プロローグ
私の名前はアキラ。 銀河連盟の調査局、惑星探査部に所属する調査員だ。
今日も相棒のケンタと共に、ある星系に向かっていた。
ああ、因みに私もケンタも地球=TERAの出身だ。 しかも同じ日本州の出身であり、お互いに親友と言える存在だ。
「後2時間位で到着だ」 ケンタが操舵する探査機は順調に航行中だった。
通常、惑星探査活動では複数の探査機や調査装置が搭載された探査船で移動するのだが、今回の目的地が調査局本部のステーションから比較的近かった事も有り、直接探査機で現地に向かっていた。 探査機にも重力波ドライブが搭載されている。 ただ、探査船の様に居住性に余り配慮されておらず、それに長距離のジャンプ(ワープ)機能が無い。 まあ、調査内容も一大事って事は無く、惑星探査部長の気まぐれで出動を指示された様なものだった。
既に目的の星系内に入っており、太陽並みの恒星を中心に7つの惑星が周回する星系の第2惑星に向かっていた。
「ところで、この惑星で何を調べるんだ?」 ケンタが私に聞いて来た。
一応、この二人の間では私がリーダーであり、部長からはリーダーの私に指示が出されていた。
「ああ、詰まらん話さ。 これから行く惑星から、謎の通信波を受信したんだ。 それで、その発信源を確認して来いとさ。 大方、未登録の民間船でも難破したんじゃないかと言う話だった」
私の話を聞いてケンタは怪訝な顔をした。
「その通信波って、調査局のステーションで受信したんだろう?」
「ああ、そうらしい。 通信係が、極最近、通常通信波を検知した。 通信波の出所を確認すると、この星系以外には考えられないらしい」
「おいおい、もしもそれが事実なら、本当に俺達二人だけの調査で良いのか? 俺たちゃ惑星探査部のエースって訳じゃ無いんだぜ」
「まったく、何を謙虚な事を言っているんだ。 たかが発信源の調査だ。 大した事無いよ」
「馬鹿言うなよ。 ここは調査局ステーションから4,800光年も離れているんだぜ。 この探査機は重力波航行で移動しているから半日で到着だが・・・いいか、光のスピードなら4,800年掛かっているって事なんだぜ」
「4,800年? そりゃあ、通常の通信波だからね」
「そうだ。 俺達が重力波航行技術を発明し、銀河系内の幾つかの高度文明と銀河連盟を組織したのは300年前。 4,800年前って言えば、紀元前2000年より更に前の神話の時代だ。 その頃に既に通信技術を持っていたって事になる。 俺達より4,000年以上も先行している文明が存在しているって事になるんだぜ」
「おいおい、そりゃ・・・確かに・・・もし本当に、そうなら困ったな。 でも危険だって訳じゃないだろう?」
「そりゃあ、危険と決まった訳じゃ無いがね。 まあ、この300年間、未知の高度文明に危害を加えられたって話は聞いた事が無いから、この星系の住人も危険じゃ無いのかも知れないが・・・」
「知れないが・・・?」
「寝た子を起こす事になるかも。 おっと、もう着くぜ。 通常航行に移行する。 本当だ、確かに何か通信波が出ている。 と言う事は、4,800年間も通信が継続しているって事だ。 それに・・・意味不明だな。 コントロールシステムの翻訳機能では解析出来ない」
「無防備に調べるのは危ないかな?」
「今回は探査機で来ちゃったんだ。 探査機には防備する物なんて積んで無いよ。 まあ、兎に角、発信源に行ってみよう。 何か有ったらSOSを出して救助を待つほか無いよ」
「そうだな。 まあ、当たって砕けろだ! それじゃあ大気圏に突入」
「了~解」
ケンタは、いつものお気楽な様子で、機嫌よく探査機を操作していた。
発信源へ
大気圏に突入後、探査機を飛行モードに変形させた。 詰り翼を広げて、大気中を飛行するのだ。
「綺麗な惑星だな」 私は呟いた。
「ああ、この星系のハビタブルゾーンに存在する惑星はここだけだ。 サイズもTERA並みだし、海洋面積も約70%でTERAに近い。 酸素濃度は21%でこれまたTERAと同等。 有害なウイルスや細菌は検出されない。 この惑星なら俺達でも住めそうだな」
「こんな綺麗な惑星がどうして今まで調査されてなかったんだ?」
「おいおい、今更だけど銀河系には2,000~4,000憶個の恒星が存在している。 その恒星が引連れる惑星はその数倍だ。 1兆の惑星全てを調査出来ると思うか? 俺達200名の調査員があくせく働いたって、1年間でせいぜい2,000個程度だ。 過去300年間で60万個。 これから100万年掛ったって全部は調べられないよ」
「そうだよな。 だからこそ、俺達の仕事が有る訳だしな。 ところで、発信源は?」
「ええっと、2時の方向2,000㎞先。 この大陸の端っこの方だ」
「兎に角、向かうとしよう。 しかし、ここから目視出来る範囲では特に都市の様な物は見えないな」
「ああ、さっき大気圏突入前に人工衛星の存在も確認してみたけど、見つからなかった。 まあ、惑星の反対側に有ったのなら、見落としているかも知れないけどね」
「でも不思議だな。 意味不明なのは当然だとして、何故、途切れる事無く発信し続けているんだろう」
「そりゃあ、何かの装置とか、自動発信は簡単だろう? 4,800年間も動き続けているって言うのは、ちょっと驚きだけどな」
「確かに。 飽くまで目視の範囲だけだけど、この惑星に知的生命が進化している様には見えない。 難破した宇宙船がSOSを自動発信しているって言う可能性が一番高そうだ」
「ああ、俺もそう思う。 だが、そうで有っても、我々より発達した未知の高度文明がどこかに存在しているって言う物的証拠になりそうだがね」
「ちょっと怖いな。 私達は銀河連盟を結成し、銀河系を支配している気になっているが、途轍もない高度文明が存在するのかも知れないって事だからな」
「その可能性が高いと言わざるを得ないね。 後は平和的な民族で有る事を祈るのみさ。 おっと、そろそろ目の前だ。 この真下の様だ」
「ホバリングで停止して呉れ。 まずは目視で確認しよう」
探査機のコンソールルーム正面の大型モニターに地上の景色が表示された。
「おっと、これじゃないか?」 ケンタが直ぐに発見した。
「確かに、ほぼ完全な円形だ。 明らかに人工物だな。 ほら、直ぐ横に開けた土地がある。 ここに降りよう」
「了解」
「少しゆっくり降りて呉れ。 周辺を観察しながら降りよう」
「了~解。 ついでに、表示を熱感知モードにしておこう。 大型の肉食獣なんかに襲われたら目も当てられないからな」
目的地に数百mまで近づいた。
「おい、あれを見ろ。 ほら10時の方向。 森に埋もれているが、あれは宇宙船じゃ無いか?」
「そう見えるな。 やっぱり、誰かがこの惑星に難破した様だ。 それに、あの様子じゃ、難破して数年って言う感じじゃない。 通信波が発信され始めが4,800年前だとすれば、4,800年前に事故ったって事で、間違いなさそうだな」
「兎に角降りて調べよう」
探査機を草原に降ろし、アンカーで固定した。 探査機の後方ゲートを開け、地上へと二人で降りた。
「まずは宇宙船を見に行こう」
私達は、注意しながら宇宙船の残骸へと向かった。
可成り大きな船だった。 少なくとも探査機より数倍大きい。
「こりゃあ、反力利用タイプのエンジンだな。 イオンエンジンかな? 重力波航行とは思えない」
「だとすると、それ程遠くから来た船じゃ無いな。 せいぜい数光年ってところか」
「年代を調べられるか?」
「ああ、ちょっと待って呉れ」
ケンタは、ポータブルアナライザーの探触子を伸ばし、船の残骸に接触させた。
「う~ん、チタンを主成分とした合金だな。 宇宙船の船体には良く使われる材質だ。 大概、どの惑星でも手に入る。 年代は・・・ああ、やはり凡そ5,000年前の様だ。 間違い無いな」
謎の人物
その時、我々の後ろから声を掛ける者があった。
「%&$#’<**+! -(‘$%#$++」
驚きと共に私達が同時に振り向くと、そこには私達同様の人間が立っていた。 私達は、敵意の無い証として、素早く両手を上に差し上げた。
「私達は調査員だ。 貴方に敵意は無い」
相手は、我々同様に狼狽えていた様だが、我々の素振りを見て、彼も両手を差し上げた。
「どうやら、彼にも敵意は無い様だな」 ケンタが小声で話し掛けて来た。
「ああ、その様だが。 そうである事を願うのみだよ。 しかし、まさか生存者が居たとは。 それに私達と同じ、TERA人に見える」
「それは無いだろう。 4,800年前だぜ。 生存者の子孫かな? それにしても、確かにどう見ても人間だ。 見た目は俺達と殆ど変わらないな」
彼は我々に徐々に近づき、値踏みする様に我々を観察していた。
私は、彼を指差し、それから船の残骸を指差した。
彼はゆっくりと首を縦に振り、自分を指し示した後、船を指し示した。 次に空を指し示し、船を差して両手で爆発する様な様子をゼスチャーで表現した。
「やっぱり墜落したんだ」
「それじゃ、やっぱり生存者って訳か?」
「ケンタ、翻訳機を持っているだろう」
「ああ、しかしこれは銀河連盟加盟文明にしか効果無いぜ」
「構わない。 何かしゃべって、全ての言語に翻訳してみて呉れ。 順番に、全部だ!」
「あ、ああ。 それじゃ」
ケンタは、翻訳機に自分の言葉を喋り、約20の各文明の言語に翻訳して彼に聞かせた。
彼はいずれも首を振ったが、意図は伝わった様だった。
彼は手招きで、上空から円形に見えた建物へと先導した。
普通に一軒家程の大きさだった。
「半球形だったんだな。 素材はコンクリートみたいだが・・・4,000年以上持っているとすれば驚きだな」 技術者のケンタは、流石に技術者として観察を続けていた。
半球形の建物の中は思ったよりも小綺麗だった。 と言うか、まるで生活感が感じられない。 私は建物の内部を一通り観察し、ケンタに呟いた。
「おい、ケンタ。 変だと思わないか」
「えっ、何が? かなり立派なコンピューターも設置されているし、中々のラボって感じだぜ」
「そうじゃないよ。 他に人は居ないのか? 彼は何を食っているんだ? トイレはどうしている?」
「そう言えば・・・確かに。 ベッドすら無いな」
私達がそんな話をしている間に、彼は右手を差し出し掌を広げた。
「えっ?」 ケンタが狼狽していた。
「ケンタ、翻訳装置だよ。 彼に渡せ」
「あ、ああ」 翻訳装置を彼に渡すと、装置の端子と彼のコンピューターをケーブルで接続した。
「翻訳装置のアルゴリズムを解読して呉れているんだ。 驚いちゃうな」
「彼は技術者の様だな。 だが、もし翻訳が上手く行けば助かる」
小一時間程、コンピューターの明滅を眺めていると、突然彼が話し始めた。
「お二人は、どちらからこられたのですか?」
ケンタは呆気にとられ、口を大きく開けていた。
「はい、私はアキラ。 こちらはケンタ。 私達は銀河連盟 調査局、惑星探査部の調査員です。 この惑星から約4,800光年離れた調査局の本部から参りました」
「4,800光年!?」
彼は可成り驚いている様だった。
「ところで、貴方は?」
「はい、先程見て頂いた様に乗っていた船がこの惑星に墜落しました。 この惑星から180光年離れた星系から参りました。 名前はルーダと言います。 操縦士兼技術者でした」
「180光年? お見受けしたところ、貴方の乗っていた船は亜光速船の様だ。 ここ迄はどの様に?」
「ええ、ご指摘の通り。 普通に来られる所では有りません。 私達の船は8人のクルーでこのミッションに挑みました。 亜光速での航行中は常に2人が起きた状態、他の6人は冷凍睡眠状態となっていました。 船内での経過時間は凡そ90年でしたが、クルーは皆20歳程齢を取った」
「でも・・・貴方は」
「ええ、もうお気付きだとは思いますが、この身体はアンドロイドです。 私が造りました。 私自身の頭脳は、このコンピューター内に有ります」
「ええっ、もしかして人格をコンピューターに移植したのですか?」
「そうです。 この惑星に降り立ち、調査する事が我々のミッションでした。 惑星軌道に予定通り到着し、約1年間の観察を続け母星への報告を終えた後、いよいよ着陸の時・・・想定外の事故により、墜落してしまった。 墜落の衝撃で8人のクルーの内、5人が死亡しました。 生き残った私達は、直ぐに母星に向けてSOSを発信した。 救助される可能性がゼロである事は分かっていました。 どんなに早く助けが来たとしても数百年後です」
「何て惨い・・・」
「生き残った3人は、気力を振り絞って壊れた船内から使える設備を搬出し、この半球形のドームを建設して生活を始めました。 しかし、1名は病気で、もう1名は事故で命を落としてしまった。 私はたった1人、この異郷の地に取り残されたのです」
「でも、貴方は生き延びた」
「ええ、一時は生きる気力を失い掛けましたが、私は生き抜いた。 私もいずれは寿命が来る。 私は余命をアンドロイドの製作と私の精神を宿すAIのアルゴリズム構築に費やした。 そして、寿命が尽きる前に、私の人格と知識をコンピューターに移す事に成功した。 アンドロイドは、私の手足で有り目と耳となった。 初めの内は、触覚や味覚、嗅覚を失った事で違和感を覚えましたが、今ではその感覚も忘れてしまった」
「信じられないな、人格や記憶までコンピューターに移植出来るなんて」
「地球でも過去に研究された事があった。 それなりの成果は得られたそうだが、人道上の理由とかで研究が中止されたんだ。 でも、彼は生き延びる為に・・・それをやり遂げた」
「ところで、貴方の母星からの救助は?」
「有りませんでした。 だからこそ、今もここに居るのです」
「まあ、そりゃそうですね。 私達は貴方が発信した通信波を4,800年後に受け取った訳です。 それで今回、ここに調査に来た。 正直なところ、4,800年前と言えば、私達が土器生活を行っていた様な時代だ。 貴方の様な高度な文明が既に存在していた事に驚いています」
「私も、私達と寸分違わぬ姿の異星人が存在していた事に驚いています。 それにしても・・・果たして、何故、私の母星からなんの反応も無いのか? ずっと気になっています」
「それは、そうでしょうね。 ところで、貴方はこれからどうされるお積りですか?」
「先程も申し上げた様に、私自身はこのコンピューターの中にあります。 無線で頭脳と身体を接続出来る範囲は限られています。 ここを動く事は出来ません。 母星からの反応を待ち続けようと思います」
ケンタのアイデア
「アキラ、ちょっと良いかな。 彼と少し専門家として話をしたい」
「ああ、構わないよ。 私は一旦探査機に戻り、これ迄の報告書を書いておくよ」
「分かった。 それじゃ、少し時間を呉れ」
私は探査機へと戻り、レポートを書き留める為、キーボードを叩いていた。 程なくして、ケンタが戻って来た。
「アキラ、少し時間を呉れないか。 今から作業したい。 下の倉庫スペースを使わせて貰うぜ」
「ああ、構わない。 飯はどうする?」
「ああ、サンドイッチでも食いながら作業するよ。 それと、眠かったら先に寝ていてくれ。 きっと徹夜になると思うから」
「ああ、余り無理をするなよ」
私は、幾つかの残務整理をし、コントロールルームに隣接する船室の仮設ベッドで横になり、いつしか眠りについてしまった。
翌朝、目を覚まし、まずはシャワーを浴びた。
フードプロセッサからモーニングセットとコーヒーを取り出し、手早く平らげると階下の倉庫を覗きに向かった。 何がしか作業の痕跡は残っていたが、ケンタは居なかった。
部屋着からユニフォームに着替え、半球形の家に向かった。
ドアを開けると、そこにケンタとアンドロイドのルーダが立っていた。
「ああ、お早う」 ケンタは腕時計を覗き。 「結構、早起きだな」 と呟いた。
「ケンタ、寝て無いのか?」
「ああ、でも大丈夫だ。 作業も完了したよ」
「どう言う事なんだ?」
私がケンタと会話している横で、ルーダがコンピューターの電源を落とし始めた。
「おいおい、ルーダ! 何をやっているんだ! ケンタ、ルーダを止めろ!」
私がルーダを羽交い絞めにしようとするとケンタが制止した。
「もう良いんだ。 大丈夫だよ」
「一体、どう言う事だ?」
「彼の頭脳を交換したのさ、これとね」 ケンタは探査機のコントロールシステム用の予備コンピューターの保管箱を指し示した。
「これは・・・もしかして、彼の人格データを予備コンピューターに移したのか?」
「ああ、その通りだ。 問題は、予備コンピューターを彼の頭蓋骨、いや頭蓋殻の中に納められるかって事だったけど、上手く行ったよ。 予備コンピューターは探査機のスロットルに組み込む為にわざと大きく造られていたけど、必要なのはプロセッサとメモリだけだ。 昨夜突貫でやってみたんだが、案外上手くいったよ」
「でも、こんな大きなコンピューターをそんなに小さく・・・」
「それがさ、彼等は5,000年程前に発達していた高度文明かも知れないが、コンピューター技術に関しては今の銀河連盟の方が遥かに進んでいたよ。 特に日進月歩の技術だからね。 今彼の頭蓋殻に入っている電子頭脳は、このコンピューターの数千倍の処理速度と数万倍のメモリ容量を持っている。 詰り、彼は一夜にして天才に生まれ変わったんだ」
ケンタは満面の笑みで説明した。
「ケンタの言う通りだ」 ルーダが私を向いて話し出した。
「快適だよ。 もうこのコンピューターに縛られる事も無い。 何処へだって行ける。 まるで、霞んでいた霧が晴れたみたいに快適だ」
「それは良かった。 喋り方も滑らかになった様な気がするな」
「ルーダ、君を拘束するものは無くなった。 どうです、貴方の故郷に行ってみませんか?」
「私の故郷・・・この数千年、夢にまで見た故郷。 連れて行って呉れるのですか?」
「コンピューターでも夢を見るのですか? い、いや、失言でした。 貴方が望むなら、お連れする事は可能です。 星系の座標さえ分かれば」
「それでは、是非お願いしたい。 私は操縦士でもありました。 貴方方の船のコントロールシステムの使い方を教えて頂ければ、座標は直ぐに分かるでしょう」
「OK、それは俺の仕事だ。 コントロールシステムの説明をするよ」 ケンタがルーダに声を掛けた。
3人で探査機に乗り込み、直ぐに出発の準備に入った。
「このまま大気圏を超えられるのですか?」
「ええ、重力波航行ドライブと言う推進方式なんですが、昔の固体燃料や液体燃料方式の様な多段式にする必要は有りません」
「信じられない。 凄い技術ですね」
「ああ、そうだ。 早速、コントロールシステムの使い方を」
「宜しくお願いします」
ケンタがルーダにシステムの操作方法を教えている間、私はこの惑星で収集した情報の整理を行おうと考えた。 まずはフードプロセッサから挽きたてのコーヒーを取り出し、ゆっくりと味わった。
突然、ケンタの素っ頓狂な声がした。
「アキラ~、アキラ! き、来てくれ!」
コントロールルームのケンタが私を呼んでいた。 よもや、ルーダが異常行動を起こしたのか? 私は、慌ててコントロールルームに入った。
意外な事実
「どうした! ケンタ」
ケンタとルーダは、大人しくコントロールシステムのオペレーションモニターの前に座っていた。
「あ、アキラ。 これを見て呉れ」
ケンタが指し示すモニターには、目標地点として惑星TERAが表示されていた。
「おい、ケンタ。 今は仕事中だぞ。 勝手に帰省に探査機を使うなんてまずいだろう」
「いや、いや、この目的地はルーダがセットしたものだ」
「何を言っているんだい。 ルーダの故郷は、この星系から180光年の距離だろう?」
「アキラ、どうやら私の勘違いが有った様だ」 ルーダは淡々と説明を始めた。
「ケンタから預かった翻訳システムのアルゴリズムで、君達の言葉は理解出来る様になった。 しかし、距離と時間に関しては、翻訳システム内にスケールが示されていなかったので、君達の尺度と私の理解で一桁の差異が有った様だ」
「一桁? おいおい、ちょっと待てよ。 幾ら何でも・・・確か君は90年掛けてあの宇宙船で恒星間航行をしたと言っていたね。 実際は900年だったって言うのかい? クルー達は200歳以上、齢を取ったって言うのかい?」
「ああ、そうだ。 そして、180光年と言っていたが、実際は1,800光年。 その場所は、ケンタによれば、君達の故郷の惑星TERAを含む太陽系だと言う事だ。 或いは・・・と最初に会った時に考えたが、事実だった様だ」
「ちょっと待てよ。 貴方は4,800年前にこの惑星に墜落した。 貴方は実際、何年間船に乗っていたんだ?」
「私の認識では、船内での900年は通常空間では2,300年程度。 恐らく平均的な航行速度は光速の80%程度だった筈だから大外れはしていないだろう」
「浦島効果としては、そんなもんだろうな」 ケンタが素早く検算した。
「と言う事は・・・君は7,100年前の先史地球文明人だったって事なのか?」
「流石にそれは無いだろう」 ケンタが異を唱えた。 「僅か7,000年程度、俺達の人類史に記録が残らない訳がない。 そもそも、7,000年前に宇宙に進出可能なレベルの文明が存在していたのなら、地球に痕跡が残らない訳がない。 しかし、俺達の地球にはそんな痕跡は一切ない」
「いや、ちょっと待てよ。 19,000年前以降、最後の氷期が終った頃から氷河の融解で海水面が上昇した事実がある。 約7,000年前に海水面は最大に達した。 海水面の上昇は世界的なものだったが、氷河が元々無かった日本州などは大きな影響を受けた。 縄文海進などと言われている。 もしかして、君達の文明の痕跡は水没したのか?」
「恐らくはそうだろう。 元々、私達の種族は、他の地域で発生した人類とは少し異なっていた。 先程も言った様に、極めて長寿だった。 その事にいち早く気付いた種族の長は、他の地球人との接触を避け、細々と暮らしていたのだ。 しかし、長寿が故に科学技術の発展は目覚ましかった。 意図的に他人類との接触を避けていたのだから、君達の種族が、私達の種族の事を知らないのも無理はない」
「まさか・・・メトセラ? 900歳まで生きたと言う・・・」
「確かに、君達にはその様な伝説的な人物として言い伝えられたのかも知れないな。 いずれにせよ、私達の種族は、他の地球人との接触を極力避け、可能なら地球を去る計画を進めていた。 私達はその先駆けとして、移住可能な惑星を調査する事がミッションだったのだ」
「もしかして、ノアの箱舟は事実だったのか?」
「ノアの箱舟・・・ノアと言う神の啓示を受けた人物が、巨大な船を建設して大洪水から全ての生物を救う・・・そんな内容の伝説さ。 ノアも600歳まで生きたと言われている」
「もしかしたら、我々の移民船を垣間見た、君達の祖先が居たのかも知れないな」
「それが事実だとすれば、地球の歴史を覆す一大事だ。 どうする、アキラ」
「ああ、確かに一大事だ。 彼の情報を頼りに、地球を再調査すれば何か痕跡が発見出来るかも知れないな。 でも・・・」
「えっ? でもって?」
エピローグ
その時、上空で激しい音がした。 何かが大気圏に突入して来た様だった。
「な、なんだ!」
ケンタが観測装置を操作し、レーダーを確認した。
「な、何かが大気圏突入し、こっちに近付いて来る。 で、デカいぞ!」
「隕石か?」
「いや、明らかに船だ。 方向を修正しながら降りて来ている」
3人は探査機を降り、上空を見上げた。
巨大な船だった。 まさに箱舟だ。
「まさか・・・あれは」
巨大な船が海上に着水しようとゆっくりと方向を変えているさ中、船から1隻の小型艇が射出され、私達の探査機に向かって飛んできた。
「ミサイルか!」 ケンタが叫ぶ中、私は冷静に答えた。
「飛行艇だよ。 人が乗っている」
小型の飛行艇が静かに着陸し、2人の男女がこちらに近付いて来た。
ルーダを視認すると、駆け足で近寄り、ルーダの前で2人とも跪いた。
ルーダと2人は何事か話し合い、ルーダが私達の元に戻って来た。
「私の故郷の民が来たのだ。 私達が地球を離れて後、船の完成後に地球を離れたらしい。一旦は宇宙を彷徨ったが、3,000年程前に私の通信を受取り、この惑星を目指して航行して来て呉れたのだ」
「まさに、ノアの箱舟だ」
「その様だな。 数万の民が冷凍睡眠で旅をしてきた。 この新天地で生活する為に」
それから丸一日、ルーダを通訳に、私達は彼等と交流した。
平和と慈愛に満ちた民族である事が肌で感じられた。
「なあ、アキラ。 この件、どう報告する?」
「ああ、ケンタ。 お前は私の親友だよな」
「あ、ああ。 そう思っているよ・・・まさか、お前?」
「この件は内密にしよう。 報告書には4,000年以上前に不毛の惑星に墜落した未知の文明の船を発見した事。 その船から、自動発信でSOSが発せられていたらしい事。 残念ながら私達が到着した時点で発信装置は停止していたって事だけを載せる事にしないか」
「おいおい、虚偽の報告がバレたら、首になるぜ」
「誰が確認に来るんだよ。 惑星探査部には、まだ100万年分以上の未探査惑星が控えているんだ。 一度、調査された惑星を再調査するのは・・・100万年後だよ。 当然だが、その時には私達はこの世に居ないさ。 それに、今更地球の歴史を書き換えて何の得が有る? 彼等は地球人との接触を避けたいから、この惑星に移住して来たんだ。 ノアの箱舟は伝説のままの方が良いんじゃ無いか?」
「まあ・・・まあ、そりゃそうだな。 それじゃ、リーダーの御意のままに」
私達は調査局への帰還に当たり、ルーダに別れを告げた。
「それでは、ルーダ。 私達はこれで失礼する。 これからの街造りは大変だろうが、頑張って呉れよ」
「ありがとう。 何とお礼を言って良いか。 この身体にも自由を与えて頂き、感謝の言葉も無い。 移民してきた彼等から見れば、私は英雄扱いだ。 彼等のリーダーになって呉れと言われているよ」
「それは当然じゃ無いか? 貴方は実質7千年以上を生きている大賢者だ。 良いリーダーになれるよ」
「ありがとう。 そう言って貰えると、この地で命を落とした7人のクルー達も浮かばれる気がする」
「あっ、そうそう。 君達がこの惑星で繁栄し、更に技術進化して重力波航行技術を完成させたら、是非、銀河連盟に加盟して呉れ。 その時には私達は居ないと思うが、銀河連盟は君達を歓迎するよ」
「重ね重ねありがとう。 君達人類も達した技術だ、私達に出来ない筈は無いな。 努力するよ」
「それじゃ、もう二度と会えないかも知れないが、頑張れよ」
「ああ、恐らく私はまだ数千年は生きているだろう。 君達の子孫に逢えるかも知れないな」
私達はメトセラ一族に別れを告げ、惑星を飛び立った。
「綺麗な惑星だったよな。 かれらの繁栄が目に浮かぶようだな」
「そうだな。 まあ、不毛な惑星で正体不明の宇宙船の残骸を見つけただけの調査だったんだ。 さっさと帰ろうぜ。 来週はどんな仕事が来るのか、何だか気が重たいな」
「何を言っているんだよ。 お前に調査員以外の仕事が出来るんだったら、いつでも辞めて良いんだぜ。 まあ、週末は彼女と楽しんで、英気を養って呉れ」
「了~解、リーダー」
探査機は重力波航行に移行し、空間から消失した。
終り