私は、この惑星を統治する連邦政府の調査局長だ。 調査局では、異星の知的生命の探索を行っている。
 今回も、先日発見された惑星の、現地調査の為に宇宙へと飛び出していた。
 部下の惑星探査部長の強い要請を受け、私が直々に現場へと向かっているのだ。

 恒星間航行船から着陸用の探査機へと乗り換え、眼下に惑星の全貌が見えていた。
「酷い有様だな」 赤茶けた大地を見下ろし、私は呟いた。
「局長、わざわざお越し頂いて申し訳有りません。 現地で部長がお待ちです」
「ああ、分かった」 事前に報告を聞いてはいたが、想像以上に酷い状況だった。

 探査機を目的地に着陸させ、機外へ出るためハッチに進むと調査員が慌てて声を掛けて来た
「局長! 申し訳有りません。 地上の放射能濃度は極めて高いです。 船外活動スーツの着用をお願いします」
「分かった。 しかし、何が有ったのだ?」
「はい、推定の域は出ないのですが・・・この惑星で核戦争が行われた様です。 海洋も殆どが干上がり、生命は絶滅してしまった模様です。 あっ、いえ、唯一の生存者が今回発見された次第です」
「良く生き残ったものだな?」
「はい、奇跡的に。 しかし、その命も風前の灯です」

 船外活動スーツへと着替え探査機を出ると、惑星探査部長が出迎えて呉れた。
「局長、わざわざご足労頂き恐縮です」
「ああ、部長、ご苦労。 しかし、何故この場に?」
「ええ、実は発見された生存者は・・・動く事が出来ません」
「動けない? 何故だ?」
「ご覧頂ければ・・・理由は直ぐにお分かり頂けると思います」

 案内された洞窟を進むと、その奥に・・・動けない理由は一目瞭然だった。
「ち、地中に拘束されているのか?」
 彼は地中に足を埋没し、巨体を直立した状態で微動だにしなかった。

「何故・・・この様な。 それに、目は、口は?」
「ええ・・・もしかすると奇形なのかも知れません。 体格も、私達の数倍は有ろうかと思います。 足元を地中に埋め、手を上方に広げた状態で微動だにしない。 しかし、体表に設置したセンサーの情報で、彼と意思疎通を図る事が可能である事が確認できました」
「センサー?」
「はい、我々と同様に彼も思考を微弱な電気信号で体に伝えています。 時間が掛かりましたが、やっと翻訳アルゴリズムが完成しました。 詰り、会話が可能になりました」
「分かった。 それでは、早速、話をしてみよう」

「私は調査局長です。 責任者・・・と言う事になります。 話す事は出来ますか?」
「あ、ああ・・・君の存在を感じる。 話す事も可能だ。 しかし、私の寿命ももう直ぐ尽きる。 既に意識も混沌とし始めた」
「無理を申し上げて済まない。 可能な範囲で話をしよう。 貴方は動く事も、見る事も、話す事も出来ないようにお見受けするが・・・それが貴方方の正常な姿なのか?」
「ああ、私は我々の種族としては、極普通の姿だと認識している。 我々は、他の同胞や、他の生物とのコミュニケーションを必要としていなかった。 まあ、相互に依存し、共生の関係には有ったがね」
「脅威だ・・・その様な生態は聞いた事が無い」
「この星では、極普通の事だった。 惑星が形成されて以降、長い年月の中で、この星ではその様な生態系が育まれた。 それだけの事だ」

「貴方が今いる場所は、洞窟の中だが、この場所に存在する事も普通なのか?」
「いや、恐らくは様々な偶然が重なり合った結果だと思う。 その意味では、私は同種族の者と接した事は無い。 しかし、この場所もそこそこは快適だった。 見上げて見ると良い、この洞窟にも陽は射すのだ」
 私が上を見上げると、確かに洞窟の天井の一部は地上に貫通しており、恒星の直射日光が入り込む事が有る様だった。
「私がこの場所に生まれたのは、確かに単なる偶然だったかも知れないが、そのお陰で戦禍の直接の被害を免れる事が出来たのだと思う」

「戦禍! いったい、何が有ったと言うのだ?」
「私にも全ては分からない。 しかし、我々とは異なる種族が争いを行い、地上は炎に包まれた。 この洞窟にも、その異種族の者達が難を逃れて来た事が有ったが・・・程なく誰も足を踏み入れなくなった。 そう、数百年も前の事だったろうか」
「それ以降、貴方はたった一人で?」
「そうだ。 空気は澱み、私自身も直ぐに命尽きると思っていたが、この年まで命を長らえる結果となった。 君達が現れるまでは、一人で死を迎えるものと考えていた」

「私達には貴方を救助する用意がある。 この地を離れる事になるが・・・どうだろう?」
「ありがたい言葉だが、私にはこの地を離れる事は出来ないと思う・・・」

「局長! センサーの反応が弱っています。 も、もう寿命なのかも知れません」
「君! 君! 気をしっかり持って! 諦めるな!」
「あ、ああ・・・ありがとう。 最後に君達に会えて・・・本当に嬉しかった。 この星以外に知的生命が存在する事を・・・知っただけで・・・」
 センサーの反応が途絶えた。
「亡くなった様です。 残念です」

 その時、彼の巨体が大きな音を立てて倒れ始めた。
「局長! 危険です。 非難しましょう」
 私が慌てて彼の元を離れる刹那、振り返ると轟音を立てて横倒しとなり、地面にめり込んでいた複数の足が露わとなっていた。

「局長、最期を看取って頂き、ありがとうござました」
「ああ、壮絶な死だったな。 私も遠くこの惑星まで来た甲斐が有ったと思っている。 しかし、どうして彼は足を地中に埋めたままだったのだろう?」
「はい、実はこの惑星の各地に彼の同種族と思われる焼死体を発見しています。 中には、地中に足を埋めたまま焼死した死体も多数含まれていました。 彼等は、足を地中に埋めた状態で、地中の水分やミネラルを利用していたものと推定されます」
「何と、地中の水分を! 足から! それで移動しない生活を選んだと言うのか?」

「はい、地中の水分と恒星光による光合成により活動していた様ですね」
「しかし・・・だとすると、核爆弾に依る戦争を引き起こしたのは? まさか、他の異星文明が干渉したのか?」
「いいえ、僅かに得られた物的証拠から推察されるのは・・・この惑星の猿による犯行と推定されます。 この惑星の猿は、高度な知性を得て、結果として自らを惑星諸共滅ぼす様な暴挙を行ったらしいのです」
「な、なんと・・・猿が・・・猿が知性を得たと言うのか? 信じられない。 しかし、この事実は貴重な情報だ。 我々も心に刻まなくてはならないな」
「はい、仰られる通りです。 私達が我々の惑星で知性を得た様に、まったく異なる生命体が知性を得る可能性が有る事が実証されました。 私達が平和を享受し続ける為にも、更に他の恒星系の調査も必要ですね」
「ああ・・・今回はご苦労だった」

 私は恒星間航行船に戻り、船外活動スーツを脱ぎ、船内着に着替えた。
 そして、恒星光ルームに入ると、思いっきり体中に光を浴びた。

 生き返る様だった。 ミネラル水をゴクゴクと補給し、光合成により体中にエネルギーが満る感覚に身を委ねていると、遅れて帰って来た惑星探査部長が入って来た。
「あっ、局長。 先程はお疲れさまでした」
「ああ、君もご苦労だった。 しかし、先程の彼、満足に恒星光も浴びられず・・・衰弱死だったのかも知れないな」
「ええ、それも有るでしょうが、やはり放射能に依る影響の方が大きかったのかも知れません。 いずれにせよ、たった一人で生き残って・・・私だったら耐えられなかったでしょう」
「ああ、そうだな。 我々は進化の過程で移動する能力も、視覚も、聴覚も、コミュニケーションに有効な発声の器官も得た。 思考する頭脳も得て、科学技術を育み、惑星外に飛び出す事も出来た。 動く事も出来ず、思考するだけの存在・・・何故、彼の様な種族が、この惑星に発生したのか? 進化の歴史を知りたかったな」
「ええ、そうですね。 しかし、あそこまで惑星が破壊されてしまうと、化石資料を得るのも困難です。 返す返す残念です」

 惑星から遠ざかる我々の船。 あの惑星の彼は、幸せだったのだろうか? 私は、そんな事を考えながら、愛する妻の待つ我が家への帰路に就いた。

終わり

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