクタを開放した。 あの触手が、ディプロのコネクタへと触手を接触させた。
予想した通りだった。 触手は長時間、ディプロとの接触を続けた。 その間も、動物達は次々と触手との接触を終え、ついにあの猿を残し最後の動物が出て行った。
「まだ続いていますね」
「ああ、かれこれ2時間を超えるな」
「あっ、触手が! ディプロから離れていきます」
木の中心部から新たな触手が何かを携え降りて来た。 ディプロに何かを手渡すと共に、ゆっくりと全ての触手が戻って行った。 上空の光の輝きは、今は少し照度を下げている様に感じた。
ディプロが猿と共にゆっくりと戻って来た。
「お待たせした。 申し訳ない。 全てが分かったよ。 探査船に戻って、話がしたい」
「あ、ああ。 貴方は、大丈夫なのか? 何か手渡されていた様だが・・・」
「大丈夫だ。 君達が与えてくれた、この身体のお陰だ。 詳しくは探査船で」
惑星EDEN 進化の歴史
アキラ達は探査船に戻っていた。 ディプロの肩には、あの猿が乗っていた。
コントロールルームに集合した3人。 猿は物珍しそうに窓から惑星を覗き込んでいた。
「ディプロ、どうだったんだ。 俺は、あの触手に触れた瞬間に様々なイメージを感じたが、正直言って何が何だか理解できなかった。 何かしら、感動的な何かを感じた。 ただ、心が落ち着く様な、不思議な・・・体験だった」
「アキラ、恐らく君が最初に指摘した通りだと思う。 木々の意識を理解できなかったのは、生物としてかけ離れていた事に加え、君がこの惑星外の生物だった事が理由だろう。 私が彼とコンタクトして得た全てを伝えよう」
木々に意識が芽生えたのは、最終戦争の直後だった様だ。 既に核爆発による戦禍は沈静し、荒涼とし放射能の嵐が吹き荒れる環境だった。
元は公園に自棲していた一本の木だった。 周りに大きな建物も無かったお陰だろう、偶然にも火災から守られた。 ただ、暗雲が空を埋め尽くし、充分な陽の光も得られない環境で、いずれ寿命を終えるのを待つだけだと思われた。
戦禍の直後から、命を長らえた小動物達が木の回りに集まって来た。 正に命の木だった。 ある者は葉を、ある者は根を食し、細々と命を存えていた。
その木は、元々授かった能力で地下茎を一杯に伸ばし、他にも僅かな木々が命を存えた事を感じていた。
何年が経った頃か、いよいよ環境が悪化し、降る雨にも有害物質が含まれる中、命の終焉を覚悟した頃、一つの隕石が暗雲を貫き、木の幹に突き刺さった。 運なのか奇跡なのか、一旦山の斜面に衝突し、速度が低下していたお陰で、木は破壊される事を免れた。
その瞬間だった。 木に明らかな意識が芽生えた。 まず、死にたくないと感じた。
地下茎を可能な限り伸ばし、周辺の木々と意識の交換をする方法を得、1本の木を中心とした木々のネットワークが拡大していった。
地下茎を地下に向けると、ネットワークケーブルの存在を認識した。 これにより、コンタクトの範囲を飛躍的に広げる事が出来た。
数千年が経った頃、放射能の影響は低下し、陽の光の恩恵も劇的に改善していた。 また、ネットワークの拡大と共に、木々の意識もより鮮明となり、思考する事が可能になっていた。
まず命存える事、そしてこの世界に住まうものが皆平和で幸せな環境を享受する事。 この世界が、細菌から動植物までの食物連鎖に於いて成り立っている事を体感していた。 一つの生物種が異常に繁殖する事は、避けなければならない。
備わっていた能力で地下茎を利用する事が役に立った。 もともと小動物達は食料として地下茎に触れる事が有った。 そのタイミングで微弱な電流に乗せ、木々の意識、惑星に住まう生物にとっての倫理観を植え付けていった。 強き者は弱き者を助け、命存える以上の捕食を禁じた。
それから数万年の時を経て、安定した世界を手に入れた。 環境は劇的に改善し、動植物は繁栄した。 時折、地殻変動や風水害の影響を受けたが、木々を中心に直ぐに復興を果たした。
以来、4,000万年程経つと、離れていた大陸が徐々に近づき、更にネットワークが拡大し、木々は更に明確な意識持つようになっていった。 自身も巨大化し、古い身体の表面に新しい身体を成長させ、最早元々の幹は化石化するに至っていた。 この時点で、この世界に於ける神に等しい存在になっていた。
生きとし生けるもの、全てが神の庇護の元に有り、平穏な一生を終える事が出来る世界になっていた。
木は意識していなかったが、自身の意識が明確になる度に、体内に留まっていた隕石に刺激されていた。 その後の数千年は、己が何者で、己以外が何者か? についての思索を続けた。 そして、一つの疑問が生まれた。 自分以外に知的生命は存在するのか? だった。 皮肉な事に、この惑星の生物は、木々の庇護の元に生涯を全うするが故に、文明の発生には至っていなかったのだ。
元々自棲していた植物に、光や電波に反応して微弱な電流を発する性質のものが有った。 巨大化させる事で、その効率を上げる事が出来た。 また、複数で受信する事で感度を上げる事を学んだ。 そこで、ある時、隕石の落下で出来たクレーターを利用する事を思いついた。 数万年の育成を経て、漸く受信システムが完成した。 多くのエネルギーを必要とするが、必死になって惑星外からの交信を探した。
長い観測の結果、1年に1度、ある方向からの通信が最も大きい事が分かった。 通信の内容は分からなかったが、少なくとも惑星外文明の存在を感じる事が出来た。
自分以外の知的生命が存在する事を確信し、今度は自らコンタクトする事を欲した。 更に数万年の時を掛け、エネルギーを逆流させる植物を育成し、発信を試みた。 幾つかの試行錯誤を経て、極力エネルギーの拡散を防ぐ方法を見出した。
5,800万年程経った時、やっと発信システムが完成した。 以来、数万年に亘って、情報発信を続けたが、成果は得られていなかった・・・今日までは。
エピローグ
「今日、アキラと接触した事で、惑星外知的生命とのファーストコンタクトを果たした事を・・・彼は自覚した」
「俺には・・・何が何だか分からなかった。 ただ、凄く疲れたが、安堵の感情だけを味わった様な感じだったよ」
「そうだろう。 彼は、君と接触した事で、自分以外の知的生命の存在を確認し、安堵した。 この世に、仲間が存在する事を自覚し、自分が数千万年に亘って行って来た事が間違いでは無かった事を悟ったのだ」
「何と壮大な・・・歴史でしょう。 ディプロ、貴方の壮絶な人生と並行し、惑星EDENに新たな文明、新たな知性が育ったと言う事だったのですね」
「ああ、そうなるね。 私も感動している。 出来る事なら、生身の体で、彼の意識と触れ合いたかった。 いや、君達が与えて呉れたこの身体、このテクノロジーのお陰で、彼等を理解する事が出来たのだから・・・もし存在するとすれば、これが神の思し召しだったのかも知れないな」
「しかし、やっと謎が解けたな。 通信が解読不能だった訳が。 生命としてかけ離れた存在である植物と動物じゃ、意味が不明なのが当然だ。 この惑星の生物は、核の悲劇からの再生の初期段階から木々と共存して来た事で、木々の意識を理解する能力が備わったって事だろうな」
「ああ、恐らくその通りだ。 そうでなければ、生存し続けられなかったのだからね。 おお、そうだ。 あの猿なのだが・・・ジェミニにDNAを調べて貰った」
「どう言う事だ?」
「先日の調査で、将軍のミイラから細胞を回収しただろう。 あのDNAと比較して貰ったのだ。 予想した通りだった。 あの猿は、我々の子孫だったよ。 退行進化と言うやつだな」
「退行進化?」
「その通りです、アキラ。 恐らく、核の戦禍を生き永らえた僅かな人々が、生存の為に退行的に進化したと言う事です。 食糧難等で小さな体が有効だったのでしょう。 更に教育を失い、木々の庇護に受動的立場になった事も一因でしょう」
「ロームの推論が正しいと思う。 ただ、元は我々と同じ遺伝子を持った者だ。 新たな教育で、再度文明を得るレベルまで進化する可能性を持っている。 私は、残りの生涯をこの惑星に捧げたいと思う」
「どう言う事だ? 君には採掘惑星の管理と言う仕事が待っているじゃないか」
「ああ、どちらも私の責任だと考えている。 採掘惑星を細々とでも維持しつつ、この惑星EDENの再興を支えたい。 当然だが、木々との調和を忘れずにね。 そこで、アキラにお願いが有る。 探査機を1基、頂けないだろうか?」
ディプロは、アキラとロームを見詰めた。
「勿論OKだ。 しかし、調査局への報告がやっかいだな・・・」
「アキラ、たった今判明した事ですが」
「どうしたローム」
「探査機の1基が故障し、惑星に墜落してしまいました」 ロームは、アキラにウインクを返した。
「おおっ、やるなローム」
「ジェミニ! 探査機1号の墜落を記録しなさい」
「リョウカイ デス」
「それじゃディプロ、何か問題が発生したら何時でも連絡を呉れよ」
「ああ、アキラ、ロームそれにジェミニ、本当にお世話になった。 私が生身だった頃の数十年、そして電子の意識だけになった5,800万年を通じて、最高にエキサイティングで感動した数日間だった。 君達に会えて良かった」
「ディプロ、お元気で。 探査機の操縦と整備に関する知識は大丈夫ですか?」
「ああ、ローム。 ジェミニにみっちり教えて貰ったよ。 まだまだメモリーはタップリ残っているしな」 そう言うと、自分の頭を指さした。 「あ、そうそう、アキラに渡したいものがある」
ディプロは、ポケットにしまい込んでいた黒い物体を取り出した。
「アキラ、これはあの木とのコンタクトの際に、木から譲り受けたものだ。 この物体に刺激を受け、あの木々は意識を持つに至った。 どうやら、今は機能していない様だが、この物体の調査は君に委ねる」
アキラは、黒い物体を手に取り、しげしげと眺めた。
「これは! ローム! あの惑星で見た黒い物体に良く似ている。 サイズは大違いだが。 それに・・・これを見て呉れ、何か文字らしいものが彫り込まれている。 例の推定7,000万年前の物体や、この5,800万年前の人工製造物! しかも、惑星に激突しても損傷していない! 正に脅威だ」
「アキラ、貴方の知的好奇心に更に火が付きましたね。 早速ですが、材質の分析から始めましょう」
「おいおい、ローム。 私が出てからにして呉れ。 また、新たな調査に付き合わされても敵わないのでね」
「そうでしたね、ディプロ。 ジェミニ、探査機1号の発信準備を」
ディプロと猿を乗せた探査機が、惑星EDENに向けて発信した。 ディプロが窓越しに手を振って呉れているのが見えた。
「行きましたね」
「ああ、惑星EDENは彼にとって故郷だ。 既に同胞は失われたとは言え、やはり故郷に尽くしたかったんだろうな」
「さあ、アキラ。 早速、物体の分析を開始します」
「おいおい、ローム。 少しは休もうぜ! それに、今回は惑星を2つも調査したんだ! 少しは休暇を取りたいよ」
「休暇ですか? アキラだけ、お好きにどうぞ。 私は、この物体の調査の方が興味有ります。 時は金成り・・・ですよね?」
「わ、分かったよ・・・」 アキラは諦めたように両手を広げ、肩を窄めた。
終わり