指揮者
採掘班と自称するロボットの後を、アキラとロームはついて行った。
通路は照明が行き届いてはいるが、まったく装飾の無い無機質な一本道だった。
時折、左右に扉が現れるが、開いている扉は一つも無い。
通路の一本道に終点が見えて来た。 正面に少し大き目の扉が有り、その目の前でロボットが歩みを止めた。
「この扉の先に指揮者が居る。 さあ、どうぞ」
扉が開くと、大きな講堂の様な部屋の正面に、巨大なモニターが設置されていた。
モニターが起動し、先程と同じ顔の人物が現れた。
「良くぞお越し頂いた。 歓迎します。 私はディプロ、この惑星の指揮者です。 正直なところ、我々以外に知的生命体が存在していた事に驚いています。 正にファーストコンタクトですので」
「初めまして。 私は銀河連盟 中央府 調査局、惑星探査部の調査員でアキラと申します。 こちらは、同じくロームです」 二人は軽く頭を下げた。
「銀河連盟? それは何ですか? ああ、申し訳ありません。 椅子をお出ししますので、お掛け下さい」
二人の後方で、床から椅子がせり上がって来た。 二人は、椅子に腰かけた。
「ありがとうございます。 それでは、座らせて貰います。 おっ、座り心地が良いな」
「そうですね、彼等の体型は私達と非常に良く似ていますからね」
「アキラ殿、改めて教えて欲しい。 銀河連盟とは?」
「はい、この惑星も含む銀河系全域で、知的文明同士が連盟を結んでいます。 我々は、その構成員と言う事になります」
「アキラ殿! 何と、銀河系内に君達以外に複数の知的生命が存在したと言うのか?」
「ディプロ、我々の事はアキラ・ロームとお呼び下さい。 実は、私もお聞きしたい事があります。 先程“採掘班”から聞きましたが、5,800万年前からここでの作業を続けているのですか?」
「その通りだ、アキラ。 それでは、先に私の事をお話ししよう」
「今から5,800万年前、我々は高度な文明を得、星々への進出を果たした。 まず初めに着手したのは・・・やはり他文明、我々以外の知的生命の探索だった。
母星を中心に40光年の範囲を調査したが・・・我々以外の知的生命は存在しなかった。 我々の星間航行技術では、コールドスリープを併用しても、これ以上広範囲に進出する事は出来なかったのだ。 惑星外通信波の傍受も並行して行われていたが、有意な通信波を受け取る事は無かった」
「通常通信波だけですと・・・近隣星系でない限り、減衰してしまいますからね」 ロームが呟いた。
「この惑星は、鉱物資源の宝庫として開発が行われた。 母星から12光年の距離にあり、更なる深淵への中継基地としての意味合いもあった。 しかし、母星とは余りにも環境が異なり、開発当初に存在した多くの人々は母星へと帰って行った。
私は、この鉱物資源の開発を任された最後の指揮者だった。 作業員を全てアンドロイドに置き換え、私が指揮する事で効率も上がり、生産性を上げる事が出来た。
私は、この仕事に夢中だった。 それが母星に貢献する最大にして最良の仕事だと自負していたのだ。
5,800万年前、最後の連絡船がこの惑星を飛び立った。 いや、その時点では最後とは思っていなかった。 仲間は私にも乗船を進めたが、私は仕事の継続を望んだのだ。
最後の連絡船に私以外の全ての住人が乗り、母星へと帰還した後も、私は仕事を続けた。 必ず、輸送船が製品を積みに戻ると信じて」
「ですが・・・戻って来なかった、と言う事なのですね?」
「ああ、その通りだ。 私は、何度も母星との通信を行った。 如何せん、12光年の距離は、返信が来るまでに24年もの歳月を必要とした。 返信されて来る情報は、母星の政情不安を伝えるものばかりだった。 他星系の知的生命の存在は確認できず、開発の可能性の有る惑星も見つける事は出来なかった。 つまりは、母星と言う小さな島に押し込められた籠の鳥だと感じたのだろう。
母星では、複数の勢力が権力争いを繰り返し、局地的な戦争も度々起こっていた様だった。 最後の連絡船が飛び立ってから30年後、この惑星唯一の通信衛星が事故によりこの惑星に墜落してしまった。 私は、母星との通信手段を失った。 残念ながら、私はロケットの技術者ではないし、この惑星のコントロールシステムのデータベースにも、その関係の情報は残されていなかった。
私は、完全に一人、この惑星に取り残されたのだ。 その後、母星がどうなったのか分からない。 しかし、この5,800万年間、一度もこの惑星を訪れる事は無かった。
通信手段を失って20年後、私は老いていた。 しかし、このまま野垂れ死にだけはしたく無かったのだ。 私は、自分の人格・記憶の全てをコントロールシステムに記録し、意識だけは残る事を選択した。 正確には、生きていた時の私では無くなったのかも知れないが・・・自分は自分だと、今も信じている。
私の肉体はとうに失われたが、不死の体を得たに等しい。 その後も、アンドロイドの改良を進め、採掘場所や精錬設備の増設を行い、来るべき母星からの輸送船到着を待つ事にしたのだ。 永かった・・・しかし、孤独は感じていなかった。 私には成すべき事が有ったからだ。
そして、今回、君達が現れた。 私は狂喜した。 ついに輸送船が来てくれたのだと思っていた・・・残念だったよ」
「ディプロ! 貴方は意識だけをシステムに移植して、5,800万年を生き抜いたと言う事なのですね?」
「結果として、そうなるな。 当然だが、人工物はいずれ壊れる。 常に予防保全に努め、痛んだものは修理する・・・そうやって今に至っている。 ところで、私の母星はどうなっているのか? 何かご存じだろうか?」
「先程、貴方の情報で母星との距離が12光年と伺いました。 現在は位置関係も変化しているかも知れませんが、この恒星系から半径50光年の範囲に知的生命の存在は認められていません。 気を悪くされると恐縮ですが・・・これからどうされるお積りですか?」
「そうか・・・5,800万年も経過しているのだ、母星の民が絶滅してしまっているであろう事は覚悟していた。 残念ながら、私は意識だけの存在だ。 この地に留まり、仕事を続けようと思う。 誰も製品を受取には来ないだろうがな」
「ディプロ・・・言葉も無いが、一つ質問させて欲しい。 貴方が居ないと、この採掘班は機能しないのか?」
「ああ・・・いや、実はこの5,000万年間は、私は特段の指揮をしていない。 私自身が彼等をバージョンアップし、自律的に行動出来る様にしたのだ。 5,000万年前、この惑星の数か所に電波望遠鏡を設置した。 それ以降は、ほとんど宇宙の星々を見て過ごしていた。 何度か壮大な天体ショーを感じたが、特に感慨も得られなかった。 今の私に時間の経過は意味が無い。 この仕事を続ける限りは、実は私などは最早不要なのだ」
「それならば! 私に考えが有ります」 唐突にロームが口を挟んだ。
「何だろうか、ローム」
「採掘班は、皆あなたの姿をコピーしていますね?」
「ああ、そうだ。 見た目を変える必要性が無いのでね。 それと、私自身が私を忘れない為に、私の姿をコピーしたのだ」
「私達に採掘班を1体お貸しください。 数日でお返しします」
「ああ、構わない。 先程、君達を案内した者を連れて行けば良い」
「ディプロ、今日のところは、これで一旦探査船に戻らせて貰います。 ただ、最後に教えて欲しい。 貴方の母星の場所について」
「ああ、当然、構わない。 私は宇宙船の操縦士でも無く、天文学者でも無いので自ら説明する能力は無いが、私の母星に関するデータを持って行って呉れ。 ロームなら、容易く解析出来るだろう」
「ありがとうございます。 それでは、後日、改めて」
2人は、ディプロに別れを告げ、部屋を出た。
先程案内して呉れた採掘班は、大人しく付いて来たが、探査船に到着する頃には機能停止していた。 恐らく、地上からの電波が届かなくなったからだろう。
エピローグ
2日間の作業を終え、改めてアキラとロームは借りていた採掘班のロボットを伴い、惑星へと降りていた。
長い通路を歩き終え、正面の扉が開くと、モニター上でディプロが出迎えて呉れた。
「アキラ、ローム。 待っていた」
「ディプロ、お待たせしました」 ロームが一歩前に進み出た。
「うん? アンドロイドに何をした。 通信出来ない。 完全に自律しているのか?」
「いいえ、今は私のコントロールで動いているだけです。 詰まり、中身は空。 貴方の為に我々の技術で最新バージョンの身体に改造させて貰いました」
「どう言う事だろうか? 中身は空?」
「そうです。 貴方の意識を、この身体に移しませんか」
「何! 私を! ローム、折角の配慮で恐縮だが、残念ながら私の意識を残す為には、このコントロールセンターのシステムの様に巨大な容量が必要だ。 その身体に押し込む事は不可能だ」
「いいえ、ディプロ。 ご安心下さい。 失礼ながら、ディプロ、貴方のシステムの記憶容量やプロセッサの能力は確認させて頂きました。 この新しい身体の人工頭脳は、今の貴方の数万倍の機能を持っています」
「それは! 本当なのか? 信じられない!」
「ええ、貴方の許可が得られれば、直ぐにでも移植の作業に取り掛かれます」
ディプロは、しばし考えていたが、決断した。
「ローム、お願いしたい。 今の私には、失うものは無い。 君達の善意を受け入れたい」
「分かりました。 それでは、貴方のIOユニットを出して下さい」
「了解した。 私自身の意識を移植した時の物が適切だろう」
モニターの前に人がスッポリ入る程度のボックスがせり出して来た。
ボックスの蓋が開くと、手術台の様な設備が現れた。
「ローム、これを使って頂きたい」
「分かりました」
ロームは、ディプロの新しい身体をベッドに寝かせると、後頭部を開きIOユニットを接続した。
「それでは、開始します」
ロームがポータブルコントローラーを操作すると、突然、モニターからディプロが消えた。
「おい、ローム。 大丈夫か?」
「心配には及びません」
ほんの数秒後、アンドロイドの両目がゆっくりと開いた。
「ディプロ」 ロームは優しく声を掛けた。
ディプロの新しい身体が、ベッドからゆっくりと起き上り、辺りを見渡した。
「アキラ、ローム、ありがとう」
「ディプロ、大丈夫か?」 アキラが心配そうに声を掛けた。
「ああ、久し振りに自分の体に戻った様だ。 残念ながら、呼吸も無く、肌の感覚も無いが・・・生き物だった時の自分を取り戻した様だ」
「どうですか? 新しい身体は」
「ああ、ローム。 君の言った通りだよ。 途方もない記憶容量と思考の早さを感じるよ。 本当にありがとう。 それに、今までと同じ通信機能も残しておいて呉れたのだね」
「ええ、今まで通り、仕事して頂く事も可能です。 ただ、アキラから提案がありますが」
「何だろうか、アキラ」
「ディプロ、貴方の母星についてのデータを検証して確信した。 実は、俺達が次に探査を予定している惑星EDENが貴方の母星だった事が判明した」
「何っ! それは本当か?」
「ええ、ディプロ。 そこで提案です。 俺達と一緒に、EDENの探査に行きませんか」
「それは・・・願っても無い話だ。 しかし、この惑星を見捨てる訳には・・・」
「ご安心下さい。 新たに衛星軌道に通信衛星を配置しました。 詰まり、貴方はどこに居てもこの惑星をモニター出来ますし、指揮する事も可能です」
「何と! しかし、12光年も離れると、通信にタイムラグが・・・」
「それもご安心下さい。 重力波通信システムなら瞬時に通信が可能です。 ああ、我々の探査船の推進システムも重力波航行ですので・・・EDENまでは2~3日程で行けます」
「何と・・・我々は極めて幼稚な科学技術で、宇宙の孤児だと思い込んでしまっていたのだな」
「そうかも知れません。 実は、銀河連盟では、つい最近まで、銀河系最古の文明はTONAだと思われていました。 それでも、せいぜい有史以来2万5千年程度。 5,800万年前に宇宙に飛び出した文明が存在していた事を、今回初めて知ったのです」
「ディプロ! 俺達は銀河系内を詳しく探査する事で、貴方の様な未発見の事実を調べています。 実は、前回の調査でも数千万年前の文明の痕跡を垣間見ました。 EDENも調査の価値が有ると考えています。 どうでしょう、ご一緒しませんか」
「アキラ、ローム、ありがとう。 是非、一緒に連れて行って欲しい。 私の母星、今は惑星EDENか。 いったい、何が起きたのか、この目でも確かめたい」
「ディプロ、歓迎します」
アキラが右手を差し出すと、すぐさまディプロも右手を差し出し、強く握手した。
「あ、あつっ! もう少し、優しく握って頂ければ・・・」
「ああ、申し訳ない。 まだ、この身体に慣れていないもので」
その様子にロームが思わず吹き出すと、3人とも大いに笑った。
探査船のコントロールルームに集合した3人。
「それじゃ、EDENに向かおうか」
「私の惑星は、こんな姿だったのだな」
「ええ、生物の存在しない無機質な惑星だと思っていましたが、今は貴方の分身が黙々と働く掛け替えの無い貴重な惑星に思えます」
「まあ、また何時でも戻れるよ! さあ、お二人さん! EDENに向けて出発!」
アキラが声を掛けると、ジェミニの操舵で探査船は重力波航行に入った。
終わり