プロローグ

 探査船のコントロールルーム。 船窓に、赤い惑星の姿が広がっていた。
「大気の95%は二酸化炭素です。 ほぼ、太陽系の火星と同等です」 ロームが淡々とアキラに説明していた。
「気圧も低そうだし、船外活動スーツが必要かな?」
「当然です。 地上を歩きたいならば」 ロームは冷めた目をアキラに向けた。

 アキラは肩を窄めながら。
「ジェミニ! 探査機の準備を頼む」
「リョウカイ デス」 探査船のコントロールシステムであるジェミニが無機質な返事を返した。
 アキラは赤く見える惑星を眺めながら、3日前のワダの話を思い出していた。

 銀河連盟 中央府ステーション、惑星探査部の会議室にワダ・アキラ・ロームの3人が集まっていた。
「アキラ、ご両親が無事で何よりだったな。 私も久し振りに彼等に会えて・・・感無量だったよ」
「ええ、ありがとうございます。 これも、ボスが調査のチャンスを下さったお陰です」
「まあ、奇跡の様だがな。 ロームも、良くやって呉れた」
「お褒め頂き、光栄です」

「ところでアキラ、ノブオとユリカは?」
「ええ、今はTERAに戻って少しゆっくりするみたいです。 でも、もう一度仕事に復帰したいと意気込んでいました」
「そうか。 まあ、今はゆっくり休んで貰いたい。 復帰は、私としても大歓迎だ」
 3人が笑顔を交わし合った。

「ところで、今回の調査だが・・・」 いつも通り、ワダが不必要に威厳を演出する喋り方をし始めた。
「銀河マップのこの星系に有る、惑星BAZOに行って貰いたい。 2か月ほど前に別の探査船が近くを通った時に発見した惑星だ。 因みに惑星名称のBAZOは、その探査船の調査員が名付けたものだ」
「何故、彼等が調査しなかったんですか?」 アキラが尤もな質問をした。
「別のミッションで移動中だったので、時間が取れなかったのだ。 最近の調査員は怪しからんよ! 指示されたミッション以外に手を出そうとしない! 調査員の質も落ちたのかも知れんな」
「まあ、他の調査員の事を批判しようとは思いませんが・・・何故、この仕事を我々に?」
「ああ、済まん。 少し興奮してしまった。 申し訳ない」
 ワダは珍しく、ひどく憤慨していた。
「アキラ、ローム。 君らに確認して貰いたいのは・・・この惑星の素性だよ」
「お話が見えませんが?」 ロームも困惑していた。

「横を素通りした探査船の得たデータは次の通りだ。 惑星には薄い大気が存在するが、ほぼ二酸化炭素であり、生命の存在には不向きだ。 しかし、明らかに高度な文明が存在すると思える構造物が確認された。 しかし、軌道上に人工衛星等は確認出来ず、高度な文明が存在するにしては違和感がある」
「その、ボスの感じた違和感の理由を確認しろって事ですか? 気が進まないな」
「そうですね。 近くには別の調査員も居るでしょうから、その方が早く調査出来るのでは?」 ロームも不満を隠せないでいた。
「そんな事を言って良いのか? 惑星BAZOは、惑星EDENから僅か12光年の距離だ。 確かアキラからは惑星EDENの探査願いが出ていた様に思うんだが・・・」
「そ、そうです。 前からEDENの調査がしたかったんです。 そ、それって・・・良いんですか! ボス!」
「但し! BAZOの調査が終わった後だ。 その後であれば、惑星EDENの調査も許す」
「ボス! ありがとうございます」 アキラの態度が急に変わり、ボスにペコペコと頭を下げ始めた。
「アキラ、惑星EDENとは?」
「ああ、ローム。 前から局に調査申請していたんだが、中々許可して貰えなかったんだ。 やっとチャンスが貰えたよ」
「何か、アキラの興味を引く現象が起きているんですか?」
「ああ・・・と言うか、奇妙な惑星なんだ。 過去の探査で明らかだが、知的生命は存在しない。 しかし、惑星を発信源とする通信波が検知されている。 内容の解析は進んでいないが・・・何かしら意図を持った通信だと思う。 知的生命が存在しないと言う理由で、詳細な調査対象の優先順位が上げられなかったのさ」
「成る程、確かにアキラの興味を引きそうな惑星ですね。 だとすれば・・・早いところBAZOの調査をやってしまいましょう」
「OK! ローム、すぐに出よう」
「待て! アキラ、ローム。 忘れるな! BAZOの調査をいい加減に終わらせたら承知しないぞ!」
「はい! 了解です!」 アキラはスキップしながら会議室を出、ロームが後を追った。

「ふん・・・アキラも、もう少し大人になってくれれば・・・調査局のNo.1なんだがな」
 ワダは、僅かに笑みを浮かべながら二人を見送った。

惑星BAZO

「よし、ローム。 探査機で降りる前に、衛星軌道を一周して全体を見てみよう」
「分かりました。 現在の真下が着陸予定地点で、現在は真昼です。 本当に、まるで火星ですね。 過去に水が存在していたと思われる地形も存在します。 両極は極寒の地ですね。 恐らく、ドライアイスがタップリ保存されているでしょう。 所々に巨大なクレーターが存在します。 しかし、何れも真円に近いですし・・・人工的なものかも知れませんね」
「確かにな。 クレーターは、どれも構造物に近い所に有るし・・・違和感あるな」

「あれ程大きなクレーターを見ると、アキラが見た例の黒い物体の事を思い出しますね」
「ああ、しかし・・・流石に同じ物って訳じゃ無さそうだな」

「お、夜になってきたな」
「ええ、照明の見える、建物と思われる構造物が至る所に見えますね。 明らかに文明の存在が認められます」
「ああ、否定する理由が無いな」
「ボスも言っていましたが、やはり人工衛星と思われるような物体は有りません。 まだ、飛行技術がレベルに達していないと言う事なのかも知れませんが。 それと、内容は不明ですが非常に多くの通信波が検出されています。 電波強度から見ると、惑星外との通信を目的としているとは思えません」
「まあ、見た目だけで判断も出来ないし・・・」

「ジュンビ カンリョウ シマシタ」 丁度、ジェミニから連絡が入った。
「よし、丁度一周したとこだし、降りてみよう」
 探査機に2人で乗り込み、着陸予定地点に向かう。
「軌道上からのスキャンで、最も大きいと思われる構造物が目的地です」
「了解! まずは、この目で見てみようぜ」

「当たって砕けろ! ですね」 ロームが僅かに笑みを浮かべ、呟いた。
「いや~、この場合はちょっとニュアンスが違うな。 今回は無茶をする様なシチュエーションじゃ無いよ」
「そうですか? TERAの言葉は使い方が難しいですね」 ロームがまた無表情に戻ってしまった。

 大気圏に突入し、地上の様子が見える距離まで近づいた。
「おい、住民と思われる人の動きが見えるな」
「そうですね。 車両や徒歩の移動の様ですが・・・変ですね。 まるで蟻の行列みたいに見えますね」
「ああ・・・って、TONAにも蟻が居るのかい?」
「ええ、TERAの蟻と似た生態の生物が居ます。 ただし、サイズはTERAのネズミ並みの大きさですが」
「そりゃ・・・凄いな」 アキラは、巨大な蟻塚を想像していた。
「そうですか?」 ロームは、一列で行進する姿を思い起こしていた。

「よ~し、そろそろステルスモードに入る。 ローム、光学迷彩スーツで降りるぞ」
「了解です」
「しかし、建物がデカいな! 見た目も蟻塚みたいに見える」
「そうですね。 あっ、アキラ、そちらの丘の上が比較的平坦ですね。 あそこに着陸しましょう」
「了~解!」

 探査機を着地させアンカーで固定した。
「よし、降りよう」
 2人は徒歩で構造物に向かう事にし、丘を下り始めた。
「距離は2~3㎞程だ、周りに注意しながら進もう」

「あっ、アキラ! あれを見て下さい」 ロームが叫んだ。
「えっ、おい! 彼奴ら、こっちに向かって来ているぞ! 彼奴らには、俺達が見えているのか?」
 ロームは目を細めながら見詰めていた。
「向かってくる全員が同じ服装と顔つきですね。 驚いた事に、船外活動スーツの様な物は着用していません。 この大気下で進化した生物でしょうか」
「おい、ローム。 良く見えるな。 って、生身のままって事か? この大気で、ちょっと信じられないな」

「アキラ。 一旦引き上げましょう」
「同感だ! 探査機に戻ろう」
 2人は走って探査機に戻ったが、住民達はゆっくりと歩きながらこちらに向かっていた。
「出すぞ!」 探査機のアンカーを外し、探査機を上昇させた。

「彼等がこちらを見上げています!」
「マジか! やっぱり、奴らにはこっちの姿が見えているんだ」
 2人は探査船へと戻り、作戦を練り直す事にした。

 探査船のコントロールルーム。 アキラはコーヒーを、ロームはTONA茶を飲みながら作戦会議を行っていた。
「しかし参ったな。 光学迷彩スーツや探査機のステルスモードが役に立たないとは・・・想定外だったな」
「彼等は、赤外線や紫外線の感知が出来ると思われます。 赤外線が感知出来るのなら、熱感知も可能ですし」
「無茶苦茶凄い視覚機能だな。 どんな進化過程を経たのかな?」

「彼等は人工物です」 唐突にロームが答えた。
「ええっ!?」
「所謂ロボット、アンドロイドと言った方が良いでしょうか」
「彼等はアンドロイドだったのか! それなら、生物対応の光学迷彩じゃ効果無いのも分かるが・・・結構な数が居たけど、全部かい?」
「そうです。 離陸直前に、着陸地点から半径10kmをスキャンしましたが、一切の生物反応が得られませんでした。 尤も、建物の中は見えない所も有りましたが」
「さすが・・・ローム。 そつがないな」
「それにしても、外観を見ただけだったが、彼等の建物はやけにシンプルだったな。 あの建物は何だと思う?」
「恐らく、工場です。 鉱物資源の精製を行っているものと思われます」

「う~ん。 まさか武器とか造って無いよな? 少し慎重に行動しないといけないな」
「彼等がロボットである事は先程申し上げた通りです。 指令は、通信波によって行われていた様です。 通信波の内容は現在解析中です。 それと、同時に翻訳システムも構築中です」
「奴らは指令によって動いていただけって事か?」
「ええ。 彼等の行動が、まるで蟻の行進の様に見えた理由です」
「なる程な」
「通信波の発信源は特定出来たのか?」
「ええ、我々が向かおうと予定していた建物です。 建物の塔の頂上がアンテナになっていました。 それと、探査船への帰還中に他の建物も確認しましたが、いずれもほぼ同様の構造でした。 即ち、全てが工場の様な構造物です。 金属資源等の採掘場も周辺に幾つも発見されました。 例のクレーターです」
「どこか、母星からの指示で惑星の資源開発を行っているって訳か」
「恐らくそうでしょうが・・・銀河連盟に加盟している各文明からは登録が有りません。 そもそも、他惑星の資源を無断で搾取する事は銀河連盟憲章で禁止されています」
「どこかが非合法でやっているとすれば、ポリスに通報して終わりだが・・・もう少し調べてみるか」
「そうですね。 単純な話では無い予感がします。 先程見た建物のデザインですが・・・どの銀河連盟の文明にも見られないデザインでした。 未確認文明かも知れません」
「面白くなってきたな」 アキラが口角を上げ、ロームにウインクを飛ばした。
 残念ながら・・・ロームは無表情だった。

「ローム、彼等と通信は可能か?」
「ええ、彼等が応じるならば・・・当然、可能です。 現在、彼等の言語体系を解析中です。 進捗率は23%ですので・・・本日はもうお休み下さい」
「それじゃ、ローム、今日はこんなところにして、明日の朝に出直そう」
「分かりました。 私は、もう少し地上のスキャンデータを解析してから休みます。 10時間後に集合と言う事で・・・」
「OK、それじゃ先に休ませて貰うぜ」

アキラの悩み

 探査船内、アキラの船室。 ベッドに倒れ込みながら何事か考え込んでいた。
 ロームとは、探査船内でいつも二人きりだ。 ロームは女性では無かったが、妙に心を揺さぶられる。 母親に似た見た目もさる事ながら、凛とした勤務態度や時折見せる笑顔、何より聡明な所に強く惹かれていた。

 ロームの事を考えると、中々寝付けなかった。 無理にでも仕事の事を考えた。
「EDENの調査が楽しみだ。 ガキの頃に親父から聞かされたEDENの不思議。 文明の痕跡が見られない惑星からの謎の通信。 親父が遭難してなければ、次の探査はEDENなのだと言っていたな・・・どんなカラクリが有るのか・・・父さん・・・母さん・・・ローム・・・」
 アキラは、深い眠りに付いていた。

接触

 予定通りの時間にコントロールルームに集合し、調査を再開した。
「ローム、翻訳システムは?」
「はい、完了しています。 早速、通信を入れてみますか?」
「ああ、頼む」

「こちらは、銀河連盟 調査局員のローム。 応答願います」
「こちらは・・・」
 モニターに画像が現れた。 とてもロボットには見えない、ヒューマノイド型の人物が応答した。 見た目はTERA人に良く似ているが、少し耳が大きく見えた。

「こちらは、採掘班。 我とのコンタクトを望む者よ。 どの様な要件だ?」
「私はロームです。 貴方の名は?」
「初めまして、ローム。 我には名は無い。 何が希望だ?」
「貴方にお会いしたい。 そちらに伺っても良いですか?」
「構わないが、ロームは輸送班では無いのか?」
「違います。 私達は銀河連盟 調査局、惑星探査部の調査員です。 私、ロームと、リーダーのアキラの2名で伺いたい」
「輸送班では無いのか・・・残念だ。 ローム、どの様な手段でこちらに来る」
「こちらの探査機で伺いたい」
「輸送機の様なものか? こちらからビーコンを送る。 指定のポートに停めよ」
「了解しました。 それでは、探査機を発進させます」

 2人は、探査機に乗り込み、直ぐ様発進させた。
「アキラ、危険は無いでしょうか?」
「ああ、一応麻痺にセットしたフェーザーは持って行くが、ロボットが相手じゃ意味が無いか・・・紳士的な対応に見えたけどな」
「確かに。 でも私達が“輸送班”では無いと聞いて、残念がっていましたね」
「そうだな。 母星の船を待っていたのかな?」
「あの話の流れだと、その様に解釈出来ますね」
「まあ、兎に角、今は彼等のビーコンに従おう」

 彼等のビーコンで、探査機は巨大な構造物の駐機ポートと見られる位置に誘導された。
 駐機ポートは巨大であり、探査機がまるで玩具の様に見える。
「えらく大きな駐機ポートだな。 飛行の技術を持っているのは明らかだ。 なのに、何故人工衛星も打ち上げていないのかな? おっと、着陸するぞ」

 探査機を着地させると、構造物のゲートが開き、一人の人物が徒歩で近付いて来た。
 ゲートから探査機迄、凡そ数百mの距離が有ったが、人物はゆっくりと徒歩で近付いて来る。
「よし、俺達も降りよう。 船外活動スーツを着用、以降は通信と音声を併用しよう」
「了解です」
 探査機を降りると、恒星からの直射日光も、この惑星の粉塵にかき消されるかの様に感じられた。
 通信時にモニターに現れた人物と同一人物だろうか。 2人の前で立ち止まった。

「初めまして、リーダーのアキラです。 こちらはローム」
 アキラは、挨拶の為、右手を差し出した。
「我は採掘班。 その手は?」
「ああ、私の惑星TERAでの一般的な挨拶の手段です。 右手を差し出し合い、優しく握りあう」
「ああ、そうか」 相手は右手を差し出し、アキラの右手を強く握り返した。
「あうっ、痛い! 少し、優しく握って頂きたい」
「おお、失礼した。 初めてなもので、加減が分からなかった」

 ロームとも握手を交わし、会話を進めた。
「ええと・・・採掘班。 率直に伺います。 貴方はロボットですか?」
「ああ、創造主に造られた人工の作業ユニットと言う意味ならば、その通りだ」
「貴方の他に何体のロボットが?」
「日々、数は変化するが、惑星全体で凡そ8千万体。 正確には80,126,562・・・いや今一体が停止したので80,126,561体だ」
「驚きですね。 この惑星で何をしているのですか?」
「創造主の指示により、金属資源の採掘と精錬を行っている。 出荷可能な製品は、君達の船の下の倉庫に保管されている。 本来、この駐機ポートは、輸送船用なのだ」
「やはり、そうですか。 創造主は・・・いつ来る予定なのですか?」
「分からない。 永い間、連絡も貰えていない」

「永い間とは?」
「凡そ、5,800万年程だ」
「ご・・・5,800万年! おい、ローム、翻訳システムの誤訳じゃないのか?」
「いいえ、アキラ。 それは有りません。 それに、この構造物ですが、何度も補修されている様ですが、最も古い部材は年代測定で1,500万年前の物と解析されました」
 ハンディタイプの簡易アナライザーのモニターを見ながら、ロームは淡々と答えた。

「我の指揮者がお二人に会いたいと言っている。 この工場の中心部になるが・・・お会い頂けるか?」
「ああ、喜んで」
「それでは、付いて来て欲しい」

5,800万年前から、惑星での採掘を行っていると主張するアンドロイド。 指揮者とは、一体何者なのか?
                               後編へ続く

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